5.大物タイと水晶
シロちゃんとの生活は大変順調に進んだ。
まず、小さな魚を捕まえられる確率が大きく向上。
やはり追いこみ漁は素晴らしく効率的だ。
解体作業にも変化があった。
俺が魚を
具体的には頭や内臓をしっかり埋めて捨ててくれる。
保存用のヤシの葉を集めてくれる。
シロちゃんはありえないほど賢い。
教えると、解体後の魚をヤシの葉に包むのもすぐ覚えた。
あとは引っ張るのについていくと、
木いちごや野生のブドウをゲットできるのだ。
ちょっと酸っぱいが。
でも貴重な果物である。
おかげで食生活が少し豊かになった。
……。
やはりシロちゃんは普通の白猫ではない気がする。
明らかにデカいし、知性がある。
水中でも息が続いているし。
俺より先に浮上したことがない。
哺乳類ならイルカやクジラは潜っていられるみたいだけれど。
猫は何十分も潜っていられるのだろうか。
わからぬ。
まぁ、でもいいか。
異世界に来るまでの俺なら、もっと警戒した。
でもあの神様との出会いで少しポジティブになれた。
信じること。
受け入れること。
これらの重要さを知った。
シロちゃんは嬉しいとズンドコ踊ってくれる。
それがとても可愛らしい。
癒される。
やはり漁師生活に仲間は必要だ。
仲間……。
にしても、他の人間はいないのだろうか?
神様の話では、ここは貞操逆転世界のはず……。
今のところ、エロさのかけらもない。
漁師生活を満喫している。
まぁ、シロちゃんのおかげで寂しさはないが。
いつか人間にも出会うだろう、うん。
♢
「……そろそろ保存手段が欲しいなぁ」
異世界に来て、1週間目。
小魚は相応にゲットできるようになってきた。
でも問題は保存ができないこと。
海水とヤシの葉の超原始的保存では限度がある。
具体的には1日経過したら、もう食べないほうがいい。
今のところ、俺の体調に変化はない。
健康そのもの。
しかもこの1週間、真水を飲んでいないのに。
……海水から水分を摂取しているんだよな、うん。
そう考えることにしている。
神様はこの身体を極端なくらい便利にしてくれたらしい。
とはいえ食中毒は怖い。
食料の保存法は伝統的に3種類。
ひとつめは塩漬け。日本では魚の干物、野菜の漬物が代表だ。
ふたつめは加熱。焼いて殺菌し、保存する。
瓶詰めやレトルトが代表だ。
みっつめは冷蔵、冷凍。ご家庭の冷蔵庫そのもの。
伝統的には雪に埋めたりか。
もちろん、これらの方法は組み合わせることでさらに効果的になる。
加熱してから塩漬けしたり。塩漬けしてから冷蔵したり。
まず考えよう。
冷蔵はちょっとここでは無理だな。
南国すぎる。雪のかけらもない。
もうひとつは塩漬け。
海はあるのだけれど、塩がない。
天日干しで塩をゲットできれば……でもあれって時間がかかるんだった。
前に読んだネットの記事では1年以上かけるのだとか。
最後は加熱。
火種があれば……。
万能漁師のスキルでマッチや着火剤を出すのは無理だった。
漁の道具とは見なされなかったのだ。
「にゃあ?」
シロちゃんが悩んでいる俺を見上げる。
「いやぁ、そろそろ食料保存を考えないと……。
加熱がいいかなぁと思うんだけど、どうやって火を着けたものか」
オーソドックスなのは摩擦熱で発火か。
動画でもよくやってたけど……板に棒を差して回す。
ひたすら回す。
問題は適した板と棒。
漁師用ナイフで作るしかないか。
「にゃ……」
「ああっ、シロちゃんは悲しそうな目をしないで!」
なでなで。
人差し指でシロちゃんのふわふわ頭を撫でる。
「にゃあ!」
「ん、それじゃ今日も漁に出かけるか」
シロちゃんと一緒に、今日の漁へ。
最近は海に入ると変化がわかってきた。
それは日によって住んでいる魚が違うのだ。
サンマの多い日、アジの多い日、タイの多い日。
理屈はわからないが、一日おきに住んでいる魚が変わる。
もちろん魚の群れも変わってくる。
サンマやアジはめちゃくちゃ魚の数も多い。
タイは逆に少ないのだ。
不思議な海だなぁ。
そして今日はタイの日のはず……。
いたいた。早速、タイを見つける。
しかもかなり大きい。
普段、見つけて獲るのは30センチ以下。
20センチ前後も珍しくない。
今、見つけたタイはいつもの2倍以上のサイズだ。
70、80センチくらい。
これまでで一番、大物のタイだった。
……そろそろデカブツも獲ってみたい。
シロちゃんとなら、イける気がする。
「ごぽごぽ(あれを狙おう)」
シロちゃんに大物のタイを指差す。
「にゃあ!」
シロちゃんの目が狩人モードになった。
どうやら伝わったらしい。
俺も巨大網を生み出し、戦闘態勢へ。
タイは悠然と泳ぎ、段々と深く潜っていく。
俺たちはそろりそろりとタイを尾行する。
これほどの大物、まずは観察だ。
隙をうまく見つけなければ。
生唾を飲みこむ。
…………。
5分ほど、ゆっくりと潜るタイについていった。
太陽の光が弱く、周囲が暗くなってきた。
シロちゃんもついてきている。
タイは、何をしている?
