三根颯太の卵好き

小石原淳

みねそうたのたまごずき

 私の夫、三根颯太みねそうたを言い表すとしたら、卵キチと呼んで差し支えないと思う。

 卵キチである。卵チキではない。卵チキだと卵とチキンで相性ぴったりという気がしないでもないが、「乱痴気」と同じ音になってしまう。

 卵キチとは、はるか昔に使われていたカーキチと同じ構造を有する、私の考えた造語である。知らない方のために書いておくと、カーキチはカー(車)が好きで好きでたまらない、マニアを越えたレベルの人を差し示す。キチは放送禁止用語として有名なあれだ。各文には問題ないと思うけど、一応自制しておく。


 “三根颯太は卵キチである”と言うと、どれだけ卵料理が好きなんだろうかと想像する向きがあるかもしれない。でも、違うのだ。卵料理を好みはするけれども、卵キチは卵を食べることだけに収まらない。

 たとえば……出会いの時から話そう。

 私が三根颯太と知り合ったのは、大学で。ともに新入生として、部活・サークルの見学をしている最中だった。いや、厳密に言えば、三根颯太はすでに入部を決めていたのかな。

 その部は、遊注部ゆうちゅうぶと言って、んで目を集める――いわゆるバズる動画ネタを考えて実行しようという集まり。駄洒落を活かすために“部”と付いているが、実際はサークル活動だった。

 見学のとき、部員の人達がチャレンジ動画みたいなものをいくつか実演していたんだけど、その内の一つが、「卵の薄皮を残して殻だけを剥きたい!」というもの。通常?h亜生卵で挑戦するのが正道なんだそうだけど、あのときは凍らせた卵を使っていた。生卵だと失敗する確率が高く、食べ物を粗末に扱っているように見えるのは新入生勧誘にマイナスに働くだろうという読みだったらしい。

 それはともかくとして、卵を使ったチャレンジに、三根颯太は一発で心を持って行かれた。試しに挑戦させてもらって、じっくりと時間を掛けて見事に成功させてしまった。


 後日、開かれた新入生歓迎コンパでは、隠し芸として三根颯太は卵を使ったマジックを披露した。あ、私も遊注部に入ったのだ。先輩から「動画に出演する女優が必要なんだ」と口説かれて。そんなことはいまはどうでもいい。

 三根颯太が演じたのは、たまにテレビでも見られる、スカーフを手の中で丸める内に卵になる、というやつ。一度演じた直後に種明かし――隠し持った作り物の卵にスカーフを押し込む――をし、同じことをもう一度やる。が、最後に手にした卵をグラスの縁にぶつけると、割れて中から生卵の本体がどろりと落ちる、ここまでがワンセットの手品だった。三根颯太は空のジョッキに入った生卵を、本物であることを証明するため、一気に飲み干した。その様の美味しそうなことと言ったらなかった。


 三根颯太は遊注部での活動も卵に特化していた。先ほど記した薄皮残しを改めて生卵でチャレンジして成功させると、「卵を割らずに上に立つ最適な方法を見付ける」として、最小限必要な個数や配置の仕方、卵の上に敷いた板にどのように乗るかまでを、色々条件を変えて実験し、データを取っていった。実験に使った卵の大半は、彼のお腹に入った。

 「卵の薄皮パックは男の肌もすべすべにするか?」という実験はスベったが、卵の殻を使った巨大モザイクアートで挽回し、高評価を得た。このアートのために、それまでにチャレンジ動画で消費した卵の殻を全部きれいにして取っておいたというから凄い。

 アイディアマンぶりとそれを上回る実行力が評判を呼び、有名な動画職人らとのコラボレーション話が持ち込まれたこともあったけれど、やるなら遊注部全体でとし、三根颯太個人としては断り続けた。本人は動画でバズることよりも、卵を主題にした推理小説で名をなしたいという夢があったのだ。

