第8話

 筆記試験は即時結果が出て、受験者五52名のうち40名が次の実技試験に進むこととなった。

 練習生はアイザックとカストを除く全員が、無事に通過することができた。


 実技試験の場所は屋外のグラウンド。ここではグラウンドの外からであれば、試験の様子を部外者が見ることができる。


 現役剣士と志願者との、模造刀を使用した試合。そのほとんどは、やはり剣士が圧倒的な強さを見せつけて終わるのだが、中には誰も予想できなかったようなドラマが生まれることがある。それを期待している者は多く、グラウンドの周りには既に人だかりができていた。


「アイザックたち、まだ来ないのかなぁ。あの2人、もう試験受けられないよな?」


「余計な事を考えるなよ」


「でも……」


 イアンは人だかりの中にアイザックたちがいないかと見渡したが、それらしい姿はない。釣られてウィルも人だかりに目をやり、そこに見覚えのある顔を見つけた。


「あ。キリー」


 以前この場所へ案内してくれた、ツインテールの女だ。

 キリーもウィルに気が付いて、目を丸くして驚いている。


「うそ! あの子、入隊試験を受けるの!?」


 父親の手伝いをする孝行息子ではなく、まさか練習生だったとは。


 キリーは大きな目でじっとウィルを見つめた。

 背丈は小柄だが、何よりも顔面偏差値が高い。筋肉のつき方も綺麗で、5年後、10年後が楽しみである。


「ウィルー! 頑張ってねー!」


 キリーはウィルに向かって大きく手を振った。

 その声を皮切りに、別の場所からも声が上がる。


「ウィル君、ファイトー!」


「合格したらご飯に行こうね!」


「何でも好きなもの買ってあげるー!」


 稽古の合間に知り合って仲良くなった女たちである。


「……羨ましくなんかねぇからな……っ!」


 イアンや他の受験者たちのみならず、対戦相手となる現役剣士たちからの視線もウィルに突き刺さった。


「今から実技試験を始める。各自模造刀は受け取ったな?」


 受験者たちを見渡す部隊長。

 模造刀は斬れないだけで、真剣と重さは変わらない。


「現役の剣士を相手に打ち合って貰う。前にも言ったが勝敗は合否に関わらない。が、剣士たちには骨の1本や2本くらいは折るつもりでやれと伝えてあるので、お前たちも全力で挑むように」


 イアンはゴクリと固唾を飲む。

 この場にいる現役剣士は20人。どうか優しい人が当たりますようにと天に願った。


「受験番号順に始めてもいいが、早く終わらせたい者はいるか?」


 すっと手を挙げたのは、ウィルだけ。


「終わったらすぐに帰っていいんだろ?」


「そう言うと思っていた」


 部隊長は小さく笑って、ウィルにグラウンドの真ん中へ行くよう指示をした。


「では、ウィル=レイトの相手をしたい者は?」


 これには剣士たちは互いに顔を見合わせるばかりで、誰も手を挙げない。こんな子供を相手にするのは、さすがに気が引ける。

 ウィルはそんな剣士たちの中に、見知った顔を見つけた。一際目立って大柄な、スキンヘッドの男ーー


「『筋肉ハゲ』! あんた相手しろよ」


「オシャレ坊主だ! クソガキ!」


 実地訓練初日に同行した、第2部隊8班のメンバーである。


「ローランか。いいだろう、前に出ろ」


 部隊長に促され、筋肉剣士ーーローランが前に出る。

 向かい合うウィルとローラン。


 少し離れたところに、男たちが数名椅子に座ってこちらを見ている。第1部隊長、第2部隊長、それらを統括する元帥等の役職を持つ者たちであり、彼らが合否の判断を下す。


「あんた、ローランって言うの? 似合わねぇ名前だな」


「相変わらず生意気な口とツラしやがって。ちょっと女にキャーキャー言われたからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ」


「相変わらず頭ピカピカ光らせやがって。眩しくてあんたのツラ、全然見えねぇんだよ」


 ビキッと、ローランの額に太い血管が表れる音がした気がした。


「ただでさえ身長差がありすぎて不利なのに、なんでさらに挑発するんだよ……!」


 ハラハラと見守るイアン。

 ウィルの身長は160センチに満たない。ローランは2メートルに近い。ウィルが称したようにその体躯は筋骨隆々で、更に大きく見える。


「両者構え!」


 ゆっくりと剣を構えるローラン。対するウィルは、構えない。しかし部隊長は、それが構えと判断した。


「ーー始め!」


(まずはそのツラに一発入れてやる!)


 ローランは合図と同時に、ウィルの顔面目掛けて剣を横に薙いだ。だがウィルは、即座に腰を落としてそれを容易くかわす。


「やっぱり筋肉馬鹿は単純だな」


 少し煽れば、必ず一撃目は顔を狙ってくると思っていた。

 ウィルは姿勢を低くしたまま剣を水平に構え、ローランの右足に狙いを定めて一閃。


「この……っ!」


 鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。

 なんとか剣を引き戻し、ウィルの一撃を防いだ。


(そりゃあ、由緒ある剣士サマ相手に、一筋縄ではいかねぇよな)


 ウィルは一旦間合いを取る為、後ろに飛び退った。


「これがガキの腕力かよ……っ」


 ローランの両手に残った痺れが、今の一撃の重さを物語っている。


(大人を舐めるなっ!)


 剣を構え直し、大きく一歩踏み込むローラン。今度は頭の上に振りかぶり、体重を乗せて振り下ろした。


「遅ぇ」


 ローランの剣の切先が届くより早く、懐に入り込むウィル。


「無駄な筋肉をつけるから、動きが遅ぇんだよ」


 言うや否や、ローランの左の脇腹を薙ぎ払った。

 わっと、野次馬たちから歓声が上がる。


「あの子供、強いぞ!」


 真剣ではない為斬れはしないが、打撃のダメージは重い。


「ぐ……っ!」


 ローランは両膝に力を込め、体勢を崩さないように耐えた。剣を振り、ウィルを間合いの外へ追い出す。

そして続け様に斬撃を繰り出すが、全てウィルの剣に払いのけられる。


(なんだ……? なんでこいつ、こんなにも軽々と払える?)


 ローランの打ち込む剣は重い。体格差がありすぎる為、まともに受ければウィルが受け止められるとは到底思えない。


(力の受け流し方が上手い)


 近くで試合を見ている部隊長は、ウィルの目線に注視する。

 ローランがどこに力を込めて剣を振っているのか、その力が作用する箇所、そしてそれを受け流せる角度を、ウィルは瞬時に見極めているのだ。


(頭で考えていない。感覚で動いているな……)


「この野郎っっ!」


 今までで一番大きく振りかぶった。その瞬間、ウィルはローランの両足の間に滑り込み、背後に回る。


「なん……っ!?」


 全力で剣を振り切ってしまい、体が咄嗟に反応できない。

 ローランの尻を蹴り、上に高く飛び上がるウィル。そして着地したのはーーローランの肩の上だった。


「いい眺め」


 ウィルはローランに肩車をされる形で、しかし剣は彼の首筋に構えたまま、部隊長を振り返った。


「まだやる?」


 無言で部隊長は首を横に振った。

 勝負あり、である。


「……す……ごい! すごい、すごい!」


 わぁっと、人だかりが再度湧き上がった。

 その中でキリーは、目をキラキラさせながらウィルを見つめていた。頬は紅潮し、心臓がドキドキと高鳴っている。


「どうしよう、カッコ良すぎる! めちゃくちゃタイプ! どストライク!」


 どうしよう、どうしよう、と何度も口の中で繰り返す。


「でもちょっと若すぎるわよね……でもぉ……」


 何やらキリーが悩んでいるうちに、次の試合が始まろうとしていた。

 だが。


「ライト殿、しばし試験の中断を」


 そう言って第3部隊長に声を掛けたのは、第1部隊長だった。第1部隊長の傍に、今し方走ってきた伝令と思しき兵士がいる。


「……?」


 眉を顰める第3部隊長ライトの元へも伝令兵がやってきて、ウィルたち練習生の方をチラチラと見ながら耳打ちする。


「なん……だと?」


 絶句し、第1部隊長を振り返る。第1部隊長はその視線に小さく頷いて応えた。

 何があったのかと、周囲がざわめき始める。


「待って……いただきたい。その、彼は今、ここに?」


「連れてこさせましょうか?」


「いや……」


 珍しく狼狽している。頭が回らない。


「あ……ウィル! ウィル=レイト! まだ宿舎には戻るな!」


「なんで? 終わったら帰っていいって言ったじゃねぇか」


「いいからーー」


 的確な指示が出せなくなっているライトの元に、第1部隊長がやって来た。第1部隊長はウィルと、その後ろの受験生たちーー練習生たちにざっと視線を向ける。


「アイザック=ロウという練習生が死亡した」

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