自分の巨体にふさわしい獲物を見つけようとしているのか。
それともメスを探して回っているのか。
タイが岩壁に近寄っている。
この周囲にはもうサンゴ礁はないな。
光が乏しくなりサンゴ礁がなくなると、ここまで海の雰囲気は変わるのか。
怖くなってきた。
「にゃにゃん!」
そんな俺を励ますようにシロちゃんが身体を擦りつける。
よかった、シロちゃんがいて。
気を取り直してタイの追跡を再開する。
やがてタイは岩壁のあるところで停止した。
――光る水晶。
ぼんやりと淡いピンク色に輝く水晶が、そこにはあった。
心を奪われるくらい綺麗だ。
この海や生きる命と同じくらい、尊く感じる何かがそれにはあった。
タイは水晶の前に着くと、がつがつと頭をぶつけている。
体当たりだ。
……わからん。
どういう意味があるんだ。
目障りだから……?
それとも他に意味があるのだろうか。
「にゃっ!」
シロちゃんの声で思考を引き戻す。
おっと、深く考えるのはヤメだ。
これはチャンスだ。
タイが体当たりしている(ダジャレじゃないよ)
自分から体力を消耗しているのだ。
シロちゃんと二手に分かれ、両サイドからタイを狙う。
タイはまったくこちらに気づいていない。
よし。
シロちゃんに身振りで合図をする。
「にゃー!」
ぎゅんと加速したシロちゃんがタイに突進する。
「――ッ!!」
さすがにタイもシロちゃんに気づいた。
パニックを起こしたタイが反対側へ逃げる。
そこには網を構えた俺がいた。
ここだ!
大きいと言っても、動きのパターンはこれまでのタイと同じ。
ビビるな。
俺は思い切り網を振り、タイを捕まえる。
暴れるタイ。
凄い力だ。腕が持っていかれそう。
しかし、網は丈夫。
ナイフの備えもある。
命に感謝を。
ナイフでブスっとな。
……タイは大人しくなった。
心の中で手を合わせて祈る。
「にゃあ!」
シロちゃんと水中ハイタッチ。
やったぜ。
改めて、水晶を見る。
サイズは俺とほぼ同じくらいか。
半透明で中は見通せない。
不思議だ。
これも異世界の鉱物、だよなぁ。
地球にこんなものはない、多分……。
ちょっと削って、持って帰れないかな。
なんだか力を秘めていそうだ。
火打石になってくれたりして。
というわけでタイと網をシロちゃんに預け、水晶削りを試みる。
ナイフでできるかな。
手を痛めないように……。
えいっ!
ナイフを水晶に振り下ろす。
刃が当たった、その瞬間。
水晶全体が光った。
うおっ、まぶし!
「にゃーっ!?」
シロちゃんもまぶしがってます。
光が収束する。
な、なんだったんだ……。
そんな疑問は頭から吹っ飛んでしまった。
なぜなら水晶は消えていたからだ。
かわりに、俺の目の前には――薄い羽衣をまとった銀髪の女の子がいた。
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