卵が先かドラゴンが先か

片月いち

クエストスタート!

 僕たちの村はドラゴンに囲まれていた。


 僕が住んでいたのは小さな村で、名前をエッグ村といった。そんな村の周囲には凶暴なドラゴンの巣があって、常に彼らの脅威に晒されていた。

 家畜を襲われることがあるし、彼らが暴れたり気が立っているときは、他の村々との行き来も難しくなる。時には村を直接襲われて、村人に被害が出ることもあった。


 僕の家は養鶏をしていた。鶏は小型ドラゴンの恰好の獲物で、何度も被害に遭った。父はそんな奴らを追い払おうとして、足に大怪我をしたこともあった。


 ――ちくしょう。こんなじことが許されていいのか……!


 僕は義憤に駆られていた。何としてもドラゴンの脅威を排除しなければいけない。奴らを駆除して、村に平穏を取り戻さなければならない。

 だから僕は、ドラゴン退治を専門とする“冒険者”を目指した。

 そうして成長して青年と呼ばれる年齢になってから、村唯一の冒険者ギルドの扉を叩いた。


「――ようこそ。冒険者の卵諸君。私はギルドマスターだ。我々は君たちを歓迎するよ」


 厳めしい顔をした大柄の男が、ギルドに集まった冒険者志望者たちの前に立つ。彼こそがエッグ村唯一の冒険者ギルド、そのギルドマスターだ。

 マスターは、緊張して固まっている僕たちを前に、不敵な笑みを浮かべる。


「だが。君たちは我々と共に仕事をする前に、君ら自身の力を証明しなくてはならない。そうでなくては背中を預けられないからだ」


 僕はごくりと息をのむ。彼がこの後何を言うかは知っていた。僕は冒険者を目指し、このギルドに入るため様々な特訓をしたのだ。


 ドラゴンの生態を本で勉強したり、身体を鍛えて大剣を振れるようになったり。その本や剣を手に入れるためのお金も、仕事を掛け持ちして稼いだ。

 だからギルドのメンバー加入条件も、もちろん知っていた。


「諸君らには試験を受けてもらう。何、簡単なクエストだ。ほんの少し散歩して戻ってくるだけでいい。本気でギルドメンバーに加わりたいと願う諸君らであれば、楽にクリアできることだろう」


 さあ。ここからが本番だ。僕は絶対に冒険者ギルドに入り、村の周囲のドラゴンたちを殲滅してやる。

 そのときの僕は、期待に胸を躍らせていた。


「最初のクエストだ。――ドラゴンの巣から卵を盗み出し、“無傷”で持ち帰ってくれたまえ」



 ◆



「――……ああっ、また卵が割れたっ!?」


 悲鳴にも似た声を上げる。両腕で抱えるような大きな卵、そこに亀裂が入ってしまったのだ。

 僕は割れた卵を抱えたまま力なく座り込む。卵運搬クエスト、これで十三回目の失敗だった。


「あちゃー、レウス君またやっちゃったの? だから衝撃は与えないで何度も言ってるじゃない」


 落ち込む僕に容赦ない指摘をしてくるのは、このクエストの見守り係に選ばれたレイア先輩だ。この試験で受験者が死なないように、ギルドメンバーがいざという時のサポートをしてくれるのだ。


 とはいえ試験の手助けをしてくれるわけじゃないし、実質試験官みたいなものだ。


「うう、ちょっとこのクエスト難し過ぎませんか? ギルド加入試験のクエストなのに……」


 試験内容は村を出て山を一つ越えたあたりに棲息している大型ドラゴン――“ランオウ”の卵を巣から持ち出し、それをギルドまで破損させることなく運搬することだ。


 ランオウはちょっとした民家よりも大きなドラゴンで、性格も凶暴かつ残忍。卵を盗み出したことを知れば烈火のごとく怒って襲ってくる。

 さらに卵の運搬中は移動速度が落ちるし、両手が塞がって武器を持つことも不可能。完全に無防備な状態で、襲い来るランオウやその他のドラゴン、段差の多い地形を突破して卵を無傷で持ち帰らなければならない。非常に危険なクエストだった。


