第8話 選ばれる理由
翌朝の訓練場は、いつもと同じようで、どこか違っていた。
朝露の残る地面。
整列する騎士たち。
その中に混じる、ひとりだけ小さな影。
マアヤ・レオンハルト。
五歳。
いつも通り、基礎訓練に参加するつもりで剣を握っていた。
「――坊主」
呼ばれたのは、訓練開始前だった。
騎士団長、カムロス・マテウスが一歩前に出る。
「今日は、お前は列を外れろ」
一瞬、周囲がざわついた。
特別扱い。
それは、好意にも警戒にもなり得る。
「……はい」
マアヤは短く答え、指示通りに前へ出た。
騎士団員たちの視線が、自然と集まる。
好奇の目。
訝しむ目。
面白がる目。
だが、マアヤは気にしなかった。
カムロスは、訓練用の木剣を一本手に取ると、
それをマアヤの前に置いた。
「構えろ」
短い命令。
マアヤは、息を整え、剣を構える。
これまで見よう見まねで身につけた、拙い構えだ。
カムロスは、ゆっくりと首を振った。
「違う」
一歩、距離を詰める。
「剣は、振るものじゃない」
マアヤの手首に、軽く触れる。
「“支える”ものだ」
ぐい、と力を加え、構えを修正する。
「肩の力を抜け。
腰で立て」
言われた通りにすると、
剣の重さの感じ方が、変わった。
「……軽い?」
思わず、声が漏れる。
「そう感じるなら、合っている」
カムロスは、満足そうに頷いた。
周囲の騎士たちは、無言でその様子を見ている。
団長が、直接子供に剣を教えるなど、前例がない。
「攻撃は、後だ」
カムロスは、木剣を構える。
「まずは、防げ」
一瞬。
次の瞬間、
木剣が、マアヤに向かって振り下ろされた。
(――っ)
速い。
だが、理不尽ではない。
マアヤは、反射的に剣を上げた。
――コン。
乾いた音が響く。
衝撃が、腕に走る。
それでも、剣は弾かれなかった。
カムロスの目が、わずかに細くなる。
「……ほう」
二度目。
三度目。
攻撃は、徐々に鋭さを増す。
それでも、マアヤは必死に食らいついた。
上手くいかない。
何度も崩される。
それでも、立ち上がる。
やがて、カムロスは剣を下ろした。
「ここまでだ」
マアヤは、息を荒くしながらも、頭を下げる。
「……ありがとうございました」
カムロスは、しばらくマアヤを見つめてから、静かに言った。
「才能はない」
はっきりとした言葉だった。
マアヤの胸が、一瞬だけ締め付けられる。
だが、次の言葉が続いた。
「だが――折れない」
カムロスは、訓練場を見渡す。
「剣を握る理由がある者は、
そう簡単には崩れん」
マアヤは、拳を握った。
才能がない。
それは、分かっている。
だからこそ――
「……教えてやる」
カムロスは、背を向けながら言った。
「俺が空いている時だけだ。
特別扱いはしない」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
次の瞬間、胸の奥が、じんと熱くなる。
「……はい!」
今度は、はっきりと答えた。
騎士団長は、振り返らずに付け加える。
「生き残りたいなら、
まず“守れる剣”を覚えろ」
その背中を見つめながら、
マアヤは、心の中で深く頷いた。
(――これでいい)
英雄にならなくていい。
最強でなくていい。
守れるなら、それでいい。
その日から、
マアヤの剣には、
確かな“意味”が宿り始めた。
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