第9話
「……え」
イアンの口から声が漏れる。
「いや、え? 何言って……」
「アイザック=ロウはお前たちと同じ練習生だろう? 試験に来なかったからと、第3部隊長殿が様子を見に行かせた隊士が、練習生の宿舎で発見した。そちらは警察の管轄となったので、暫くは宿舎に戻れない」
淡々と説明をする言葉が、練習生たちのーーウィルの頭の中に届いてこない。
(死んだ? ……誰が?)
「なん……で? あの、今朝まですごく元気だったんですけど、えっと、病気? あ、事故、ですか?」
練習生の誰かが言った。
「殺された。被疑者はーー」
「ブラッドフォード殿!」
非難するように、ライトが声を上げる。ブラッドフォードはライトを一瞥し、ため息をついた。
「感情的になりすぎです、ライト殿。そもそも、これは誰の責任になるのか……まぁ、いいでしょう。とにかく被疑者のカスト=アルバーンの処分はこちらで引き受けます」
「ま、ま、待ってください! 待って、待って……」
イアンが両手で頭を掻きむしりながら声を上げる。
「被疑者……カスト=アルバーン……? カストさん? 被疑者って、犯人てことですよね? カストさんがアイザックを殺した!?」
「イアン、落ち着け!」
「落ち着け? こんなの、落ち着けるわけないじゃないですか!?」
ライトに詰め寄るイアン。
「カストさんに会わせてください! 絶対に誤解だから! あの人がそんな事するはずがないから! そうだよな、ウィル!?」
「あ……当たり前だろ? なんだよ、これも何かの試験? そんな嘘で何を試そうって言うわけ?」
ブラッドフォードが再度ため息を吐く。
「そんなに会いたいなら会わせてやる」
「何を仰っているのですか!?」
ライトの抗議の声を聞き流し、ブラッドフォードは試験の対戦相手として待機していた剣士たちに声を掛ける。
「見物人を解散させろ。それからーー」
訓練場の方で悲鳴が上がった。だがブラッドフォードは意に介さず続ける。
「剣士たちは剣を手に取れ。今からは私の指示に従ってもらう」
「はい!」
剣士たちは、見物人に声を掛けに行く者と、真剣を取りに武器庫へ走る者に分かれた。
外部受験生たちは何が起きているのかさっぱりわからず、困惑した顔で悲鳴が聞こえた訓練場の方を見ている。練習生たちはーー
「部隊長! アイザックが死んだなんて嘘ですよね!? カストが殺したなんて、何かの間違いですよね!? 俺たちは、部隊長の口から本当のことが聞きたいです!」
ブラッドフォードの話が受け入れられず、ライトに詰め寄る。
「……ブラッドフォード殿が言ったことが全てだ」
鎮痛な面持ちで言葉を絞り出すライト。
「だが殺したのはカストではなくーー」
訓練場から、誰かが出て来た。
片手に剣を握り、刀身を引き摺りながら。そしてもう片方の手に握っているのは、引きちぎられた人間の腕。
「ーー魔物だ」
ふらふらとこちらに向かって来ているそれは、カストだった。カストが剣を引き摺り、人間の腕を掴み、そこから溢れ出る血を飲んでいる。
「ひっ……! カ、カストさん……!?」
「お、お、遅く、な゛りまじだ……あ、あああ頭が、い゛だぐで」
落ち窪んだ目は濁り、生気は無い。口元も両手も、身体中が血に塗れている。
「おっちゃん……それ、誰の血だよ……」
青ざめた顔でウィルは立ち尽くす。
その腕は、先ほどの悲鳴の主のものなのか。
「発見時、こいつはアイザック=ロウを食っていたそうだ。拘束しても抵抗しなかったので連れ帰ってきたらしいが……その場で処分するべきだったな」
ブラッドフォードはカストの手首を見た。縄を引きちぎったような跡がある。
「どこかで寄生虫に喰われたんだろう。早く処置していればこんな事にならずに済んだのに、放置した。これはもうダメだな」
ブラッドフォードの言葉に、数日前のカストの様子を思い出すウィル。
腹の調子が悪い、頭が痛いと言っていたではないか。
「寄生虫……?」
「別名ゾンビ虫とも言うな。宿主の頭の中に棲みつき、脳を喰らう。そうなるとああやって、血肉を求めて人間を襲うようになる」
そんな魔物、ウィルは知らない。少なくともウィルの村の周りにはいなかった。
「滅多に見かけない魔物だ。剣士になりたいのならば、できる限り多くの魔物を知っておけ」
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