 僕はすでに十三回失敗したが、親ドラゴンであるランオウに追いつかれて尻尾の一撃を食らって気絶、段差から飛び降りた際に卵を衝撃で割って失敗、移動速度が制限される中で小型ドラゴンにつつかれて失敗、などなど一度としてまともに運べた試しがない。


 あまりにも高難易度だ。ちなみに僕と同じく試験を受けた他のメンバーは、すでにギブアップしてギルドを去っている。


「でも正式加入すればドラゴンと本気で戦うことになるんだから、これくらいできないとメンバー入りは無理よ?」

「それは分かるんですけど……。というか卵が繊細過ぎません? ちょっと躓いただけで割れるんですけど」


 そもそも無傷で持ち帰ることに意味はあるのだろうか?

 クエストの意義的には卵を破壊してこれ以上ドラゴンが増えないようにすることだと思う。なら別に持って帰らなくてもいいのでは? その場で中身ごと割ってしまえばいい。


「そんなっ、命を粗末にするなんて駄目よ! 卵は持ち帰ってギルドで美味しく頂くんだから!」

「食べるのはいいんですか。というかそれが本当の目的なんじゃ……」


 とはいえギルドが課した条件だ。不満はあれど、メンバー入りしたいならクリアするほかない。


「じゃあヒントとかもらえませんか? このままじゃ無駄に卵をつぶして命がもったいないです」

「そうねぇ。まずは移動ルートを予め決めておくのはどう? いつもランオウに追いかけられて闇雲に走ってるでしょ」

「なるほど。ランオウのやり過ごし方とか隠れるポイントも最初から決めておけばいいかもしれませんね」


 さすが先輩冒険者のレイアさんだ。彼女の助言を受け、僕はさっそく卵を持ち帰る移動ルートの選定をはじめた。

 いつも邪魔になる段差。卵を盗まれたランオウが気づいて追いつかれるポイント。さらに邪魔してくる小型ドラゴンを予め駆除しておくなどの対策を立てた。


 これで十四回目の挑戦だ。今回は道幅の狭いルートを通ることにした。大型のランオウでは追ってくることができない。

 僕は今度こそ成功だろうと息巻いていた……が。


「ちょっとおおおおおお!? なんで岩で道が塞がってるんですか!?」


 事前に決めておいたルートは、どこからともなく現れた岩によって塞がれていた。

 まずいまずいまずい! こんなところで手間取っていると親ドラゴンが来てしまう! 僕は急いでルート変更のために来た道を引き返していく。


「あ」

「オオオオオオオオオオオオオンンッッ!!!」


 追いついたランオウのブレスによって、僕は一撃で行動不能にされてしまうのだった。



 ◆



「……なんで急に岩が出てきたんですか! ぜったいにおかしいじゃないですか!?」


 なんとかレイア先輩に助けられた僕だったが、度重なる失敗にさすがの僕も堪えた。

 というかあの岩はおかしかった。崖崩れにしても不自然過ぎる。周りに崩れそうな岩なんてなかったのに。


「仕方ないわ。自然が相手だもの。そういうこともあるわ」

「本当に自然ですか? なんかこう、不自然な意思を感じるんですけど。簡単にクリアされたら悔しいって。何者かの意思を感じるんですけど」

「気のせいよ」


 レイア先輩は言い切った。すべてを受け入れ克服せんとする冒険者の姿そのものだった。……実に堂々たる態度だったが、彼女の視線が泳いでいたことは指摘せずにおこう。


「ぐぬぬ……こうなったら予め複数のルートを用意してやる」

「そうよレウス君。その意気よ」

「ぜったいにクエストクリアしてやるぅぅっ!」


 こうなったら徹底的にやってやる。

 それからも僕は、何度も何度もドラゴンの巣と村を行き来して、何度もクエストを失敗した。

 だが、その度に対策を立てていく。自然の意思によって道が塞がれそうな場所を予想し、途中変更可能な複数の帰還ルートを設定した。


 ルートの枠が広がったため、先に排除すべき小型ドラゴンの数も増えた。僕は彼らの邪魔を徹底的に防ぐために、周辺の小型種をすべて排除する必要がある。

