第三話 輝ける嘘、沈黙の真実
アストレア王国の謁見の間は、今のゼノにとって文字通り“針のむしろ”だった。
シャンデリアの輝き、居並ぶ高位貴族たちの冷ややかな視線、そして玉座でふんぞり返る国王。
その中央にある豪奢な台座に、ゼノは震える手で『選ばれし卵』を安置した。
(胃が……胃が燃えている……)
ゼノの胃袋は限界を迎えていた。
ミアの「シュッとしててイイ感じ」という、科学の欠片もない直感を信じて持ってきたこの卵。
もしこれが偽物――ドラゴンモドキのものなら、中から出てくるのは薄汚い泥色のトカゲだ。その瞬間、ゼノの首と胴体は永遠の別れを告げることになる。
「皆の者、静粛に!」
勇者アレックスが一歩前へ出た。今日の彼は一段とマントが長い。
彼は台座の横に立ち、演説を始めた。
「俺が魔境の絶壁を登り、凶暴な親竜の猛攻を掻い潜って手に入れたこの卵! これこそが、アストレア王国の未来を照らす『ゴールドドラゴン』である! 伝説によれば、その鱗は太陽のごとく輝き、一睨みで魔物を消滅させるという!」
「おお……!」
どよめく貴族たち。
その様子を静かに見つつ、ゼノは脂汗を拭った。
(やめろ……ハードルを上げるな、脳筋勇者……。伝説は大抵盛られているんだ……)
ゼノがうつむき加減で顔をしかめた、その時――
ピシッ…!
興奮の熱気がこもる広間に、硬質な音が響いた。
全員の視線が台座に釘付けになる。アレックスも言葉を切り、顔を向けた。
「む? 何か音が……」
ピシ、ピキキッ…!
亀裂が走る。白金の卵の表面に。
それを見たゼノは、心の中で悲鳴を上げた。
(早い! 孵化予定日はまだ数日先のはずだぞ!? ん…あっ――)
思い当たる節がありすぎた。
連日の魔力測定、超音波検査、そして昨晩ゼノが悩みすぎて、触れ続ければ何かわかるのではないかと一晩中抱きしめていた体温……。過剰な干渉と愛情(?)によって、積算温度が限界を突破してしまったのだ。
「おお!? 見よ! 勇者の演説に呼応し、今まさに聖なる竜が目覚めようとしている!!」
国王が身を乗り出す。
「こ、これは演出ではありません! アクシデントです!」
とゼノは言おうとしたが、その言葉は声にはならなかった。恐怖でパクパクと口を動かすことしかできなかったのだ。
そんな彼の目前で、
パリーーーーン!!!!
派手な音と共に、殻が弾け飛んだ。
まばゆい光が広間を包む。
ゼノは反射的に目を閉じた。
(終わった……。出てくるのは泥色のトカゲ……俺の人生はここまでだ……)
しかし、次に聞こえたのは、失望のため息ではなく、爆発的な歓声だった。
「おおおおお!!!」
「なんと美しい!!」
「まさに黄金!?」
(……は?)
ゼノは恐る恐る片目を開けた。
「な――!?」
そこには、信じられない光景があった。
台座の上。割れた殻の中に立っていたのは――全身がまばゆいばかりに金ピカに輝く、美しいドラゴンの幼体だった。
つぶらな瞳はサファイアのように青く、翼は黄金細工のように繊細。
幼体は「キュイッ!」と愛らしく鳴くと、まるで訓練された役者のように勇者アレックスの肩に飛び乗り、キリッと決めポーズを取った。
「す、素晴らしい……! 文献通りの黄金色だ!」
「王家の威光にふさわしい!」
会場はスタンディングオベーション。国王も手を叩いて喜んでいる。
勇者アレックスは「見ろ! 俺になついているぞ!」とドヤ顔だ。
だが――
(……違う)
歓喜の渦の中でただ一人、ゼノだけが顔面蒼白で立ち尽くしていた。
ゼノの脳内で、『伝説のモンスター大全 第一巻』が高速でめくられる。
――『ゴールドドラゴン生態学 第四章』参照
――『ゴールドドラゴンの幼体は、捕食者から身を守るため、成体になるまでは地味な土色(保護色)をしている』
「う……」
そう。本物のゴールドドラゴンの赤ちゃんは、決して金色ではない。地味で目立たない色のはずなのだ。
では、目の前にいる「期待通りに金ピカなドラゴン」は何か?
(こいつ……空気を読みやがった……)
ゼノは戦慄した。
これはドラゴンモドキだ。しかも、ただのモドキではない。
卵の状態で周囲の会話を聞き、「人間たちは『金色のドラゴン』を望んでいる」と学習したのだ。
そして孵化する瞬間、自らの生存率を最大化するために、本来の「地味な泥色」ではなく、人間たちの妄想通りの「ピカピカの黄金色」に擬態して生まれてきたのだ。
「あぅ……」
最強の処世術――
稀代の詐欺師――
パーフェクト・ドラゴンモドキの爆誕である。
「ゼノ博士!」
国王の声に、ゼノはビクリと震えた。
「でかしたぞ! そちの管理のおかげで、これほど立派なドラゴンが生まれた。まさに国宝だ!!」
ゼノの喉元まで、真実が出かかった。
『いいえ陛下、それはニセモノです。本物はもっと地味です』
しかし、目の前では金ピカのトカゲが、国王に向かって愛想よく尻尾を振っている。
今さら真実を告げればどうなる?
王の顔に泥を塗り、勇者の功績を否定し、国民の期待を裏切る――待っているのは、確実な破滅。
ゴクリ……
ゼノは生唾を飲み込んだ。胃は、痛みを通り越してもはや感覚が無くなっていた。
「……」
彼は、ひきつった笑顔を張り付け、真実を飲み込み答えた。
「は、はい…。恐悦至極に存じます……」
「うむ! 褒美をとらすぞ!」
沸き立つ広間。
勇者の肩の上で、金色のトカゲがゼノの方を向き、ニヤリと口角を上げてウインクしたように見えた。「共犯者だね?」とでも言うように……
「うぐ……」
こうしてアストレア王国は、見栄えだけ最高な「ニセモノ」を守護竜として迎え入れてしまったのである。
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