第16話 原作主人公
鑑定の儀が終わった会場は、
まだ熱を帯びていた。
子供たちは各々、保護者の元へ戻り、
貴族たちは結果について小声で語り合っている。
父もまた、
何人かの貴族に囲まれていた。
――今だ。
マアヤは、そっとその場を離れた。
視線の先にいるのは、
人だかりの外側で、少し所在なさげに立っている少年。
エルド・トルメリア。
光属性という結果に、
注目と期待を一身に集めながらも、
どこか落ち着かない様子だった。
(……原作主人公)
画面の向こうで何度も操作した存在。
だが今は、ただの七歳の少年だ。
マアヤは、ゆっくりと近づいた。
「……あの」
声をかけると、
エルドは少し驚いたように振り返った。
「はい?」
目が合う。
思ったよりも、普通の目だ。
特別な光を宿しているわけでもない。
「レオンハルト伯爵家の、マアヤだ」
名乗ると同時に、
エルドの表情が引き締まる。
「トルメリアです……
その、先ほどは……」
言葉が、自然と敬語になる。
貴族と平民。
この国では、当たり前の距離感。
(……まあ、そうなるよな)
マアヤは、小さく肩をすくめた。
「堅苦しいのは、やめよう」
「え……?」
「同い年だ。
それに……」
一拍、間を置く。
「同じ、希少属性だから」
それは、あくまで建前だった。
光と虚は、性質も意味も違う。
だが、“少数派”であることは確かだ。
エルドは、少し考え込むような顔をしてから、
小さく頷いた。
「……分かった」
敬語が消えた。
「ありがとう」
「こちらこそ」
マアヤは、ほっと息を吐く。
原作では、
近づくことはなかった。
だからこそ、
この一歩は大きい。
「……大変そうだな」
マアヤが、周囲をちらりと見て言う。
「光属性だと、色々」
エルドは、苦笑した。
「正直、まだ実感がなくて」
「分かる」
即答だった。
「俺も、虚って言われても、
何ができるのか分からないしな。」
余分なことは言わない。
虚属性は今まで出たことのない希少属性。
この世界の人間が何かできるのかを知っているのはおかしい。
エルドは、少し目を見開いた。
「……怖くない?」
率直な問い。
マアヤは、一瞬だけ考えた。
(怖くないと言えば、嘘になる)
だが。
「……慣れてる」
「?」
「期待されないのは、な」
エルドは、言葉を失ったように黙り込む。
マアヤは、話題を変えた。
「エルドは……
どうするつもりだ?」
「どう、って?」
「この先」
学園。
帝国。
英雄。
言葉にしなくても、
その意味は伝わる。
エルドは、少し視線を落とした。
「……まだ、分からない」
正直な答えだった。
(……原作でも、最初はそうだった)
マアヤは、内心で頷く。
この少年は、
最初から“覚悟が完成している主人公”ではない。
だからこそ、
物語が動く。
「まあ……」
マアヤは、軽く言った。
「困ったら、いつでも頼ってくれ。」
「……いいの?」
「ああ」
建前でもいい。
利害でもいい。
この時点で、
エルドと敵対する理由はない。
――むしろ。
(協力できた方が、俺の生存率は上がる)
二人の間に、
ほんの小さな沈黙が流れた。
その空気が、
不意に変わる。
足音。
規則正しく、
迷いのない歩き方。
マアヤは、反射的に視線を上げた。
――誰かが、こちらに向かって来ている。
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