故に夢見る少女と公爵令嬢は”結婚”した

としぞう

第1話 崖っぷちの落第生

「はぁ~~~」


 誰もいない放課後の教室。

 自席に座り今日返ってきたばかりの成績表を眺め、彼女は深くため息を吐いた。


「はぁ~~~~~」


 不合格。

 成績表の末尾に刻まれたその文言は、文字通り落第の証明。

 何度目をこすっても、決して不の文字は取れてくれない。


「リエロー、リエロ・スオンスー」


 そんな彼女を呼ぶ声と共に、一人の少女が教室に入ってきた。


「やっぱりまだ教室にいた。いつまでそうしてるのよ」

「ブルア……さん」

「なんでさん付け? いつもは呼び捨てじゃない」

「そーだけどぉ……だってこれで、二つも段位に差がついちゃったわけだし……うぐっ!?」

「なんで自分で言って自分でダメージ受けてるのよ」


 リエロ・スオンス。

 この現在不合格の痛みによってどん底を彷徨う少女こそ、この物語の主人公。

 陽気な気配を醸し出す黄色い髪と瞳、16の年に比べても僅かに幼く見える小動物的愛らしさを放つ彼女は、王国中の将来有望な若者が集う『バルムント王立学院』に通う騎士志望だった。


 そしてまさに今日、その進級試験に落ちたところだった。


「これで二回目……三回落ちたら強制退学なんて……!」

「仕方ないじゃない、落ちちゃったものはさ」


 べそをかくリエロに、ブルアはあっさり言い返す。

 実際、このような結果になるだろうことはブルアには十分予想できていた。

 そして、リエロにも。


「もう諦めるしかないんじゃない?」

「うぅ……」


 冷たいが、もう何度もブルアはそれを言ってきた。

 リエロとブルアは入学来の、それもたまたま入学式に隣の席同士だったという理由で仲良くなったという関係だ。

 ただ、そんなきっかけでも今では一番の親友同士。


 リエロのこれまでの努力をブルアは知っている。誰よりも近くで見てきた。

 だからこそ、ブルアも意地悪ではなく、本気でリエロを心配し、言っている。


「だからさ、リエロ――」

「でも、夢なんだ……諦められないよ」


 それは入学前から変わらない、リエロの目標。

 ブルアより、いや、学院に通うどの生徒よりギラギラ輝く夢。


「自由騎士になる。そのために、わたしは……」


 一口に騎士と言ってもいくつか種類がある。

 国に仕える軍人のような騎士は正騎士。貴族の私設騎士団などに雇われる傭兵のような騎士は従騎士、など。

 この国では騎士は役目や形態によって細かく区分され、なるのに必要なライセンス、それを取得するために必要な能力も異なるのだ。


 そして、リエロが夢とするのは自由騎士。

 仕えるのは己が信念。正義を信じ、弱きを助けるため、世界を飛び回る、そんな特殊な存在。

 今では成り手も減り、消えつつある騎士の形態だというが……それでもリエロにとっては唯一で絶対の夢だった。


 しかし、それを夢と掲げるのと同時に、彼女にはそのために必要な能力が決定的に不足していた。


「リエロには魔法の才能が無いじゃない。自由騎士、その初段進級にだって、二つ以上の属性でEランクに到達しなくちゃいけないのよ」

「うぐ……」


 リエロの魔法適正は、ゼロ。ランクも当然Eどころか、認定なしだ。

 つまり、スタートラインにさえ立てていない。だから不合格になるのも、試験に挑む前から分かっていた。


 ちなみに、魔法が使えないこと自体は珍しい話でない。

 実際、魔法適正がなくとも目指せる騎士職はいくつも存在する。

 ブルアが志望する正騎士もそのひとつだ。


「進路変更、まだ間に合うわよ。リエロだったら……アタシも、手伝うし」

「でも……」


 ぎゅっとリエロの手を握るブルア。

 それでもリエロはうつむいたまま、その手を握り返そうとはしない。


「……ったく。ひとつだけ、可能性があるわ」

「えっ!?」


 ブルアのため息と共に吐き出された言葉に、リエロは勢いよく顔を上げる。


「教えてあげてもいいけれど……殆ど不可能な方法よ。聞いたとしても――」

「それでも教えて、ブルア!」

「……そうよね。アンタはそういう子よね、リエロ」


 入学してからずっと、一日も絶やさず、ありもしない魔法の才能を目覚めさせるためにリエロが必死に努力してきたことをブルアは知っている。

 だからこそ、ブルアは彼女に興味を持ち、ただ隣の席だったという偶然の縁を今日まで強固に育むことになったのだ。


 そして、知っている。自由騎士になるというのがリエロにとってそれだけ大きな夢だと。

 簡単に諦められるものではない……魔法が使えないだけでは、足りない。


「リエロ、アンタが自由騎士になるために進級したいなら――結婚するしかないわ」

「けっ、こん?」


 真剣なブルアの言葉に、リエロは大きく目を見開いた。

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