第3話 赤い少女

「…………」

「え、あ、えっと……!」


(み、見つかってしまった!!)


 ばっちり少女と目が合い混乱するリエロ。

 壁をよじ登ってきた、まさにその瞬間を見られてしまった。


 バルコニーにいた先客はリエロと同年代か少し年上に見える。

 ただ、学院の制服を着るリエロと違い、キラキラのドレスで着飾っていて、明らかに住む世界が違うと主張していた。


(き、キレイな人だ……)


 その真っ赤なドレスは夜の闇の中であってもとても映えた。

 そしてそのドレス同様、真っ赤な髪と瞳は、あまりに迫力があり、同時に見る者を圧倒させる神々しさを放っていた。

 それは、リエロに対しても同様である。


「……手伝った方がいいかしら」

「へ?」

「上りたいのでしょう? 止まっているから限界が来たのかと」

「え、あ……いえ! だ、大丈夫ですっ!」


 リエロは緊張に顔を赤くしつつ、慌ててバルコニーに飛び上がる。

 腕の力だけで跳ね、くるっと一回転しつつ着地した彼女に、真っ赤な少女は感心したような拍手を返した。


「貴方、パーティーの参加者ではないわよね。招かれざる侵入者というやつかしら」

「あ、う……その……」

「別にいいわ。私、こんなパーティーがどうなろうが知ったこっちゃないもの。今も新鮮な空気を吸いに来たの。あの中、お酒とキツい香料の匂いが充満していて気持ち悪いったらないから」


 少女は手すりに背を預けると、深く溜め息を吐いた。


「あんなところ、せっかく呼ばれずに済んだのに入ろうなんて。物好きね、貴方」

「え、えと……会いたい人がいて」

「誰?」

「レディカ様です。レディカ・ドゥーイン様……あっ!」


 あまりに真っ直ぐ聞かれるものだから、うっかり、正直に吐いてしまった。

 僅かに驚きで目を見開く少女を前に、リエロは思わず顔を青くする。


「このパーティーの主役じゃない」

「え、は、はい」

「当然交友は無いわよね。招かれていないのだし。顔くらいは知っているのかしら」

「ええと……」

「ここまできたら、正直に話さない方が損じゃないかしら。私、その気になれば大声を上げることもできるのよ?」

「……お顔も、存じ上げないです……名前くらいしか……」


 リエロは白状することにした。それ以外もう道は残っていなかった。


「あら、それは随分と猪突猛進ね。けれどわざわざこんな危険を冒すということはそれなりの理由があるのでしょう?」

「は、はい……」

「もう洗いざらい吐いてしまいなさいな。そうね……私、レディカ様には顔が利くの。それもかなり。理由によっては貴方のこと、紹介して差し上げてもよろしくってよ。もちろん、侵入者であることは伏せてね」

「本当ですかっ!?」


 それはリエロにとって渡りに船でしかなかった。

 偶然とはいえ、これほど話の分かる相手に出会えるとは想像もしていない。猪突猛進という指摘は正しく、リエロはここからどうレディカにたどり着くか、完全にノープランだったのだ。


