Episode:2「優しい人」
ミヅキさんと出会ったあの日から、2日が経過しようとしていた。一体過去に、何人いたんだろうか。あんなにもオレに、優しく話しかけてくれた人は。
―――入学からずっと、本音を心の奥に閉じ込めていた自分が少し、救われたような気がした。
そして今は、彼女に唯一会えるかもしれない時間帯で、ただでさえクラスも違うし、部活も違うわけだから、あの場所、行くしかないよねという考えが、既に自分の頭に存在していたのだ。気付けば自分の身体は、向かう準備を始めていて、既に片手に水筒を持っていた。そしていつの間にか、目的地へと到着していた。
少し自分でも不思議だと思うけど、あの人と話してると、肩の力が抜けていく。理由はよくわかんないけど、ただ「また話したい」って、昨日別れたとき思った。
「......そりゃいないよな」
自分しか聞こえないくらいの声量で呟いた。そもそも、このウォーターサーバーは自分とミヅキさんだけのものではないし、水を汲むなんて1分も足らずして終わることだから、必ず彼女に会えるとも限らない。だから、仕方ないかと思って、ペダルを踏んで水を出した。
今ここにいるのは自分だけだから、風に揺れる木々の音と、水が落ちる音だけがやけに大きく聞こえてきた。けどそれらの音は、とある一言でかき消された。
「あ、カゲフミくんじゃん!やほー!」
彼女が、ミヅキさんがやって来たのだ。こんな偶然、ありえるのだろうか。
"やほー"って言われて、なんて返すのが正解なんだろ。ここで自分も"やほー"って返すのは、少し今の関係には親しすぎるかな。けれど、"こんにちは"もまだ壁がある感じがするし...そこで自分はこう返した。
「......ミヅキさん。オレもう汲み終わったから、いいよ使って」
普通に会話をしてるだけのはずなのに、どうしてだろう―――胸の奥が、落ち着かない。
「ありがとー」
ミヅキさんは笑顔でそう言って、水を出した。
......自分がどれだけ内なる想いを秘めていようが、それは示さないと誰かには届かない。だから、ちゃんと「話したい」ってこと、ミヅキさんに伝えなきゃ。
「ねえ、ミヅキさん」
「なーに?」
「時間あれば、ちょっとお話、しよ」
どこかぎこちなくなってしまったけど、何とか言えて安心した。
「いいよ。あそこのベンチ、座ろ」
その一言で自分の中にあった不安が、一気に消えていくのを感じた。
「何でワタシに話そって言ったの?」
メインストリートのベンチに腰掛けると、ミヅキはすぐに自分に訊いてきた。正直それは、今の自分が一番答えづらい質問だった。
どうする...?ここで「一緒にいると落ち着くから話したい」って言うのは、好きサイン出し過ぎだよな...?それに、まだ会って一日しか経ってないんだ。最適解を、過去の経験から導き出さなきゃ。
「......楽しかったからだよ」
まだ会って一日しか経ってない関係にふさわしいのは、これなんじゃないかと思って自分は言った。
「へ?」
少し驚いたような表情で、彼女は自分を見てた。そして自分は続ける。
「オレ、昨日ミヅキさんと話してて、"楽しい"って思ったから。そんだけ」
言いながら、無意識的に視線を反らしてしまった。
「そ、そう......なんかありがと」
彼女は少し照れたような表情で自分に言った。自分たちの間に少し、沈黙が流れていく。何なんだろう......この気持ちは。
「......あ、そーだ!ライン交換しよーよー」
そして彼女は口を開いた。どうしてみんなはこういう連絡先交換の誘いを、自然な形で出来るんだろう。
「いいよ。はい」
彼女はもうポケットからスマホを取り出して、友だち追加の準備をしていたので、自分も同じように取り出して、QRコードが表示された画面を彼女に差し出した。その画面を、彼女は自身のカメラで読み取る。
「......追加できた!ありがとー」
画面を見ると、【ミヅキ があなたを友だちに追加しました。】という通知が表示されていた。
コレで、ミヅキさんとウォーターサーバーに行かなくても話せる。そう思うと、心の奥が少し嬉しくなった。
トーク画面を開くと、女子高生のイラストが「よろしくー」と言っているスタンプが送られていたので、【よろしくね】と送っておいた。スタンプ持ってないから、何て返すか少し迷ったけど。
「7組は展示の準備、順調?」
ミヅキさんはスマホをポケットにしまって、自分に訊いた。何を話したらいいのか分からなかったから、彼女から話を振ってくれて安心した。
「んー、たまに衝突することもあるけど、何とか本番までには完成できそうかな。ミヅキさんのクラスは?」
「ワタシのクラスはねー、ちょっと衝突が多すぎて、今は先輩たちの力も借りて準備してるんだよね」
「え、そうなんだ。ポスターのサイズミスったとか?」
「そうそれそれ!副展監が間違った指示ばっか出しちゃって、実質一からやり直しみたいな感じになっちゃったんだよね...」
「え、それって結構危なくない?」
「割とガチで危なかったよー。けど、先輩たちのおかげで、普段の準備よりも数十倍のスピードで進められてるから、心配しなくて大丈夫だよ!」
ミヅキさんは笑顔でそう言ってくれた。今日も腫れた目をした彼女じゃなくて、少し安心した。何とか自然に会話を続けることができてるから、少し心の中が落ち着いた気がする。
「そっか、ならよかったよ。2組はお化け屋敷やるんだっけ?」
2組が何をやるかは、展監のミノルから既に聞いていた。
「そだよー。カゲ君のクラスと、同じだね」
カゲ君。彼女のようなフランクな態度で自分に接してくる人とはあまり話したことがなかったから、正直ちょっと対応が困ってしまう。
「お互い、無理せず頑張ろうね」
けど、心はなぜか落ち着いてて、自分はその言葉を笑顔で彼女に向けることができた。
「......もちろん!」
すると彼女も笑顔で返してくれた。
―――この時間が、ずっと続けばいいのにな。
そう思っていたのも束の間で、5限目開始の予鈴が鳴ってしまったので、自分たちは教室に戻ろうとした。
「チャイム鳴っちゃったし、もう戻ろっかー」
「...あ、待って。」
彼女の言葉で反射的に、自分の口は動いた。
「ん...どしたの?」
「その......アナタのこと、何て呼べばいいのかな...って」
どうしてだろう。こういう時に限って、言葉がぎこちなくなってしまう。
「......ミヅキでいいよ。ワタシもこれからは、カゲって呼ぶからさ」
......カゲ。そのあだ名で自分を呼んでくれたのは、今まで自分が会ってきた人の中で、間違いなく彼女だけだった。
「...うん、ありがと。そんだけ......じゃあね」
「うん、じゃあねー」
そうして自分たちは教室へと戻った。
授業が始まっても、まだ胸の高鳴りは残っていた。
【今日部活ある?】
【あるよ、帰んの遅くなると思うから先帰ってて】
【了解🫡】
わりかしいつもよりも早い時間に、自分は学校を出た。ワイヤレスイヤホンを付けて、自分の好きな曲を流しながら歩く。ああ、やっぱりこれだ。
―――音楽に触れてる時の自分が一番、輝いてる。
今思えば、どんな時も音楽だけが、自分の心の支えだった気がするな......。
『―――間もなく、青波駅。終点です』
本当に、音楽を聴いてると時間が一瞬で過ぎる。40分という長い時間が、あっという間に感じた。
いつものように、扉を出る。すると隣の扉から、見覚えのある人が出てくるのが見えた。
所々青く染められた、長い黒髪......間違いない、ミヅキだ。
「あ......カゲじゃん。やほー。駅一緒だったんだね」
目が合うと彼女は、笑顔で言った。そこまで驚きの表情は見せていなかったので、既に何回か見たことがあったのかもしれない。
「え......オレ初耳なんだけど、中学一緒じゃなかったよね?」
同じ中学だったら、絶対に名前を一回は聞いたことがあるはずだし。
「......あ、そうだ。カゲには言ってなかったね。ワタシ今月から、ここに引っ越して来たんだよ」
「あ、なるほど。そういうことか」
歩きながら話していると、もう駅の外に出ていた。きっとここで、自分と彼女は別れてしまう。けれど、自分は彼女に、どうしても言いたいことがあった。
「......あ、そうだミヅキ。来週の土日、文化祭あるじゃんね」
「うん」
「その......良かったらだけど、......有志発表にオレ出るから、是非来て下さい」
久しぶりに誰かを誘うってことしたけど、やっぱり難しいことだなと思った。自分は彼女が何て返すか不安だった。けど―――。
「......いいよ。帰って時間教えてくれれば。楽しみにしとくね!」
自分の焦りを取り除くように、心の奥の不安を消し去るように、彼女は迷いなく答えた。
「.........うん。ありがと、それじゃあね」
「バイバーイ、また明日ー」
そうして自分と彼女の時間は、また終わってしまった。けど......有志発表観に来てくれるかもしんないし、もしかしたら同じ電車で会えるかもしれない。そう思うと久しぶりに自分は、今後学校に行くことがちょっと楽しみになった。
―――ありがと、ミヅキ。
-To be continued in Episode:3-
Bitter Love PW-10 @monochr0me
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