 小型種の完全な排除のためには、僕自身の強化も避けて通れなかった。身体を鍛え直し、装備も最新のものにアップグレードする。


 どれもこれも時間のかかる作業だった。だがどれだけ時間がかかろうと僕は諦めるつもりはなかった。

 夏が来て冬が来て、そしてまた夏が来る。そうしてあらゆる準備を整えていった。


 そして決戦の日。僕は九十九回目のクエスト挑戦に向かったのだ。


「……レイア先輩。それじゃあ行ってきます」


 僕は、そう言ってランオウの巣へ向かっていく。


「いってらっしゃい。……というか君、本当にレウス君? なんか体格が……」

「これ以上の失敗は御免ですから。トレーニングで筋力もアップしておきました」

「そう。……なんか身長も倍になってる気がするけど。とにかく気をつけて」


 巣の中のランオウは眠っているようだ。僕は彼に気づかれないようゆっくりと足を進める。

 卵はランオウから少し離れているようだ。これならあまり刺激せずに済むだろう。僕は機を見て一気に距離を詰めた。

 そして――


「!? レウス君! ダメ――」

「どっせい!」


 親のランオウの横っ面をぶん殴った。


 ランオウは衝撃で二度ほどバウンドして吹き飛ぶ。――そうだ。卵を盗んでくるから追われるのだ。ドラゴンを倒してから卵を奪えばいいのだ。

 目を覚ましたランオウが怒りのまま突進してくる。その直線状に卵があった。


「やらせない! 僕はクエストをクリアして冒険者になってやるんだ! 卵は僕が守る!!」

「――きゃうん!?」


 素手でランオウの顔へクロスカウンターを決める。彼は宙に思い切り弾き飛ばされ、くるくると回転しながら落下した。

 ランオウの巨体が地面に叩きつけられる。確認すると、彼は白目をむいて気絶していた。


「よし! これで安全に卵を運べるぞ!」

「ええぇぇぇぇ……」


 なぜかレイア先輩はげんなりした顔をしていたが、そんなものは気にならない。僕は万感の思いで卵を抱える。よしよし。今度こそちゃんと連れ帰ってやるからな。


 それから僕とレイア先輩は悠々と山を下りていった。先に小型種を殲滅しておいたから襲われる危険もない。

 案の定、自然の意思が道を岩で塞いでいたりしたが、これもルートを複数用意したおかげで難なく別ルートに切り替えることが出来た。


 そうして僕はとうとう卵を抱えたまま村のギルドまで帰還する。

 途中なぜか配置が変わっていた小型種に驚いたりしたが、僕が一睨みするだけで追い返すことができた。


 冒険者を目指して早数年。思えば長かった。最初のクエストがこれほど高難易度だとは思わなかった。

 だがこれで僕もギルドメンバー入りだ。彼らと共にドラゴンと戦うことが出来るだろう。

 僕はギルドマスターの元へ卵を届ける。彼はにこやかに笑ってこう言った。


「おお、ついに卵を持ち帰ったか! これで一個めだな!」

「はい! ……え?」

「クエストクリア条件は卵を“五個”持って帰ることだ! 引き続き頑張りたまえ!」

「ええええええええええええっ!?」


 ……どうやら卵運びは、まだ終わっていないようだった。



 ◆



 それから僕は、残りの卵を運搬するために何度もドラゴンの山を上った。

 一個運べたからと言って、二個目以降が楽になることはなかった。僕は何度も卵を傷つけ、そのたびに最初から運び直しになる。


 ルート確保のために小型種を狩り尽くしたので、村の近辺にはドラゴンは存在しない。

 身体を鍛え、岩をも砕く鋼の拳を手に入れたので、自然の意思も打ち砕くことができる。ランオウだって今は瞬殺可能だ。


 しかし身体を鍛え過ぎたことで、卵を抱えた瞬間に腕力で砕けてしまったり、ランオウを倒しすぎて卵が手に入り辛くなったりした。

 頑張っても頑張っても、クエストクリアが遠い。僕は自分の無力さに苛まれていた。


「レイア先輩。僕はもう冒険者になれないんでしょうか……?」


 ランオウの頭数調整のためクエストに挑めない期間。

