第10話 食卓の温度


 夕暮れが完全に夜へと変わる頃、

 屋敷の食堂には、柔らかな灯りが満ちていた。

 長すぎない木製のテーブル。

 派手ではないが、丁寧に整えられた料理。

 湯気とともに、香ばしい匂いが広がっている。

 席には四人。

 父、母、マアヤ、そしてリリー。

 家族が揃って夕食を囲むのは、特別なことではない。

 それでも、今夜の空気はどこか穏やかだった。

「今日の訓練はどうだった?」

 父が、ナイフを置きながらマアヤに尋ねる。

「……つかれた」

 正直な答えに、母がくすりと笑った。

「でしょうね。顔に出てるわ」

 リリーは、マアヤの皿をじっと見つめていた。

「おにいちゃん、ちゃんとたべて」

「食べてるよ」

「それ、やさい」

「……それも食べる」

 渋々と野菜を口に運ぶと、

 リリーは満足そうに頷いた。

「えらい」

 それを見て、父が目を細める。

「すっかり、妹に監督されているな」

「うん」

 マアヤは、あっさりと頷いた。

 母は、そのやり取りを見ながら、静かに言う。

「リリー、今日は自分から迎えに行ったそうね」

「うん!」

 リリーは、胸を張った。

「おにいちゃん、がんばってたから」

 その言葉に、食卓が一瞬静まる。

 父は、マアヤを見た。

「……嬉しかったか?」

「……うん」

 短い答え。

 だが、嘘はなかった。

 母は、二人を交互に見て、柔らかく微笑む。

「本当に、仲良しね」

 マアヤは、フォークを動かしながら思う。

(……そうだな)

 前世では、こんな食卓はなかった。

 あったとしても、心がそこにいなかった。

 だが今は違う。

 リリーの声があって、

 両親の視線があって、

 この空間が、確かに“家”だった。

「おにいちゃん」

 リリーが、小さく呼ぶ。

「なに?」

「……あしたも、がんばる?」

 マアヤは、一瞬だけ考えた。

 訓練はきつい。

 身体は痛む。

 それでも。

「がんばる」

 そう答えると、

 リリーは、ほっとしたように笑った。

「じゃあ、リリーも、がんばる」

「……なにを?」

「まつ」

 その一言に、胸が締め付けられる。

 父は、静かに言った。

「いい兄妹だな」

 母が、頷く。

「ええ。本当に」

 マアヤは、料理を噛みしめながら、心の中で思った。

(――守る)

 この食卓を。

 この時間を。

 この笑顔を。

 それが、

 自分が剣を握る理由であり、

 生きる理由だ。

 暖かな灯りの下、

 家族の団欒は、静かに続いていった。

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