第15話 皇女が見たもの
SIDE アイリス
鑑定の儀の会場は、ざわめきが収まらなかった。
その中心に立っていたアイリス・アリステアは、
小さく背筋を伸ばしながら、周囲を見渡していた。
(……やっぱり)
自分の雷属性が判定された時、
会場は確かにどよめいた。
だがそれは、
想定内の反応だった。
皇族。
名門の血。
雷属性。
期待されて当然で、
そうあるべき結果。
皇女として生まれた瞬間から、
それはすでに決まっていたことだ。
(皆、安心した顔をしていた)
「やはり皇族だ」
「帝国の象徴だ」
そんな空気。
嫌いではない。
だが、胸が高鳴ることもなかった。
――その空気が、一変したのは。
「光属性!」
その言葉が響いた瞬間だった。
視線が、一斉に集まる。
魔法陣の中に立つ、
平民の少年――エルド・トルメリア。
溢れる光。
まぶしいほどの白。
(……光)
アイリスは、息を呑んだ。
それは、
歴史の書でしか見たことのない属性。
英雄。
救世。
希望。
人々が、自然と夢を見る力。
(平民から……?)
驚き。
戸惑い。
そして、ほんの少しの――羨望。
エルドは、まだ幼いのに、
その場の空気に飲まれていないように見えた。
落ち着いた佇まい。
戸惑いながらも、逃げない視線。
(……不思議な子)
皇女としての自分が、
「警戒すべき存在だ」と囁く。
だが、
一人の少女としての自分は、
なぜか目を離せなかった。
そして――
「虚属性」
その言葉が、会場に落ちた時。
空気が、止まった。
「……虚?」
誰かの呟き。
アイリスは、思わず前に出そうになるのを堪えた。
魔法陣の中央に立つ少年。
レオンハルト伯爵家の嫡男。
――マアヤ・レオンハルト。
光は、なかった。
炎も、水も、雷も。
あるはずの魔力反応が、
消えていた。
(……消えている?)
魔力の感覚で分かる。
そこには、何もない。
けれど――
(“ない”のに、目が離せない)
背筋が、ぞくりとした。
皇女としての理性が、
即座に警鐘を鳴らす。
(危険)
(未知)
(帝国の想定外)
だが同時に、
一人の少女としての心が、
小さく震えていた。
(……あの人)
マアヤは、騒然とする会場の中で、
ただ静かに立っていた。
誇らしげでもない。
怯えてもいない。
まるで――
最初から分かっていたかのように。
(光は、希望)
じゃあ、虚は?
分からない。
教科書にも、歴史にも載っていない。
それなのに。
(……怖いのに)
(……目が離せない)
アイリスは、胸元で小さく拳を握った。
この鑑定の義で、
帝国は二つの異物を得た。
英雄になりうる光。
そして――
何になるか分からない虚。
皇女としては、
距離を取るべきだと分かっている。
だが。
(……この二人)
(きっと、物語の中心にいる)
理由は、説明できない。
ただ、雷が走った。
それは、
戦場で敵を見つけた時とは違う感覚。
もっと、
個人的で、
静かな予感。
アイリス・アリステアは、
その瞬間を、確かに感じていた。
――この日、
帝国の運命が、
少しだけズレ始めたことを。
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