◆ 第一章 ◆ 魔王様のお受験戦争

第03話 いわゆる陽キャがちょっと苦手です

 さてと、困ったことになった。


 おい、どういうことだ?

 魔王なのに魔界を追い出されたぞ?

 え、なに? これ異世界召喚じゃなくて追放ものだった?


 いや、確かに言ったよ。言いました。

 俺が勇者の学園を潰してやる的なことを。


 はい、調子に乗りました! 乗りましたとも。

 だって魔王なんだもん!


 で。その結果……、一体なにがどうしてこうなった?


 スラランへ向けてカッコつけたはいいが……

 俺は聖アルフォード学園のある王都メルクリスを前にして立ち竦んでいた。


 グルリと一回り、巨人の侵入をも防ぐかの如く、高く聳え立つ壮観な外壁。

 聖アルフォード学園へ潜入の前に、さっそく立ちはだかる第一の関門。


 ――入国審査。


 えーっと……レヴィが用意したこの書類があれば問題ないはずだけど……。


「次。身分証の提示を」

 門衛による入国審査が始まり、勇者の適性を示す印籠を掲げゴクリと唾を呑む。


「こここ、これが……目にはい……入らぬかぁ~。ゆゆゆ、勇者の……」

 どこかのスライムよろしく、プルプル震える指先で書類を差し出す。


「おおっ!? 勇者の適正ありなんて、すごいじゃないか! 未来の勇者様万歳!」


 握手と声援、そして羨望の眼差し。なるほどこれが勇者ってやつか。

 確かに人類の希望と呼ばれる存在なんだろうな。

 適性を示すだけで人が笑顔になる。


 だがしかし、「頑張れよ~」の後に続いた言葉で俺の笑顔は消え失せ、

 そして、思い知る。


「適正者百名の中から、栄えある勇者候補生三十名に残れるように祈ってるよ」


 その先にあるのが、茨の道だということを……。


 え、書類出したら……ああ、いや、まあ、そうか。ありますね。

 試験ありますね。そりゃそうですよね。


 むしろ、試験を受けるところまで根回ししていたレヴィの手腕を褒めるべきか。


 ここで改めて書類の受付先を確認する。

 えーっと……場所はメル大講堂、っと。


 ふむふむ、なるほど。……どこだそれっ!


 再び突入するペコペコ魔王様モード。

 街ゆく人へ頭を垂れ聞き込み、どうにかこうにか到着する。


 と、そこへ響くボリュームの壊れた甲高い声。


「君も適正者か~い?」


 片目を覆い隠すサラサラの青髪が風に揺れ、細身の体形をアピールするためか、ピッチリとした真っ白な服を着こなし、胸元は情熱的にパックリ開く。

 

 一言でいうと。


「チャラッ!」

「チャラ? ん~? ノンノン。僕の名前はチャド! よろしくさ~ん」


 指をチッチッチとリズミカルに振りながら、髪をかき上げサラサラ~ン。

 コマのようにクルクル回りピタリと止まると、白い歯を輝かせキラキラ~ン。

 なんなの、この痛い系王子様は。


「……ダイチだ。ヨロシク」

 拳を握りしめ、歯ぎしり交じりにどうにかこうにか自己紹介。


「ダイチ? いい名だね。ということはノーム・ソレルの寵愛を受けてたりするのかな~?」


 その名は知っている。いわゆる土の精霊的な奴の名だ。

 でも、残念だったなチャド。俺が受けてる寵愛は魔王によるものだよ。

 なんてこと当然言えるはずもなく、


「そうそう。大地の寵愛を受けてるんだ俺! ダイチなだけにね」

 とまあ、話を合わせることにした。


「おやおや? ダイチッ! そんな情報を僕に教えていいのかな~?」

「ん?」


 髪をかき上げ、ニヤリとしたり顔のチャドと、その意図を図りかねる俺。


「今の会話で君が土属性を得意とすることが僕にはわかってしまったよ~」

「ああ、まあそうなるの……かな? でも別によくない?」


「ふふ、器が大きいのか、ブラフか、それとも隠し玉があるのか。なんにせよ、僕の直感がこう言ってるよ~。君との対戦は注意しろと」


 は? こいつ今……なんて?


「対戦? ……って?」

 そんな質問を受け、チャドは大きく目を見開く。


「……ダイチ? 君、勇者候補生の選抜試験を受けに来たんだよね?」

「その……つもり」

「まさかと思うけど、試験内容は……?」


 唾をゴクリと飲み込み、じっと見つめるチャドの視線の先に、


「知らない」

 ノープランの魔王様がそこにいた。


 ヤベー、一夜漬けで試験を受けるどころじゃない。

 俺ってば勉強どころか試験内容すらわかってないです!


「ね、ねえ、ごめん! ちょっと教えて! 選抜試験って……何すんの?」


 今更ながらに試験内容の確認を始める俺。


「おうけ~。困ったキャットボーイだ。いいかいダイチ。勇者候補生になるには、学科と実技の試験を突破する必要があるのさ~」


 見た目はチャラいチャドだったが、その見た目にそぐわず、どうやら面倒見はいいようだ。本来であればライバルの蹴落としなんて当たり前だろうに、懇切丁寧に教えてくれる。


「まず学科。これは勇者候補生であれば当り前の基礎問題である勇者学から五問。魔法学・生産学・魔物学・人界学これらの冒険に必要な基本項目から合計十五問。合わせて二十問の試験となるのさ~」


 くっくっくっ。

 一年に渡るレヴィのマンツーマン指導の成果を発揮する時がきたようだ。魔王学に始まり、闇座学、ひいてはサキュバスの生態に特化した夢魔学まで、学力に関しては、……関しては……、


 ん? 勇者学?


「次に実技。これは単純明快。勇者候補生に相応しい実力を示す。つまり、一対一の模擬戦闘さ~。そして、合否に最も直結するのがこの実技試験。ということになるかな~」


 ふむふむ、わかりやすくていい。ようは強ければいいんだろ?


「僕としてはダイチ、君には僕のように美しく勝利してもらいたいところだよ」

「任せろ! 相手の体力を吸い取り、骨と皮だけにすればいいんだな?」

「い、いや、ちょっと……それは美しくないかな……」

「あ、じゃあ、黒い向日葵を咲かせる。これは美しい勝利だよな?」

「ほほ~う。黒い向日葵が咲くと相手はどうなるんだ~い?」

「大地に影のみを残して消滅する」

「死んじゃったね、それ……」

「あ、殺しちゃダメ?」

「ダイチ? 君、勇者の試験を受けに来た。ってことでいいんだよね? それだと君、勇者というより、まるで魔王の選抜試験みたいじゃないか……」


 ドン引きのチャドの言葉に、俺は実技試験の考えを改める。


 おそらく模擬戦の勝利自体は問題ないはず。惜しむらくはその勝ち方が問題だ。つまり、魔王の力を行使せずに、模擬戦を勝利しないといけないってことだよな。


 はぁ、やれやれ。……前途多難なことで。


 こうして俺は書類を握りしめ、暗中模索の中、受付を済ませるのだった。

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