れおりお

みずがめ@エロ漫画の悪役2巻10/1発売

1.不可抗力は制御できない

「あ」


 朝の満員電車で、その小さな声がやけに響いた気がした。

 それもそのはず、声の主は目の前にいた金髪の女の子だった。どうやら電車の揺れでバランスを崩したようで、俺に倒れかかってくる。

 ぽよんと、俺の脂肪で女の子を受け止めた。


「ご、ごめんなさい」

「いや、こちらこそすみません……」


 人に押されて身動きが取れないのか、金髪の女の子は俺の腹に身を預けたまま動こうとしない。小声で何度も「すみません」と謝ってくる。

 女子に密着されているとか……気まずいにもほどがある。

 あまり意識していなかったからちゃんと見ていなかったけど、けっこう可愛い女の子だった気がする。

 透明感のある明るめの金髪はサラサラしていて、きちんと手入れしているのだとわかるほど綺麗だ。

 俯いているから顔を確認できないけど、くっついている彼女の身体は温かくて……とても良いスタイルをしているのがダイレクトに伝わってくる。

 それにゼロ距離だから良い匂いも……。

 って、イカンイカン! このままだと痴漢に間違われてしまうっ!

 とはいえ俺も身動きが取れない。満員でギュウギュウになっているのもそうだけど、自分自身のふくよかな体型がスペースを取っているようで申し訳ない。

 ガタンゴトンと電車は進む。俺たちは身動きできないまま、ただ時間が過ぎるのを待つのみだった。


「……」

「……」


 くっついている彼女は何も言わない。俺も何も言えなかった。

 実際にこういった不可抗力な事態が訪れると、ラッキースケベだなんだと喜べないものなんだな……勉強になった。

 せめて痴漢に間違われないような体勢でいよう。俺はスクールバッグを肩で担ぎ、両手で吊革につかまって無害をアピールした。

 俺の涙ぐましい努力が実を結んだのか、何事もなく電車が目的地に辿り着いた。

 プシューと音を立てながら電車のドアが開く。

 すぐに人の波に押されて外に出る。温もりからもようやく解放された。


「あ、あのっ。もしかしてあなた──」


 声をかけられた気がしたけど無視。だって神に誓っていかがわしい行為に及んでないんだもん。

 金髪の彼女が俺を警察に突き出すつもりがなかったとしても、不快感を与えてしまったことには変わりない。

 見知らぬ男子と密着していたなんて、不可抗力だとしてもいい気分にはならないだろうから。


「お互い忘れた方がいいってことで。さっさと退散しますよっと」


 デブに似合わないフットワークの軽さで、人の波をスイスイ進む。

 金髪の女の子はこの辺じゃ見かけない制服を着ていた。てことは普段からこの電車を使っているわけじゃないんだろう。

 二度と合わない人だ。俺はほっと息をつきながら、学校へ向かうのだった。



  ◇ ◇ ◇



 細川ほそかわレオ。高校二年生。

 細いとは無縁のふくよかな体型で、名前のイメージにありそうな勇敢とか強さが感じられない平和顔。もちろん内面も平和主義者だ。

 それが俺だった。まあ、クラスに一人はこういうタイプの男子がいるだろう。


「おはよー」

「はよっ」

「おはー」


 教室に入ればたくさんのクラスメイトにあいさつされる。

 きっとクラスの癒やし系でもあるのだろう。ふくよかな男子は安心感があるだろうからな。


「レオのこと、癒やし系とか誰も思ってないって」


 席に着くと、前の席にいる男子が話しかけてきた。


「俺、そんなこと言ったか?」

「顔に書いてありましたぜダンナ」

「顔だけで決めつけんなよなー」

「その感情豊かな表情筋に言ってやれって」


 うっししと笑うのは木村きむらだ。

 高校入学してすぐに仲良くなり、今もこうして軽口を叩ける友達だ。

 俺がクラスに溶け込めたのも、誰とでも仲良くできる木村のおかげだ。口には出さないが、かなり感謝している。


「でさ、良いニュースがあるんだけど……聞きたいか?」


 木村は顔を近づけて、そう勿体ぶってみせる。


「またカップル成立したって話か? それか誰か振られたのか?」

「おいおい、俺が恋バナしかしない男だと思うなよ」

 だって木村の言うニュースって大体恋愛の話だろ。つい最近でも城戸きどさんが三日連続で五人の男子に告白されて全部振ったって話だったし。その前は野球部のエースとマネージャーのカップルが成立したって話だったろ。

「フフン、今回は一味違うぜ。このクラスに転校生が来るってニュースだ。しかも美少女だぜ。テンション上がるよな」


 木村は声を潜めながら浮ついた声色で教えてくれた。


「転校生って、珍しいな」


 小学生の頃は転校する人も来る人もちょくちょくいたけど、高校に入ってからは初めてだった。


「転校生の美少女に惚れられていい関係になるとか……くぅ~! 王道の展開だけど最高だよな!」

「お、おう……」


 すでに妄想に浸っている木村は、きっと転校生の美少女とやらとイチャイチャしているんだろう。そうなったらいいね。

 まあこの様子なら転校生の世話は、木村を始めとした積極的な人たちがなんとかしてくれそうだ。

 俺はみんなのサポートに徹していればいいか。なんてことを考えていたらチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。


「早速だが、転校生を紹介する」


 無駄話を一切しない担任が、早くも切り出してきた。教室の外で待っているであろう転校生に入室を促す。

 期待で浮ついた空気の中、教室に入ってきた女子を見て驚かずにはいられなかった。


「おお……エクセレント」


 思わず零れた木村の小さな声が、教室に響いた。

 しんと静まり返った教室で、迷いない足取りで教壇まで歩く転校生。

 金髪の長い髪は歩く度にサラサラと揺れて、きらめきの残滓を輝かせている。

 琥珀色の瞳は前だけ向いていて、意志の強さを感じさせる。やや吊り目だが、人形のように精巧で可愛らしい顔立ちだ。


「……」


 教壇まで歩いた女の子はピタリと足を止めて、その場でキュッと音を立ててこちらを向いた。九十度ターン。なんか訓練された兵士みたいな動きだな。

 立ち姿は凛としていて異様な迫力がある。ただ印象ほど身長はないようで、女子の平均かやや下といったところだろうか。

 見慣れない制服は前の学校のものなのだろう。きちんと着こなしていて、派手な外見とは対照的にギャル感はなかった。

 間違いない……今朝、満員電車で不可抗力の密着をしてしまった女の子だ!


御堂みどう、りお……よろしく……」


 彼女はクールに……というかぶっきらぼうに自己紹介を済ませた。

 ていうか……え、それだけ?


「金髪美少女最高ーーっ!!」


 そんな自己紹介でも、木村を始めとした大半の男子は大満足のようだった。

 そんなチョロい男子たちに安心した様子の御堂さんは、俺と視線が合った瞬間、その大きな目を見開いた。

 あっ、どうも……電車では失礼しました……。

 俺の心臓は可愛らしくドキドキと高鳴ることなく、冷や汗を流すほどハラハラさせられたのだった。


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