第05話 幼女はしたたかに計算する
「ハイネです。よろしくお願いしまっす!」
ペコリと一礼、背伸びして手を差し出す――小柄な幼女。
「よろしく。ヨハンです。お手柔らかに」
腰を折り曲げその手を握り、余裕の笑みを浮かべる――巨漢のお兄さん。
十歳ぐらい年齢差がありそうだが、それに身長差は1メートルあるんじゃ?
そう。ここに集まる勇者の適正者は年齢から性別に至るまでバラバラ。幼女に始まり、なかには三十過ぎに見える大人まで、その素質ありと認められた者たちが集まっていた。
勇者と言えば、十六歳で魔王討伐に旅立つものだと思っていたが、この世界の勇者はハイネのような幼女もいるのかもしれないな。
よって、俺の対戦相手である“シータ・フォン・アルス”
こいつが年端もいかない子供である可能性もまた否定できないのである。
先に言っておくが、そんな小さな子供を相手にしたとしても俺はするよ。攻撃を。気兼ねなく、殺さない程度にボコボコに。
それでも、ここで少し言い訳をしておくと、魔王の力が目覚めて以降、俺の心は少々闇に染まっている。
暴力的になり、破壊的になり、軽い興奮状態が常に続いている。
いわゆる反抗期……じゃなくて、闇堕ちだ。
レヴィに言わせると、魔王の力を宿しながら、尚も人間らしい自我を保ち、人であった記憶を持ち続けている方がおかしいらしいのだが……。それを忘れるわけにはいかないだろ。闇に堕ちようが、この世界を破壊しようが、そこを忘れてしまったならば、それこそ人として元の世界に戻れなくなってしまう。
だから俺は魔王であって、されど人として、この異世界を土足で踏みつける。
そんな決意を後押しするように「始めっ!」と歩を進めるかけ声が響き。
実技試験の幕が切って落とされた。
鮮緑の髪の隠し場所に選んだのか、試合開始のゴングと同時にトテトテと森へ駆け出すハイネ。
その手に握る木の剣は小さな子供には少々大きく、まるで大剣の如く重そうだ。
一方、ヨハンはその様子をじっと見つめ、剣を固く握りしめていた。
こちらは打って変わり、まるで爪楊枝の如く軽々と剣を構える。
体格差から一目瞭然。剣の勝負をまともにやり合えば、一合をもってハイネは地平線の彼方まで吹き飛び、勝敗はいとも容易く決するだろう。
よって、姿を消したハイネの狙いは、森へ足を踏み入れたヨハンへの不意打ち。
……な~んて解説者気取りの俺を、あざ笑ったのか、
「フルス・ウインドーッ!!」
森の中から小鳥のさえずりのように澄みきったハイネの声が響く。
つまり、ハイネが森へ姿を消したのは、不意打ちでも、ましてや子供らしくかくれんぼをしたわけでもなく、
――魔法を詠唱する時間を稼ぐためだった。
木の葉や木の枝、砂煙を巻き上げ、直進する風の刃。
「なっ!?」
突如の攻撃に驚きの声を上げるヨハン。
戦闘に長けた熟練者からすると、距離を取り、姿をくらませた相手が策を弄する。この光景は至極当然の結果だろう。ましてや相手は、木の剣すら満足に持てない小さな幼女なのだから……。
必然、攻撃方法は接近戦ではなく遠距離戦、魔法へと絞り込める。
だが、今、目の前にするのは勇者の卵と卵。半熟にすら至っていない生卵。
セオリーなんて知らぬ存ぜぬどこ吹く風。
そんな風の塊が“刃”となってヨハンに襲いかかる。
木の剣でなく風の刃による不意打ちに、勝負あり一本とその手が上がると思いきや、流石は勇者の素質ありと認められた人類の希望。
ヨハンの振るう木剣は、瞬く間に風を切り裂いた。
と、同時――
「やぁああ~っ!」
砂煙の中、正に不意打ちとばかりに、ハイネが両手を振りかぶり吶喊する。
「ふっ、残念だったな!」
が、ヨハンの剣は流麗な動きを止めることなく、次なる行動に移っていた。
――即ち。ハイネへの迎撃行動へ。
「その風も! その剣も! 俺には届かなかっ」
声高らかに勝ち鬨を上げるヨハンの声を、
「ううん。届く」
遮るようにハイネは無邪気な声を被せ、振りかぶった先。
そこに姿を現す、空っぽの小さな手。
「……え!? なっ? け、剣が……ない?」
素っ頓狂な声を上げたヨハンへ、悪戯が成功した子供のようにほくそ笑んで、
ハイネは天を指差す。
それはヨハンの上空。
――頭上、数センチ。
「ほらっ、届いた!」
そう言ったハイネと、天空より飛来した木の剣がヨハンの脳天を直撃したのは、ほぼ同時だった。
「そこまで! 勝者ハイネ・グリム!」
ディアマンテは試合終了を告げると、簡潔に模擬戦の総括を始める。
「フルス・ウインドの風魔法に乗せて、木の葉や木の枝と共に、木の剣を舞い上げていたのだな。その後、砂煙に紛れて不意打ち……と見せかけ、自らを囮にして上空への注意を逸らしたところに降り注ぐ必中の不意打ち。見事だハイネ。実に面白い戦いだったよ」
勝者らしく腰に手を当て、成長予定の胸を張るハイネへ賛辞を贈った。
興奮冷めやらぬ中、地面に突っ伏してのびるヨハンを介抱すると、
「続いて対戦表二列目――」
ディアマンテは粛々と次なる対戦カードを読み上げる。
こうして、テキパキと滞りなく実技試験は進み、後半戦に差しかかったところで聞き覚えのある名がコールされた。
「次! 対戦表三十四列目、チャド・カレルとゴーン・ステファン。前へっ」
お、あいつだ。
「呼ばれて! 飛び出て! よろしくさ~んっ!」
ほら、あいつだ。
「僕の名はチャド。人呼んで美を極めしビューティーチャド! こう呼んでくれたまえ」
もう、絶対あいつだ!
「あ、はい。よろしく。美を極めしビューティーチャド」
律儀に名を呼ぶ、健康的な褐色肌に端正な顔立ちのゴーン。
一見すると俺のにっくき敵であるイケメン。なんだけど……。
「君もそれなりだけど、第一ラウンドの容姿勝負は僕の圧勝。といったところかな」
青空と見紛う鮮やかな髪を靡かせ、雲を浮かべるように歯の浮いたセリフを吐くこいつは役者が違う。
「でも落ち込む必要はないさ。本当に大事なのはハートだろ~? だから君にもチャンスありだ! さあ、善美を尽くした戦いをしようじゃないか~! よろしくさ~ん」
ってなわけなので、どうぞゴーンさん。俺の代わりによろしく
魔界はあなたの無罪を支持します。
なぜか魔王として異世界転移した俺が気付けば勇者を育てる学園に入学していた件 ~いけませぬ魔王様、そこは敵陣ど真ん中でございます~ @HIKASE
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