第5話 泣き声の理由
夜は静かだった。
厚いカーテンの向こうから届く月明かりが、部屋を淡く照らしている。
並べられた二つの小さなベッド。
そこに、マアヤとリリーは眠っていた。
……眠っていた、はずだった。
ふにゃ、と小さな音がしたかと思うと、
次の瞬間、か細い泣き声が部屋に響いた。
「……ふぇ……」
リリーだった。
泣き声はまだ弱く、
助けを求めるというより、
不安が溢れてしまったような音。
マアヤは、すぐに目を開けた。
(起きたのか)
身体を起こし、隣のベッドを覗き込む。
小さなリリーが、顔をくしゃりと歪めている。
マアヤは、迷わなかった。
ベッドの縁に手をかけ、身を乗り出す。
まだ短い腕を伸ばし、届く範囲で、そっと揺らす。
「……だいじょうぶ」
小さな声。
拙い発音。
だが、気持ちは本物だった。
「……ここ、いる」
それだけで十分だったのか、
リリーの泣き声は、少しずつ弱まっていく。
「……ふ……」
小さな手が、空を掴むように動いた。
マアヤは、その動きを見逃さず、
自分の指を、そっと差し出す。
ぎゅ。
驚くほど弱い力で、
それでも確かに、リリーはマアヤの指を握った。
(……ああ)
胸の奥が、静かに満たされていく。
泣き声は、もう聞こえない。
リリーは再び、穏やかな寝息を立て始めていた。
その様子を、少し離れた場所から、
両親が見ていた。
「……見て」
母が、声を潜めて言う。
「マアヤが、あやしてる」
父は、信じられないものを見るように目を細めた。
「まだ一歳だぞ……」
「でも、泣き止んだわ」
二人は顔を見合わせ、
そして、同時に微笑んだ。
「優しい子ね」
「……お兄ちゃんなんだな」
マアヤは、その言葉を聞きながら、
ゆっくりと自分のベッドに戻った。
リリーの指が離れたのを確認してから、
静かに横になる。
胸の中には、
満足と、安堵と、
それから――揺るがない決意。
(大丈夫だ、リリー)
(俺がいる)
並んだ二つのベッド。
その距離は、ほんのわずか。
その夜、
リリーにとって世界で一番近い存在は、
確かに――兄だった。
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