 これを聞かされたとき、卵を主題にしたミステリって何?と疑問符が浮かびまくったが、やがて彼が見せてくれた習作で、とりあえず理解できた。粗筋をざっと説明すると、“周囲一帯、卵の殻がばらまかれた一軒家で、深夜に殺人が起きる。最有力容疑者は事件当夜、現場の家にはおらず、ホテル泊まりしていた。その一方で、家の周りの卵の殻には踏み付けて割れたような痕跡は一切見当たらない。となると、当夜家の中にいた人物らに容疑は絞り込まれる、のか?”っていう具合になる。卵の殻をトリックの構成要素にする発想はともかくとして、そもそも何で家の周りが卵の殻を敷き詰めた状態になってるって何なのと。その辺りは作中に描かれてなかったので作者に直接疑問をぶつけたところ、「うーん、防犯のためだ。外から侵入を試みる奴がいたら、卵の割れる音で気付くだろ。もしくは、家から金目の物がちょくちょく消えていて、誰かが盗み出している。それを突き止めるためにとかさ」等と、その場で捻り出したのが丸分かりの返事を寄越しくれてた。ちょっとかわいい。

 当然、こんなネタでは箸にも棒にもかからなかったけれど、大学卒業後も研鑽を積んだ成果が出たのか、ハンプティダンプティを想起させる見た目の名探偵が、卵の絡む事件を次々に解決する連作推理で、どこかの賞に佳作入選を成し遂げてしまった。さらに同じキャラクターで長編も上梓して、意外にも好評を博す。

 人気もぼちぼち出て、作家でやっていく目処が立ったと判断した三根颯太だが、就職先が卵食品メーカーだったせいか専業作家にはならなかった。


 これまで完全に省いていたけれども、私は在学中から三根颯太と付き合うようになっていた。付き合おうと言い出したのは彼の方で、私の名前に惹かれた。飯藤蘭子いいとうらんこのどこに惹かれたのか、尋ねると、ロシア語で卵をイイツォーと発音するらしく、飯藤と似ているから、だって。蘭も卵に通じるし。呆れたけれど、三根颯太らしいっちゃらしい。

 で、卒業後も関係は続き、。結婚を考えるようになった頃合いが、さっき書いた作家として人気が出た時期と重なる。

 プロポーズ、そろそろかなと予感はしていたけれど、いざそのときがやって来ると、色んな意味でびっくりした。

 ある日曜日、彼が会社の仕事つながりで知り合ったお店でランチを食べようと言い出して、出掛けると、そこは卵料理専門のレストランだった。ランチメニューはオムライスがお得ということで、勧められるがままホワイトソースのセットを注文。やがて運ばれてきたのは、昔ながらの卵の薄焼きで包んだタイプではなく、ふわとろオムレツをライスの上にぽんと載せた物だった。

 デミグラスソースのセットをオーダーした彼が、箸(ナイフとフォークだけど)を付けようとせずにこっちを見ているので、察した。でもまさかオムライスの中に指輪が入っているとか? それって汚くない? などと嬉しさや驚きよりも不安が先走る私に、三根颯太は「卵、開いてみてよ」と促してくる。

 え、ライスじゃなくてそっち?とまた驚きつつ、ナイフをあてがい、ライスの上に鎮座するオムレツをすっと切り開く。見えない糸がほどけたみたいに、両サイドに別れる卵。中からは半熟状態の卵が徐々にこぼれ始め……“異物”が顔を覗かせた。

「……何これ」

 ミニ餃子だった。

「指輪」

「ん、いや、それは何となく分かった。シルエットがもろ指輪だし。でも、何で餃子の皮で包んだの?」

「え、分かるでしょ? 衛生面に配慮した。心配なく食べられるように。卵料理を無駄にしたくないもんな」

「何故に餃子なのかってこと。得意の薄皮でもよかったんじゃない? 卵の薄皮で指輪を包むのよ」

「蘭子もだいぶ卵付いてきてるな。もちろん僕もそれは考えたさ。けど、試してみるとうまく行かなくて。指輪のデザイン、爪が大きいせいだな」

「……」

 餃子を開いてみて納得した。


 結婚生活は順調そのものだけれど、現状で少し気になるとしたら、子供の話が出ないこと。どうやら三根颯太、卵全般が好きで興味を持っても、私の“たまご”――生々しくなるけど、卵子――には、そうでもないのかしら。

 でも、今はまだこれでいいとも思っている。子作りは、三根颯太の卵キチぶりがもうちょっと収まってくれてからでいい。

 だって、今の彼なら、子供の名前に何て付けるか分かったもんじゃないんだから。

 女の子なら玉子たまこ、男の子なら玉子おうじとかね。悦久えっぐなんて言い出しませんように!


 おしまい

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三根颯太の卵好き 小石原淳 @koIshiara-Jun

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