 レディカの存在を知り、この誕生日パーティーの開催を知り――それ以上の情報を集める時間的猶予はなかった。

 ただ知っていることは、ひとつだけ。


「えと、その、わたし聞いたんです。レディカ様は魔法の才能が、とてつもなくある方だって」

「そうね。同年代では最高と言われているわね」

「わたしには……夢があって」

「夢?」

「自由騎士になる、という夢です。でも、わたしはライセンスを取るどころか、進級に必要な程度の魔法も、使えないんです」


 愚痴のようになってしまうが、それだけリエロは目の前の少女に包容力とも呼べる安心感を覚えていた。

 嫋やかな笑みに、つい赤面してしまう。


 何度見ても、同性のリエロから見ても、ついドキドキしてしまうくらいに美しい少女だった。

 月明かりがとても似合う、幻想的で、神秘的で――いかにも特別な少女。

 公爵家の令嬢であるレディカ・ドゥーインに顔が利くというのも納得できてしまう。むしろこの少女が顔の利かない相手などいるのかと疑ってしまうくらいだ。


「服装からもそうかと思ったけれど、学生なのね。ふふっ、招待されていないパーティーに潜入しようというのに、わざわざ身分を明らかにする服装を纏ってくるなんて」

「あ、いや、だって……わたし、パーティーに着ていけるようなちゃんとした服、これくらいしかないから……」

「変なところで律儀なのね……それで、レディカ様に魔法の手ほどきでもお願いするつもりだったのかしら?」

「……いえ」


 リエロはこの1年間を思い出す。どれだけ血の滲む努力をしても、彼女に才能は実らなかった。

 そして、ブルアの言葉を思い出す。リエロが夢に届くかもしれない、唯一の可能性――。


「わたし……お願いしにきたんです! レディカ様に、どうかわたしと結婚して、一緒に自由騎士になってくれませんかって!!」


「…………は?」


 この言葉には、さすがの彼女も予想できなかったらしい。

 バルコニーによじ登ってきたリエロを見つけた時よりも遙かに大きな驚きを、その整った顔に浮かべていた。


「ええと……相手は公爵令嬢よ? 失礼だけど、貴方は――」

「……騎士志望の、平民、です」

「少し嫌な言い方になるけれど、身の程知らずとは思わないのかしら」

「思い、ます。でも、わたしは絶対にこの夢を叶えたい。だから……試せることは全部試したいんです」

「それは……ただ、貴方1人のために?」

「……はい。わたしの自分勝手なワガママです」


 そうバカ正直に口にして、悟る。

 こんなことを言って、彼女が協力してくれる筈もない。


 しかし、これがリエロの本音だった。

 レディカ・ドゥーインはリエロと同じく王立学位に通っている。同い年で、数日経てば進級し、落第したリエロの一学年上になる。


 間違いなく学院一の才女であり、おそらく唯一、ブルアが教えてくれた魔法ランクの条件を満たせる可能性のある相手。


「結婚って……あの結婚よね。婚姻ではなく、血の、魂の契約を結ぶということ。相手は公爵令嬢、しかも彼女は既に魔法研究機関『ヘカテリオス』に内定しているとも聞くわ」

「……はい」


 魔法研究機関『ヘカテリオス』。それはこの王国一の魔法研究機関であり、最高峰の魔法使いたちが集う場所。

 リエロにとっては雲の上の世界だ。


「そんな彼女に内定を蹴って、自分の夢に従うよう頼むつもり……と? それで彼女の人生が全く、これまでと違うものに変わってしまうと分かっていて?」

「……はい」


 リエロは抵抗を覚えつつも、頷く。頷いてしまう。


「やれることがあるのに、やらないで後悔するのは嫌だから」


 レディカと橋渡しができると言った少女。おそらくレディカと親しいのだろう。

 そんな彼女がレディカの未来を潰すような、リエロの勝手な野望を聞いて協力するわけがない。

 もしかしたら敵意さえ抱き、人を呼ぼうとするかもしれない。


(この人には悪いけど……わたしはまだ、諦めるわけには……!)


 リエロは心の中で、少女がそんなことをする前に気絶させる覚悟を固める。

 しかし――。


「あははははははははっ!! なにそれ! すっごく面白い! 貴女なんてワガママなの!? 正気じゃないわっ!!」

「……え?」


 少女は腹を抱えて笑いだす。

 予想もしていなかった反応に、リエロは呆気にとられてしまった。


「そんなの成立する筈ないじゃない! 頼むってそれだけ!? 他に計画はないの!? 家族でもさらって脅すとか!? あはははっ!」

「い、いえ、とにかく最初は誠心誠意、ひたすら頼み込もうかと……」

「それで上手くいくわけないでしょ! まぁ、貴女の求める『結婚』は魂の契約……仮に脅したって成立しないでしょうけど。ふふふっ」


(そ、そうなんだ……)


 最悪、彼女が言ったような方法も視野に入ってくるかもと思っていたリエロは、その考えを丸めて捨てた。


「そんな話、普通誰も取り合わないわよ。普通…………私以外はね」

「え?」

「やっぱり面白い……思っていたとおり、ううん、それ以上よ、リエロ・スオンス」

「え……? あれ? わたし、名前、名乗ってない――」


 その違和感を口にする前に、気がつく。

 いつの間にか目の前の少女から溢れ出す、凄絶な魔力の奔流。

 それはつい溢れてしまったと言わんばかりに、リエロに息苦しさを感じさせる。


「あら、つい気が緩んではしたないことを……でも貴女、これがハッキリ感じられるのね。素敵だわ」


 少女が妖艶な笑みを浮かべる。

 およそ、同世代の少女が持つはずのないそれは――持っているとすれば、この世界にただ1人しか存在しない。


「いいわ、受けてあげる。貴方のそのプロポーズ。私は未来を捨て、自由騎士になるという未来を貴方に捧げる。その代わり、貴方も私に人生を捧げるの。それこそが――」


 鮮烈な赤を纏う少女が、リエロの頬に触れ、指で彼女の唇を撫でる。

 その目には、無意識に震えてしまうような、絶対に逃がさないと縛るような支配欲が滲んでいた。


「結婚しましょう。お互いの魂に誓って」


 昏い夜を背負い、まるでそこに浮かぶ赤い月のような幻妖さを放ちながら、少女――レディカ・ドゥーインは微笑んだ。

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次の更新予定

2025年12月28日 18:00

故に夢見る少女と公爵令嬢は”結婚”した としぞう @toshizone23

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