第12話 秘密にできない力
噂は、思っていたより早く広がった。
学校では、直接なにも言われない。
けれど、視線が増えた。
休み時間、ひそひそとした声が、背中に当たる。
「この前の下校のときさ……」
「なんか、救急車来てたよね」
「近くにいた子が、すごかったって……」
小百合は、机の上のノートに視線を落とした。
文字が、頭に入ってこない。
――もう、完全には隠れない。
放課後、支所からの連絡で、小百合は母と一緒に呼び出された。
会議室は、以前より人数が多い。
霧島一郎、朝倉、見知らぬ職員が数名。
空気は静かだが、重い。
「まず、怪我人はいない」
霧島が口を開く。
「近隣住民への影響も、最小限に抑えられた」
それ自体は、いい報告だった。
問題は、その次だ。
「現場に居合わせた人間が多すぎた」
別の職員が言う。
「証言の食い違いは整理したが、“子どもが落ち着かせた”という話が消えない」
母の肩が、わずかに強張った。
「……それは」
母が言いかけて、止まる。
霧島が、先に続けた。
「完全な秘匿は、難しい」
その言葉は、静かだったが、はっきりしていた。
小百合は、椅子の上で背筋を伸ばす。
「……私のせいです」
「違う」
朝倉が、即座に否定した。
「力を使ったからじゃない。力が“ある”ことが、もう現実なんだ」
小百合は、唇を噛んだ。
前世では、力は隠すものではなかった。
誇示も、恐れも、責任も、当たり前に背負うものだった。
でも、この世界では違う。
「注目されると、自由が減る」
霧島は、淡々と説明する。
「取材、監視、制度化。善意でも、束縛になる」
母が、小百合の手を握った。
「小百合、どうしたい?」
その問いは、誰からも向けられてこなかったものだった。
小百合は、少しだけ時間をかけて答えた。
「……隠したいです」
正直な気持ちだった。
「でも、全部は無理だって、わかっています」
霧島が、わずかに頷く。
「現実的な線だ」
朝倉が言葉を継ぐ。
「表に出るのは、“特殊な訓練を受けた子ども”まで」
「魔法の詳細、感知能力、制御の精度は伏せる」
それは、妥協だった。
守りでもあり、制限でもある。
会議が終わり、帰り道。
夕暮れの空は、薄い紫色だった。
「ごめんね」
母が、ぽつりと言う。
「守りきれなくて」
小百合は、首を振った。
「守られすぎると、息ができなくなります」
母は、少し驚いたように小百合を見る。
「……でも、見られすぎるのも、苦しいです」
小百合は、そう付け加えた。
家に着くと、玄関先で近所の人に声をかけられた。
「この前、大変だったね」
「小百合ちゃん、えらかったって聞いたよ」
小百合は、曖昧に笑った。
――もう、戻れない。
夜、布団の中で、小百合は天井を見つめた。
秘密は、安全だった。
でも、孤独でもあった。
知られることは、怖い。
でも、繋がりも生む。
力は、隠すものでも、見せるものでもない。
ただ、そこにある。
――だから、選ぶ。
どこまで話すか。
誰に見せるか。
小百合は、胸の奥にある魔力を、そっと感じた。
もう、完全な秘密にはできない。
それでも、自分の在り方までは、渡さない。
静かな決意とともに、
小百合は、ゆっくりと目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます