2.不可抗力からは逃げられない
木村の言った通りの……いや、それ以上の金髪美少女の転校生に、クラスメイトのテンションがこれでもかと上がっていた。
一時間目の授業が終わって、すぐに御堂さんがクラスメイトのみんなに囲まれた。
「制服可愛いよねっ。どこの学校から来たの?」
「髪の毛サラサラー。手入れどうしてるの?」
「どどどどんな男がタイプですか? 俺けっこう筋肉ありますよ! 筋肉質な男は好きですか?」
ワイワイ、ガヤガヤ。
みんな転校生の御堂さんに興味津々で、次から次へと質問をぶつけていた。
その勢いはとどまるところを知らず、傍から見ている俺ですら圧倒されてしまうほどだ。
「……」
そんな状況をどう思っているのか、御堂さんは無言を貫いていた。
顔のパーツがピクリとも動かない、完全な無表情で、クール……というか固まっているように見えた。
離れたところから見ているだけの俺でも戸惑うのだ。当事者である御堂さんはどんな気持ちなのか。俺だったら軽くパニックになってもおかしくないだろうな。
「あの」
御堂さんが口を開くと、みんなが揃って彼女に注目する。
「……」
そのプレッシャーに耐えられなかったのか、御堂さんは再び口を閉ざしてしまった。
「あははっ、もしかして緊張してる? 御堂さんのペースで答えてくれたらいいんだからね」
それを察したであろう女子の一人が明るく笑う。「緊張しなくていいんだよ」と、その笑顔は言っていた。
そう言ってくれるだけ寄り添ってくれているとは思うけど、大勢で囲んでいる時点で緊張しない方が無理だろう。
御堂さんが突然ガタンッと音を立てて立ち上がった。
「あのっ! お、お手洗いに行きたいので……」
「あ、そうだったの? ごめんね、案内しよっか?」
「お構いなくっ」
御堂さんはピシャリと言って、そそくさと教室を出て行ってしまった。
あまりの俊敏さに、みんな呆気に取られてしまっていた。
「よっぽどトイレを我慢してたのか?」
木村の呟きが、一部のクラスメイトを笑わせた。木村も慌てて「笑うな! 我慢させて悪かったって言ってんだよ!」と顔を赤くさせていた。
「みんな、ちょっといいかな?」
ちょっと気まずくなりかけていたタイミングで、クラスのみんなに声をかける。
視線が集まってきたのを確認して、提案を口にした。
「大勢の人から注目されるのが好きな人もいるけど、さっきの彼女を見る限りそういうタイプじゃないって、みんな薄々感じてるよね? だから“御堂さん係”を決めた方がいいと思うんだ」
「御堂さん係?」
俺はうんと頷いてみせる。
「学校のこととか勉強のこととか、転校してきたばかりなんだから他にもいろいろとわからないことがあると思うんだ。そういうのを教える係。御堂さんも“みんな”だと誰に聞けばいいかわからないかもだけど、“係の人”って決まっていれば頼りやすいだろ?」
「あー、確かに」
反応を見る限り、大半が納得してくれているみたい。
転校生になったことはないけど、御堂さんの気持ちが想像できなくもない。知らない場所で知らない人たちに囲まれたら、そりゃあ戸惑うだろうなって。
「問題は……」
「誰がその“御堂さん係”になるかだな」
男子たちの目が妖しく光り出す。そんなにも美少女とお近づきになりたいのか……。
人によっては手の指をポキポキと鳴らしながら眼光を鋭くさせていた。コラコラ、熱くなりすぎだってば。
「ていうか普通に男子よりも女子の方が適任でしょ。女子から二、三人ほど頼めないかな?」
俺の言葉を耳にした瞬間、ほぼ全員の男子が膝をついて悔しがった。なんか大げさすぎて、大会の決勝戦とかで負けた時くらいの悔しがりっぷりに見えるなぁ。
「あっはっはっ! さすがは細川くん。わかってますなぁ」
銀髪の女子に肩をベシベシと叩かれる。絶妙な力加減が気持ちいい。
彼女は
肩にかかる長さの艶のある銀髪。青い瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、長いまつ毛がそれを引き立てている。
身長は女子の中では高い方で、スタイルはモデルさんみたいな美しさがある。
とても美人さんだけど、愛嬌があるからか、とっつきにくい感じが全然しない。他の人もそう感じるのか、城戸さんは学校でも屈指の人気者だ。
「そういうわけだから。後はアタシたち女子だけで話し合おっか」
城戸さんが仕切ってくれるなら安心だろう。女子のことは女子に任せるに限る。
男子のことは……男子がなんとかしなきゃいけないよなぁ。
「なあ、みんな」
まさに絶望といった様子で床に膝をついて項垂れている男子たちに話しかける。
「御堂さんと同じクラスになれただけで、俺たちはものすごい幸運を手にしたんだ。みんなは彼女と今日初めて会ったばかりで、誰も名前すら憶えられていないだろ? だったらチャンスじゃないか。少なくとも、この学校の中で、御堂さんと一番近い距離にいるってことだ」
男子たちが、少しずつ顔を上げる。
「焦るなって。信頼は一朝一夕で得られるもんじゃない。日々の積み重ねが大事なんだ。ほら、がっつく男は嫌われるっていうだろ? ゆっくり、でも確実に進めば、彼女の心の扉も開けるさ」
ちょっと恥ずかしいことを言っている気がする。城戸さんとかこっち見ながらニヤニヤしてるし。
「レオの言う通りだ」
木村が立ち上がった。それに続いて、他の男子も反応する。
「よく考えれば同じクラスになれただけでも、すげえアドバンテージだ……」
「いつでも話しかけられるし、席替えによっちゃ隣の席になれるチャンスだってあるんだもんな……」
「城戸さんと一緒のクラスになれただけでも運を使い果たしたと思っていたのに……ついてるぜ。この幸運を忘れちゃいけねえよ!」
次々と男子たちが立ち上がっていく。その目には、熱い闘志のようなものが宿っていた。
「うおおおーーっ!!」と雄たけびまで上げ始めた。教室の前を通りかかった人たちはびっくりしただろうな。
「男子ってバカだねー」
城戸さんが楽しげに感想を漏らす。……反論のしようがありません。
◇ ◇ ◇
さて、女子から“御堂さん係”が決まって、次の休み時間にその本人に城戸さんが伝えてくれたんだけど──
「え、俺も?」
「うん。細川くんも“御堂さん係”になってほしいんだって」
そう本人が言ったのだと、城戸さんは視線で御堂さんを指し示す。
「……」
御堂さんは琥珀色の瞳で、俺を視線で貫くんじゃないかってくらいじっと見つめていた。
ど、どういうことだ? 俺と彼女の間には、満員電車で不可抗力の密着をしてしまった事実しかないのに。
ほとんど無表情のせいで感情が読めない……今朝のこと、実は怒ってたりします?
「細川~」
「テメェ~」
「この裏切り者がぁ~っ!」
御堂さんの感情は読めないけど、クラスの男子たちが怒っているのは振り向かなくてもわかった。
射殺しそうなほど強い視線に集中砲火されている……どうしてこうなった!?
れおりお みずがめ@エロ漫画の悪役2巻10/1発売 @mizugame218
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