第10話

 ーーグラウンドの隅。剣士たちに解散しろと追い払われてから、キリーはコッソリと戻ってきていた。

 物陰から顔だけを覗かせて、グラウンドの様子を窺っている。


「あの人……ウィルと一緒にいた人……」


「キリーの知り合い?」


「うわぁ!?」


 突然背後から声がして、思わずキリーは悲鳴を上げた。


「驚かせてごめんね」


「なんだ、リズちゃんか……」


 キリーの後ろにいたのは、同じ年頃の女だった。

 白い肌に紫色に染めた髪を垂らした、美しい女だ。


「あの人……寄生虫に寄生されてる。動いて喋っているけど、もう手遅れね」


 キリーと同じように物陰に隠れながら、リズと呼ばれた女が言う。


「ウィルと同期の練習生よ」


「ウィルって、さっきの男の子?」


「うん」


「そっか……」


 キリーとリズは口を閉ざし、ことの成り行きを見守った。


⭐︎


「しししげん゛……試験、を゛はじめ、ま゛ず」


 カストは握っていた腕を放り捨て、剣を両手で握った。腕の主から奪ったであろう、真剣である。


 武器庫に行った剣士たちは、まだ戻っていない。受験生たちは模造刀しか持っていないが、部隊長たちは真剣を帯剣している。だが第2部隊長と元帥は、まるで何事も起きていないかのような顔で椅子に座り続け、この事態を傍観しているばかり。


 ブラッドフォードも剣を抜く様子は無く、ライトだけがどうするべきか決めあぐねている。ブラッドフォードが指揮を取ると言っていた手前、勝手なことは出来ない。


「一応言っておく。逃げたい者は逃げろ」


 ブラッドフォードの言葉に、数人の足が動いた。そのほとんどが、練習生である。


「カストさん……アイザック……」


 イアンは逃げ出していないものの、その場で泣き崩れている。

 ウィルもその場に留まったが、まだ理解が追い付かず立ち尽くしているだけ。


「ブラッドフォード殿。剣士たちが戻るのを待つよりも、私がやった方が早い」


「それは無論、その通り。だが折角なのでこうしましょう」


 ブラッドフォードは残った受験生たちに告げる。


「あれを倒してみろ」


 カストがこちらに向かって走り出した。異様に早い足で、外部受験生のひとりの前に迫る。


「くっ!」


 躊躇いなく振り下ろされた剣を、模造刀で受け止めた。重なり合った剣を弾き返そうと、両腕に力を込める。その腕に、首を伸ばしたカストが噛みついた。


「う……うぁぁぁぁ!」


 肉を噛みちぎられ、男は模造刀を投げ捨てて逃げ出した。


「腹、へっだな゛ぁ」


 別の受験生に視線を向けた。剣を無茶苦茶に振り回しながら、不規則な動きで近づいてくる。


「こ、こんなの、倒せるわけないだろ!?」


 また何人かが逃げ出した。

 カストは逃げる者を追う様子はない。


「喉が、かわ゛いだな゛ぁ」


 首をあり得ない角度で曲げて、イアンを見る。戦意を喪失しているイアンは、模造刀を握ろうとも、逃げ出そうともしない。


「イアン! お前も逃げろ!」


 咄嗟にウィルが模造刀を構え、イアンとカストの間に滑り込んだ。

 カストの剣を受け止める。すると先ほどのように、腕に噛みつこうと首を伸ばしてきた。だがその胴体を足で蹴り、間合いを取る。


「ウィル……やめろよ……それ、カストさんだぞ……?」


「っ!」


 カストはまたすぐに剣を振り上げてきた。肩も肘も関節が外れており、切先の軌道が読めない。それでもなんとか剣を受け流す。


「おっちゃん……俺、あんたのお陰で筆記試験受かったんだよ」


 ウィルの首筋に噛みつこうとする横顔を、剣の柄で殴打した。


「あんたとアイザックのお陰で、本気で俺、剣士になってもいいって……思ったのに……!」


 カストの足の脛に模造刀の刀身を叩き込む。ボキンと嫌な音を立てて骨が折れたが、カストの表情は変わらない。


「ブラッドフォード殿! もういいでしょう!? もう見ていられない!」


 剣の柄に手をかけて、ライトが声を上げる。


「この少年なら倒せそうではありませんか。このまま戦わせーー」


 ブラッドフォードが否を告げるより早くーー

 ウィルの視界が突然、紫色になった。


「……っ!」


 紫色の、髪だ。

 ウィルとカストの間に、紫の髪の女が立っている。その手には一振りの刀。その刀は、真っ直ぐにカストの心臓を貫いていた。


「リズ……」


 ライトの声に、リズが振り返る。


「たまたま通りかかったんですけど、魔物を発見したので駆逐しました」


 ニコリと笑って言い、その笑顔をブラッドフォードに向ける。


「何かの訓練だったのならすみません。私は何も指示を聞いていなかったもので」


「……もう良い。下がれ」


「おいで」


リズはウィルの手を取って、その場を離れた。

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