鑑定の儀編

第11話 離れる夜

 ――それから、二年が過ぎた。

 マアヤ・レオンハルトは、七歳になっていた。

 訓練場に立つその姿は、もはや「子供が剣を振っている」ものではない。

足運びは安定し、重心は低く、無駄な力みがない。

 木剣を構え、

 一歩、踏み込む。

 ――キン。

 相手役の騎士の剣を、確かに受け止めた。

「……止め!」

 カムロスの声が響く。

「今日はここまでだ」

 騎士が一歩引き、マアヤに軽く頭を下げた。

「お見事です、坊ちゃん」

「……ありがとうございます」

 息を整えながら、マアヤは剣を下ろす。

 七歳。

 それでも、ここまで来た。

(……まだ足りないけどな)

 自分が向かう未来を思えば、

 今の実力で満足するわけにはいかない。

 そして――

その未来へ向かう、最初の通過点が迫っていた。


 この世界では、

 七歳になると「鑑定の儀」を受ける。

 生まれ持った魔法属性を正式に判定し、

 帝国に記録される儀式。

 貴族も、平民も、例外はない。

 儀式は、帝都で行われる。

 その話を聞いた時、

 マアヤは静かに理解していた。

(……来たか)

 原作でも、ここから物語は本格的に動き出す。

 そして今回の旅は――

 父と、二人きり。

 屋敷に戻ると、その空気はすぐに伝わった。

「……おにいちゃん」

 リリーが、いつもより小さな声で呼ぶ。

 部屋の隅。

 膝を抱えて、こちらを見ていた。

「どうした?」

 そう尋ねても、

 リリーは黙ったまま俯く。

 少しして、ぽつりと零れた。

「……いっちゃうの?」

 その言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。

「ああ。すぐ戻る」

「……いや」

 小さく、首を振る。

「いや……」

 声が震え始める。

 リリーは立ち上がり、

 マアヤの服の裾を掴んだ。

「いかないで……」

 目が潤み、

 今にも泣きそうだった。

(……そうだよな)

 リリーにとって、

 マアヤは“いつも隣にいる存在”だ。

 初めての、はっきりした別れ。

 マアヤは、しゃがみ込んで目線を合わせた。

「大丈夫だ」

 ゆっくり、落ち着いた声で言う。

「帝都に行くだけだ。

 ちゃんと、帰ってくる」

「……ほんと?」

「約束する」

 リリーは、じっとマアヤを見つめる。

 嘘を見抜こうとするように。

 やがて、小さく頷いた。

「……まってる」

 マアヤは、そっとリリーを抱き寄せた。

「ありがとう」

 頭を撫でる。

「リリーは、ここで待っててくれ。

 俺が帰る場所を」

 その言葉に、

 リリーはぎゅっと抱きついてきた。

「……はやく、かえってきて」

「ああ」

 胸の中で、改めて思う。

(……ここからだ)

 鑑定の義。

 虚属性。

 この世界が、

 自分をどう扱うか。

 だが、何があっても――

(帰る)

 この屋敷へ。

 この大切な妹の元へ。

 それだけは、絶対に譲らない。

 その夜、

 リリーはなかなかマアヤの腕を離さなかった。

 そしてマアヤは、

 眠る妹を見下ろしながら、

 帝都で待つ運命に、静かに身構えていた。

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