 クエスト失敗の回数はもう数えていない。あまりにも失敗が続き、僕の心はついに折れかけていた。


「僕は悔しいです。こんなに努力しているのに、最初のクエストさえクリアできないなんて」

「いや。クエストっていうか、もうドラゴン減ってるんだからいいんじゃない? というか君のドラゴン討伐数がギルド全体の討伐数より上なんだけど」

「なんで僕はこんなに駄目なんだ! 僕には自分の村を守る力なんてないのか!」

「話聞いてる?」


 これまでの努力は何だったのか。そもそも努力の方向性を間違ってしまったのか。

 何もわからないまま悶々とした時間だけが過ぎる。


「まあ、とりあえずご飯でも食べましょう? 今日はオムライスを作ったから」


 試験官として僕の挑戦に付き合ってくれるレイア先輩とも、もうずいぶん長い付き合いになった。

 最近の彼女は、時折僕に食事を作ってくれるようになった。ギルドの仕事が減り、冒険者としての活躍の機会も減った彼女とは、半同棲のような暮らしをしている。


 僕のせいで先輩もいい歳だ。そろそろ結婚も考えないといけない頃合いだろう。長年の付き合いによって、先輩との関係は恋人同士と言ってもいい関係になっている。

 これ以上僕の我がままに彼女を巻き込んでいいのか。そろそろ夢を諦めて家庭を作るべきではないのか。

 そんな葛藤が心の中にある。


「いただきます」


 先輩の作ってくれたオムライスを食べる。僕の実家の卵を使っている。僕にとっても懐かしい味だ。

 実家ではドラゴンの被害が減って、卵が安定して手に入るようになっている。なのでこうして差し入れをくれることがあるのだ。


 はぁ……ランオウの卵も鶏のように手に入ったら、クエストクリアも楽になるのに。


「いや? そうか。そうだったんだ。発想の逆転だ。僕に必要だったのは“コロンブスの卵”だったんだ……」

「レウス君?」


 レイア先輩はポカンと口を開けて首をひねっている。

 ……ごめんなさい先輩。僕はやっぱり冒険者になることを諦められません。


「やりますよ僕は。今度こそクエストをクリアして冒険者になってみせます!」



 ◆



 そして翌日。僕は冒険者ギルドの扉を叩いた。

 今日でクエストクリアだ。その自信があった。もう卵を抱えて何度も山を往復する必要はないのだ。

 扉の向こうからは、すっかり白髪まみれになったギルドマスターが顔を出す。


「あれ。レウス君。どうしたの?」

「マスター聞いてください。今日から僕も仲間です」

「えっと、どういうことだい?」


 来てください。そう言ってマスターを村はずれに案内する。僕の家の養鶏場があるすぐ近くだ。広い空き地があり、いつもは僕が冒険者の訓練に使っていた。

 そんな何もないはずの空き地に、巨大な生物がうずくまっていた。

 彼は僕らの存在に気づいてむくりと首を起こす。威嚇のための咆哮をあげた。


「オオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!」

「なっ……ドラゴン!?」


 マスターは驚いて腰を抜かす。


 ――そう。こいつは僕が山向こうから連れてきたドラゴン。卵運びのクエストで散々相手をしたランオウに違いなかった。


「僕、気づいたんです」

「え。何を……?」

「わざわざドラゴンの巣から卵を運んでくる必要はないって。――ドラゴン自体を連れてくればいいんだって!」


 そうだ。卵を運ぶのが難しいなら、ドラゴンそのものを運べばいいのだ。

 僕はついにその真理に至った。まさに発想の逆転。コロンブスの卵。これからはいつでも自由に卵を得ることが出来る。

 ドラゴンが、まだ立つことができないギルドマスターに近寄った。


「ググ……オオオオオオオオオオオオオンンンン!!!」

「こらっ、駄目だろ! じっとしてろ!」

「きゃうんっ……」


 しかし僕がきつく叱ると、途端にドラゴンは弱々しく身体を丸めた。彼はここに連れてくる途中でいろいろと“教育”してある。

