第二話 科学と直感のデッドヒート
「クソッ! ダメだ。外見ではまったく見分けつかん!」
献上式まで残り四十八時間。
研究室では、ゼノの悲痛な叫びがこだましていた。
彼の目の前には二つの卵。どこか違いはないかと大きさを測定したり、重さを量ったりしたが、その数値は驚くほど一致していた。卵表面の曲線率等もぴたりと同じで、二つは同じ型から作られたコピー品といっていいほどだ。
ゼノは更なる違いを探し、ルーペを使って細かい様子を探ってみた。表面に浮かぶ細かい文様――そのどこかに違いがあるはず。そう思ったのだが、その期待は見事に、というより予想通り裏切られる。そう、まったく違いが見つからない。
「見てください先生! ほら、こっちの方がちょっとテカりがいいんじゃないですか?」
「それは光の当たり方の違いだ! こっちから見てみろ。逆に左の方が――」
「ああ、本当ですねぇ」
ゼノは胃薬の袋を乱暴に破り、粉薬を口に放り込んだ。
ドラゴンモドキの擬態能力は、対象を視覚的にコピーするだけではない。周囲の環境や魔力の流れを読み取り、「最も自分が生き残れる形(=本物と同じ姿)」へ、リアルタイムで更新し続けているようだ。観測する者を徹底的に騙す。見かけでは判別は困難だとゼノは判断せざるを得なかった。
「なら、科学の力で暴くしかない。ミア、魔力測定器だ!」
「アイアイサー!」
ミアが持ってきたのは、巨大な聴診器のような魔道具だ。
「まずは右の卵……魔力値、53000。高いな、さすがドラゴンだ。次は左……」
ゼノは固唾を飲んで数値を見る。
「……魔力値、52998、いや、53000」
「ぴったり一緒ですねぇ」
「ああそうだな。どっちも高いとは……」
ゼノは測定器を放り投げそうになるのを堪えた。
「解説しよう、ミア君。ドラゴンモドキは擬態を維持するために、周囲の魔力をスポンジのように吸収する。つまり、測定器を通すと『高密度の魔力の塊』に見えてしまうんだ。うん、たぶん」
「なぁるほどー。じゃあ、燃やしてみます?」
「バカか! 本物が丸焼きになったらどうする!!」
その時、ドカァァン!と扉が蹴破られた。
「よう! 俺様の伝説の卵は元気にしているか!」
入ってきたのは、筋肉と自信だけで構成された男、勇者アレックスだ。無駄に白い歯が光っている。
ゼノはとっさに身を挺して、二つの卵を隠そうとした。
「あ、アレックス殿! まだ面会時間ではありませんよ」
「堅いことを言うな。おっ、なんだ? 卵が二つに見えるぞ? 俺の覇気で分身したか?」
「ええ、まあ、そんなところです……。残像です!」
アレックスは「フン」と鼻を鳴らし、ズカズカと近づいてきた。
「どれどれ、俺様の『勇者の勘』で、中身の機嫌を確かめてやろう」
彼は無骨な拳を振り上げ、卵の一つに向かってコツンとデコピンをしようとした。
「ひぃぃっ! おやめください!」
「心配するな。本物のドラゴンなら、俺の一撃くらいでは傷一つ……」
どがっ!
ゼノが必死のタックルで勇者を吹き飛ばした。
「耐久テストは中止だ! 帰ってくれ! 卵が『思春期で誰にも会いたくない』と言っている!」
「な、なんだと? ドラゴンは卵でも反抗期があるのか? うむむ、なら仕方ない、今日は引こう」
馬鹿な…いや、あまり物事を深く考えない勇者でよかった。アレックスはゼノの言葉に素直に頷き、帰っていった。それを見届け、ゼノはその場にへたり込んだ。
「はぁ~…。寿命が三年は縮んだぞ……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そして、最後の夜が訪れた。
あらゆる実験は失敗に終わった。
成分分析、重さ測定、超音波エコー。全てにおいて二つの卵は「完全に同一」という結果を叩き出した。完璧すぎる擬態は、もはや本物を凌駕していた。
「……もう、終わりだ」
ゼノは充血した目で天井を仰いだ。
机の上には、静まり返った二つの卵。夜明けと共に、近衛兵がこれを受け取りに来る。確率は二分の一。
「先生、諦めるんですかぁ?」
夜食のサンドイッチを頬張りながら、ミアが言う。ゼノと違い、いつも通りののんきさだ。
「諦めるも何も、区別がつかないんだ。適当に選んで、あとは運命の女神に祈るしか……」
「そうなんですかぁ……。えっと、私、こっちだと思いますぅ~」
ミアは何の気なしに、指についたパンくずを舐めながら、右側の卵を指差した。
ゼノは力なく首を巡らせる。
「根拠は?」
「ん~、なんとなくぅ? こっちの卵の方がぁ、なんていうかぁ……シュッとしててぇ、イイ感じかなぁって」
「……は?」
「左のはちょっとぉ、媚びてる感じがするんですよねぇ。『僕カッコイイでしょ?』みたいな。でもぉ、右のは、『俺がルールだ』みたいなドッシリ感がありますぅ」
ミアの言葉に、ゼノは二つを見比べた。
「……」
同じだ。どう見ても同じだ。どちらも白銀で、幾何学模様で、神々しい。
しかし、ミアの「勘」はバカにできない。彼女は実験器具を壊す天才だが、落としたトーストがバターの面を上にして着地するような、奇妙な悪運の強さを持っている。
「シュッとしてて、イイ感じ……」
「はい。イイ感じですぅ」
コツ、コツ、コツ……
廊下から、近衛兵の足音が聞こえてきた。
「あっ……」
時間切れだ。
ゼノは震える手で、右側の卵へと伸ばした。
科学者としてのプライド、積み上げたロジック、それら全てをかなぐり捨てて、彼は助手の「なんとなく」に人生をベットした。
「……よし。こっちだ。こっちが本物だ!」
「ですよねぇ~! 信じてましたよ!」
「もし外れたら、君の給料は三百年先までカットだからな」
「うぇーっ!? 冗談ですよねぇ~」
扉が開く。
「ゼノ博士、国王陛下がお待ちです」
ゼノは右側の卵を抱え、立ち上がった。
その顔には、死刑台に向かう囚人のような、悲壮な覚悟が張り付いていた。
残された左側の卵は、心なしか「助かった」と安堵しているように見えたが、今のゼノにそれを確かめる余裕はなかった。
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