第18話 知らないはずのこと
会話の流れが、ふと変わった。
「……そういえば」
アイリスが、視線をマアヤに向ける。
その動きは自然で、
だが意図を感じさせるものだった。
「あなたの属性――
虚、だったわよね」
その言葉に、
エルドも思い出したようにマアヤを見る。
「……確かに」
会場を騒然とさせた、あの判定。
マアヤは、内心で小さく息を吐いた。
(来たか)
避けて通れない話題だ。
「虚属性って……」
アイリスは、首を傾げる。
「何ができるの?」
純粋な疑問。
だが、皇女としての警戒も、わずかに混じっている。
マアヤは、ほんの一瞬だけ考えた。
(……言い過ぎるな)
そう思った――はずだった。
「回避、です」
口が、先に動いた。
「瞬間的に距離を飛ばしたり、
空間を歪めて、攻撃を逸らしたり」
エルドが、目を見開く。
「……すごい」
アイリスも、驚いたように瞬きをした。
「空間を……?」
その瞬間。
マアヤの背筋が、冷たくなった。
(……あ)
気づいた時には、もう遅い。
――おかしい。
鑑定の儀が終わったばかり。
魔術は、これから発現するもの。
ましてや。
(前例のない希少属性の効果を……)
(どうして知ってる?)
これは、完全な失言だった。
マアヤは、言葉を切る。
一拍の沈黙。
空気が、わずかに張り詰める。
エルドは、純粋に感心しているだけだ。
「……そんなことができるなら、
戦いでも役に立ちそうだね」
だが。
アイリスは違った。
その目が、
じっとマアヤを捉えて離さない。
(……やっぱり、鋭い)
皇女として育てられた感覚。
違和感を見逃さない。
「……マアヤ様」
静かな声。
「どうして、
まだ使ったこともない魔術のことを、
そんなに具体的に知っているのですか?」
核心を突く問いだった。
逃げ場はない。
マアヤは、一瞬だけ目を伏せ、
そして正直に――だが、すべては言わずに答えた。
「……考えただけです」
「考えただけ?」
「はい」
視線を上げる。
「虚、という名前から……
そういう性質だろうな、って」
苦しい。
かなり苦しい言い訳だ。
エルドは、納得したように頷く。
「なるほど……」
だが、アイリスは頷かなかった。
数秒。
マアヤを観察するような沈黙。
やがて――
ふっと、微笑んだ。
「……面白いですね。」
その一言で、
場の空気が変わる。
「普通なら、怖がるか、
何も言えなくなるところです。」
アイリスは、まっすぐマアヤを見る。
「でもあなたは、
虚を“どう使うか”を考えています。」
胸が、少しだけざわつく。
(……目を付けられたな)
悪い意味ではない。
だが、軽くもない。
「ねえ、マアヤ様」
アイリスは、少し声を落とした。
「……文通をしませんか?」
「……文通?」
思わず聞き返す。
「あなたと、
もう少し話してみたいのです。」
皇女としてではなく、
一人の少女としての提案。
エルドが、少し驚いた顔で二人を見る。
マアヤは、内心で叫んでいた。
(……皇女と文通!?)
(重すぎるだろ!?)
(というかそこにいる主人公としろよ!)
(いや、断れないだろ!?)
表情には出さず、
慎重に言葉を選ぶ。
「……構いません」
短く、そう答えた。
アイリスは、満足そうに微笑む。
「決まりですね。」
その瞬間、
マアヤははっきりと感じていた。
――虚属性だけでなく。
自分自身が、
彼女の“興味の対象”になったことを。
それが、
物語をどう歪めるのか。
まだ、この時のマアヤには分からなかった。
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