第04話 答えは問題の中に隠されていると、偉い誰かが言っていた

「はい。始めてください!」

 物音一つなく、静まり返った室内に響く号令。


 勇者候補生選抜試験――学科試験。


 一斉に紙をめくる騒音と走り出すペン先。

 一方俺は……第一問目からその手を止めていた。


 さて、まだ慌てる時間じゃない。まずはじっくりと問題を見ていこう。


 第一問――

 勇者とはどうあるべきでしょうか? 十万字以内で答えなさい。

 ※但し、村長の娘は二十歳とする。


 俺は、軽快に鉛筆を走らせる。

 ――ラノベ一冊書けちゃいますよ? っと。


 第二問――

 近くに魔物の根城がある村を訪れた勇者は、村長よりとある依頼を受けました。

 交渉の末、手付金として提示された金額は五百ルクスです。

 これより考えられる依頼内容を全て答えなさい。

 ※但し、村長の娘は二十歳とする。


 俺は、静かに鉛筆を走らせる。

 ――勇者がお金次第で依頼を受けるかどうかを決めるのですか? っと。


 第三問――

 魔物により占拠された自然豊かな村の安寧を取り戻すため、勇者は炎系の上位魔法を唱え、見事魔物を退けますが、その炎は魔物だけでなく、村をも焼き払ってしまいました。

 村長による賠償請求が発生した場合、損害保険はいくらまで受け取り可能でしょうか?

 ※但し、村長の娘は二十歳とする。


 俺は、頭を掻きむしり鉛筆を走らせる。

 ――お金の話の前に何か言うべきことがありませんか? っと。


 第四問――

 伝承にある村を救ったお礼として宴が催されました。これ幸いと宴を抜け出し、村を徘徊すると、普段は村人が立ち塞がって通れない場所へ行けるようになり、その先。そこには村が先祖代々守り続けた伝説の聖剣が鎮座していました。

 村を救った対価が宴だけとする場合、勇者は聖剣を前にして、どのような行動を取ることが許されるでしょうか?

 ※但し、村長の娘は二十歳とする。


 俺は、筆跡を強め鉛筆の芯を折る。

 ――おまわりさんこっちです! っと……。


 第五問――

 とある村で村長の娘が魔物にさらわれてしまいました。

 以下、村長と勇者の会話です。

「勇者様、どうか娘をお助けください。何分貧しい村でして、さしてお礼もできないのですが、常日頃娘はこう申しておりました『あんなことやこんなことまで、わたくしは身も心も全て勇者様に捧げたいと思っておりますのよ、お父様』と。このように勇者様に恋焦がれた健気な娘でして、ああ、今ならば望みが叶うと言うのに、どうしてこんなことに」

「村長、顔を上げなさい。私は対価を求めて勇者をやってるわけではないのだよ。お礼なんてとんでもない。ところで、ところでだ。ところで聞くのだが、村長。娘さんの年齢は?」

 村長の答えに対し、勇者は三度頷き村長と握手を交わすと、娘を助けに向かいました。

 以上の会話と、その後の状況から、村長の娘は何歳と想定されるでしょうか?

 ※但し、勇者は全速力でなく、ウキウキのスキップで助けに向かったとする。


 俺は、折れた鉛筆を投げつけ叫ぶ。


 ――二十歳だよおおおおお――っ!!


「そ、そこおお! 何をやってるっ!?」

「っは!? ああーすみません。我を忘れました……」


「次やったら失格にするぞ!」

 試験官による厳重注意を受け、改めて問題に向き直る。


 はぁはぁ、ヤベーな勇者学。

 耳を澄ますと、カカカカッと、猛烈な勢いで文字を書き進める音色。

 え、嘘? まさかこの人たち、十万字にわたる大作ラノベ書いてないよね?


