第2話 一縷の望み
その夜、リエロは学院と同じ王都にある、とある屋敷へとやってきていた。
ドゥーイン公爵家。今日はここで、ドゥーイン家長女の誕生パーティーが開かれているという。
「駄目だ。招待状も無いのに入れるわけがないだろう。帰った帰った」
「あう……」
正面から乗り込もうとしたリエロだが、当然門番に追い返されてしまう。
リエロに公爵家との面識は無い。
それでも一縷の望みをかけるには、どうしてもこの誕生日パーティーの主役、公爵令嬢に会わねばならなかった。
「かくなる上は……」
リエロはなんとか会う方法を探りつつ、昼間のブルアとの会話を思い出していた。
◇
「結婚!? そ、それって、あの結婚……!?」
「ううん、たぶんリエロが想像しているのとは別物。分かりやすく言うと、正式にコンビを組むみたいなものね。二人一組になって苦手を補い合うための契約、その通称が結婚っていうの」
そんな制度があることはリエロは全くの初耳だった。
「古い制度らしいから、普通知らないわよね。昔は当たり前だったらしいけど、今は使ってる人なんて見たことないし。でも、学院の規則にも隅っこにだけれど記載が残っていたわ」
「それじゃあ、それを使えば……!」
「ただし! そう甘いもんじゃないわよ。 古ぼけて忘れられるのには、ちゃんと相応の理由があんの」
結婚のリスク、一つ目は両者が同じ進路を取らねばならないこと。
リエロが自由騎士を目指すのならば、相手にもその進路を強制することになる。
二つ目、ライセンス取得の難度が跳ね上がる。具体的には――。
「自由騎士のライセンス取得に必要な条件は武器ランクひとつをAか、ふたつをB以上。さらに魔法を2属性Bか、3属性C以上よ」
「えええええっ!?」
武器ランクのBはその道のエキスパート、Aとなれば世界的に見ても一握りで、歴史に名を残すほどの存在と言われる。
魔法の属性ランクについても同様。こちらはランクが低いが、得意属性を増やすことは武器を増やすより難しいとされている。
それはリエロが魔法を扱う才能を持てないのと同じ。魔法を扱うこと、どの属性に適正があるか、それらの殆どは先天的な才能によって殆ど決まってしまうのだ。
鍛え伸ばすことはできても、適正を増やすことは非常に難しい。
「これは二人で満たせばいいから、もしもリエロが武器ランクの条件をクリアできれば相方は魔法ランクを満たすだけでオッケー。ただ、魔法だけでみても十分特化したライセンスを取れるくらいの条件よ。なのにわざわざ自由騎士になろうなんて物好きいるかしら」
「それは……うう……」
魔法を使えないリエロを補う唯一の抜け道。しかし、それは分かりやすく過酷だった。
「そして三つ目」
「まだあるのぉ!?」
この『結婚』は血の契約。複雑で強い拘束力を持つ。
つまり夫婦となる、よく知られた方の結婚の手続きより、遙かに解除が難しい。
通常、一度結べば死ぬまで解かれることはないというほどだ。
「お試しでとか、途中でやっぱりやめますはできないの。リエロもそうだし、相手もね」
結婚相手の条件を纏めると以下の通り。
自由騎士になる意向がある者。
その道で間違いなく英名を轟かせるほどの魔法の才に富んだ者。
一生リエロと人生を共にしていいと思う者。
それはあまりにリエロにとって都合の良すぎる存在。
リエロには、そのどれか一つにも当てはまる相手が浮かばない。
自由騎士になる、ということでさえ……自由騎士は元々ライセンス取得難度が他より高く、それに反して実入りが少ない不人気職なのだ。
「はぁ……方法があるなんて言ったけど、やっぱり無いようなもんね、これ。リエロ、もういい加減諦めて――」
「わ、分かんないよ、まだ!」
「り、リエロ?」
「せっかくブルアが見つけてくれたんだもん! 誰か、力を貸してくれる人がいるかもしれない! わたし、やる前からできないって諦めたくないから……頑張ってみる!!」
リエロは勢いよく立ち上がり、教室を飛び出した。
もう魔法が使えないことは、入学してから今までの一年間でよく理解できていた。
だが、結婚相手探しはまだ一秒も試していない。
「まずは情報収集から! やるぞぉおお!!」
リエロはその目にやる気という炎を灯し、全力で走り出した。
◇
そして、現在――。
「よい、しょ。よい、しょ」
リエロは公爵家の館に、へいを飛び越え忍び込み、、目立たないようその壁面をよじ登っていた。
目指すはバルコニー。そこからダンスホールに入れるはずという算段だ。
「絶対、諦めない……!!」
その執念でリエロが見つけた、条件のひとつ、『極めて優れた魔法の才を持つ人物』。
彼女に会うために、リエロはここまで来た。
面識は無い。アポだって当然取ってない。それでもとにかく会わなければ始まらない。
「よいしょ……到着……」
バルコニーに上半身を乗せ、ほっと息を吐く。
この後どうやってダンスホールにいるであろう彼女を見つけるかだが――。
「…………」
「…………え?」
バルコニーによじ登ってきたリエロを、既にそこにいた少女がじいっと見つめていた。
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