 僕のことはぜったいに襲わないし、僕の家族、エッグ村の人間もぜったいに襲わないよう言って聞かせた。


「マスター。これでクエストクリアです。僕も冒険者になれますよね?」

「えっ、…………え?」

「あ、一体だけじゃないですよ? ちゃんと卵を産ませられるようオスとメスの両方連れてきましたから」


 これからはランオウの卵を“生産”することができる。卵料理も食べ放題だ。

 ここまでやってクエストクリアを認めないなんて、さすがにマスターも言わないだろう。


「あのう、悪いんだけどさ……」


 が、マスターは僕の問いにすぐに答えてくれなかった。

 極まりが悪そうに、ポリポリと頬を掻いている。


「冒険者ギルド、もうとっくに無くなっちゃった」


 ――え?


 ……そのときの、僕の衝撃はいかほどだったろう。

 どうやら近くのドラゴンが粗方駆除されてしまったのをきっかけに、ギルドは仕事がなくなって破産していたらしい。

 だから新規クエストもないし、クエストクリアを告げることもできない。当然、僕を冒険者にすることもできない。


 ……そういえばレイア先輩も、かなり前から冒険者の仕事をしていなかった。

 武器や他の装備を売り、僕たちの新居の話をよくするようになった。子供は何人欲しいとか、学区がどうとか、そんな話ばかりをするようになった。


 当り前だ。彼女はとっくに、先輩ではなくなっていたのだ。


「そ、そんなぁ……っ」


 ショックのあまり、膝から崩れ落ちる。

 こうして僕は、冒険者への夢を諦めるしかなかったのだ……。



 ◆



「……そうして僕は冒険者への道を閉ざされてしまったんだ」


 あれから数十年後。僕は孫たちにかつての自分の話を聞かせていた。

 ここはエッグ村の僕の家。牧場に遊びに来た孫たちに、僕の昔話をせがまれたからだ。


 僕は結局、冒険者にはなれなかった。仕方なく両親の養鶏場を継ぎ、その過程でドラゴンの畜産をはじめた。

 ランオウの卵はかなり需要があり、貴重な食材として高く取引されていた。だから僕は、安定的に卵を得られるよう、ランオウの本格的な飼育をはじめたのだ。


 エサは何がいいのか。卵を作ってもらえるようにどのように環境を整えればいいのか。本来人を襲うドラゴンを安全に飼育できるようにするにはどうすればいいのか。

 僕は一生懸命研究に打ち込み、人工交配によって品種改良も進めた。

 今では僕の牧場にはランオウ以外にも様々なドラゴンがおり、畜産化された彼らから、美味しい卵を頂いている。


「だからお前たちも挫けるな。お前たちは夢を追い、しかし叶わないこともあるだろう。だけど夢を叶えることだけが人生じゃない。夢が叶わなくたって幸せになれるんだよ」


 僕は冒険者になることは出来なかったが、こうして牧場を大きくし、レイアと結婚し、子や孫にも恵まれた。

 良い人生だったと思う。夢は叶わなかったが、幸せな日々を送っている。


 孫の一人が僕を呼ぶ。この子は僕に似て夢見がちな子だった。きっとこの先の人生で、時に失敗することもあるだろう。

 そんなこの子に、それでも幸せになってほしかった。

 彼はこう訊ねた。


「ねえ。おじいちゃんはなんで冒険者になりたかったの?」


 ……。

 僕は両目を閉じ、記憶を辿り、靄のかかった子供時代を思い出そうとする。

 そう。僕は子供時代から冒険者になりたかった。そのためギルドの卵運搬クエストに挑み……。

 いや違う。それは冒険者になるためにやったことで、そもそも僕は何で冒険者になりたかったのだろう?

 僕はより過去の記憶を辿ろうとする。あとちょっとで思い出せそうなんだが、そのあとちょっとが遠かった。

 首を傾げる孫の前で、僕も一緒に首を傾げる。


「……あれ? なんでだっけ?」


 すやすやと、牧場の隅でドラゴンが気持ちよさそうに寝息を立てている。

 ダイニングではレイア婆さんがお昼の時間を知らせていた。

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