 こうして未知なる世界に試行錯誤しながらも、どうにかこうにか学科試験を終えた。


 ハッキリ言って村長の娘の年齢以外は自信がない。

 次の実技試験で挽回するしかないけど、学科でこれかよ……。

 一抹の不安の中、続いての実技試験会場へ移動を開始する。


 そこは室内でありながらも、広々とした平地に岩場や森林から水辺まで、自然の景色を凝縮したような空間だった。

 なるほど、様々な地形を想定しての実戦的形式ってわけね。


「それでは、対戦表を配ります」

 右に五十名、左に五十名、それぞれの名前が対になって記載された対戦表が配られた。


 えーっと、俺の対戦相手は――シータ・フォン・アルス。

 ふむ。誰だ? 男か? 女か? それすらわからん……。


「はい。対戦相手の確認はできましたでしょうか?」

 対戦表を見つめる百の視線が、凛とした声によって一斉に正面に向き直ると、


「私はディアマンテ。聖アルフォード学園の一年次を受け持つ教師です」

 妖艶なお姉さんは青々とした若葉に水を撒くように口開く。


 その身なりは、赤い学生服と言えばいいのか、聖アルフォード学園の制服と思われる真っ赤な服を身に纏い、黄金に輝く髪は、人々へ道を照らす光のように煌き、スラっとした体からは想像もできないほどドッシリと大地に立つ。


 なるほど、これが勇者を教育する教師か。

 道理でただならぬ雰囲気を感じるわけだ。


「そして、この実技試験の審判、並びに皆さんの素質を見極める試験官でもあります。と言った自己紹介はこれまでにして、この実技試験のルール説明をさせていただきます」


 そうか、これは殺し合いでなく模擬戦。

 だったら、そこには明確なルールがあるわけだ。

 今後を担う重要な説明を聞き逃さないよう、俺は耳を立てた。


「まず最初に、いかなる理由があろうとも命を殺めた場合は失格だけでなく、罪を背負っていただきます。勇者として、人として。当然のことですよね。だって、私たちは魔物ではないのですから」


 参加者全員が当然のように頷く中、俺は噛み締めるように頷く。

 殺しちゃダメだぞと。


「続いて支給武器の説明を行います」


 言って、ディアマンテが手に取る武器は、勇者の代名詞――剣。

 但し、殺傷能力を薄めた木の剣。いわゆる木刀だ。


「武器として支給するのは、こちらの木の剣一本となります。ですが剣の使用を強要しているわけではありません。格闘戦が得意な方は、どうぞ素手で戦ってください。遠投が得意な方は、剣を投げたって構いませんよ。泳ぎが得意な方は、剣を釣り糸に水中に引きずり込んで戦ってもいいのですよ。それぞれお好きにどうぞ。戦いとは柔軟であるものです」


 まるで試験という形を取った教育だな、これは。


「さてここからは、この実技試験の採点方法について少し説明いたします。まず、この試験は減点方式でなく加点方式での採点となります。加点項目を教えることはできませんが、それでも一つだけ言えることは、勝利者には加点する。ということです」


 ふむふむ。勝ち負けがイコールで合否と思ったが、そうではないらしい。

 でもそれって、裏を返すと――


「ですが、負けても合格の可能性はあります」

 と言うことだよな。


 つまりは――


「では、肝心の勝利条件ですが、相手が負けを認める、これはこちらが戦意喪失と判断した場合も含みます。もしくは相手を気絶させる、戦闘継続困難な傷を負う。簡潔に述べますと死ぬこと以外で戦闘継続が不可能になった地点で負け。という単純明快なルールです」


 何もせずにあっさり負けるのと、足掻きに足掻いて負けるのじゃ、点数は後者の方が高いってわけだよな。とどのつまり、何事も最後まで諦めちゃいけませんよ、ってことを実技試験を通して言いたいわけだ。


 まったくもって勇者らしいことで……ゲロが出る。


「さて、長々と説明しても世界が平和になるわけでもなく日が暮れるだけですし、さっそく皆さんの輝きを見せてもらいましょうか。では、対戦表一列目、ハイネ・グリムと、ヨハン・モーリス、前へ!」


 こうして、二名が前に進み、残りは誰に言われるまでもなく後ろに下がった。

 さあ、実技試験の開始だ!

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