第19話 父の視点

 三人での会話が終わると、

 自然と、それぞれが親の元へ戻っていった。

 アイリスは侍女に囲まれ、

 エルドは少し名残惜しそうにこちらへ一礼してから、

 引率の役人に呼ばれていく。

 マアヤは、

 人の輪の中心で話し込んでいる父の背中を見つけた。

(……終わったな)

 鑑定の儀。

 そして、思いがけない接触。

 原作では、黒歴史一直線だった。

 だが今回は違う。

 マアヤは、父のそばまで歩み寄った。

「話は終わったのか?」

 父が、こちらに気づいて尋ねる。

「はい」

 短く答え、隣に並ぶ。

 周囲の貴族たちは、

 時折、探るような視線をこちらへ向けていた。

 ――虚属性。

 帝都に、

 確かな波紋を残した結果だ。

 父は、会場を後にしながら、低い声で言った。

「……虚、か」

 責めるでも、驚くでもない声音。

「正直、どう受け止めるべきか分からん」

「……すみません」

「謝る必要はない」

 父は、きっぱりと言った。

「それがお前の属性だ。

 良いも悪いもない」

 その言葉に、胸の奥が少し緩む。

「……それと」

 マアヤは、少しだけ間を置いて続けた。

「第三皇女殿下と……

 文通をすることになりました」

 一瞬。

 父の足が、止まった。

「……ほう」

 驚きはあった。

 だが、怒りや警戒ではない。

「どういう経緯だ?」

 マアヤは、簡単に説明した。

 鑑定後に話したこと。

 虚属性について聞かれたこと。

 その流れで、文通の提案を受けたこと。

 父は、黙って聞いていた。

 すべてを聞き終えた後、

 ゆっくりと息を吐く。

「……なるほどな」

 そして、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「驚いたが……

 悪い話ではない」

 マアヤは、意外そうに父を見る。

「……そうですか?」

「皇族と、

 正面から言葉を交わせる関係を築けた」

 父は、はっきりと言った。

「それは、

 レオンハルト家にとっても、お前にとっても、大きい」

 虚属性への不安よりも、

 現実的な利点を即座に見抜く。

 ――さすが、貴族だ。

「無理に距離を詰める必要はない」

 父は続ける。

「だが、繋がりは大切にしろ」

マアヤは、小さく頷いた。

「……はい」

 父は、マアヤの頭に手を置いた。

「よくやったな」

 その一言は、

 評価であり、

 承認だった。

(……喜んでくれてるな)

 政治的な意味合いもある。

 だが、それだけではない。

自分の息子が、

 皇族から興味を持たれた。

 それを、

 父は素直に誇らしく思っている。

 マアヤは、心の中で静かに思った。

(……また、一つ)

(原作から、外れた)

 皇女との文通。

 生き残るために選んだ道が、

 少しずつ、

 別の未来へ繋がり始めている。

 そして――

(リリーにも、ちゃんと説明しないとな)

 帰ったら、

 あの妹は、

 間違いなく問い詰めてくる。

 帝都の夕暮れの中、

 マアヤはそんな予感を確信しながら、

 父と並んで歩いていた。


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