2.異世界漁師
波はなく、水は暖かい。
ちゃぷちゃぷ。
海も何年振りに入るのだろうか。
でも不安よりも好奇心が勝っている。
とりあえず足の着くところまで進もう。
海は穏やかだ。
うん、気持ちいい。
ゆっくりと水に身体を慣らしていこう。
よし、大丈夫。
次は息継ぎだ。
溺れることはないって神様は言っていた。
それを試してみたい。
ざぶん。顔を海に入れる。
いーち、にー、さーん、しー……。
数を数えながら海の中にいる。
……すごい。
本当に息が続く。
さんびゃーく……。
もう5分くらい顔を海に入れている。
でもちっとも苦しくない。
そろりと目を開ける。
見える!
綺麗な浅瀬。
虹色の小魚たち。
ちょっと先のサンゴ礁もしっかりわかる。
赤と青、緑のパノラマ。
水の中だけど、地上と同じように見える。
大迫力の水族館だ。
これは素晴らしい。
命が動いているのを実感する。
魚もめちゃくちゃ多いしな。
漁獲資源は豊富だ。
よし……大丈夫だ。
もっと深いところまで行ってみよう。
ついに足が着かなくなる。
怖くはない。
明るいし、息が続く。
そのまま海の中を泳ぐ。
いくらでも潜っていられる。
神様、ありがとう。
これなら漁も楽勝……な気がする。
銛を片手にもっと深い場所へ。
なんだか泳ぐのもうまくなったようだ。
これも『万能漁師』の力だろうか。
すいすいと水の中を進む。
………。
泳ぐのにも慣れてきた。
そろそろ魚をゲットしてみよう。
でないとご飯がない。
獲物を探して回ると、よさそうな魚がいた。
手のひらほどの赤い魚。
のろのろとした動き。
俺にでも捕まえられそう。
君が今日の昼ご飯だ。
心の中で手を合わせ、銛を放つ。
……外れ。
逃げられた。
難しい。
まぁ、ド素人に捕まるほど魚ものんびりじゃない。
ノルマがあるわけじゃないんだ。
焦らずじっくりやろう。
他の魚にターゲットを変える。
青色のもっと動きが遅そうな魚だ。
ブダイ、といったかな。
今度はどうだ。
しゅっと銛を撃ち出す。
だめだ。
また逃げられた。
難しいな、これ。
それから何度かアタックしてみたが、全部外れ。
魚くんは意外と素早い。
のんびりしてそうな魚でも、銛をひょいと避ける。
テレビや動画のようにはいかないか……。
練習が必要だ。
いや、それより前に……。
作戦変更。
銛を網に変えた。
虫取り網のようなやつだ。
まずは確実に魚を捕まえるのが大切。
他は二の次。食料の確保を優先だ。
狙うのは……おっ、タイがいる。
日本人的にはタイは縁起の良い魚だ。
めでタイ。
ダジャレじゃないかって?
それは本当にそう。
でも異世界初日の獲物にはふさわしい。
ゆっくりと背後から近寄る。
ごくり。
網を振るいたくなるが、待て。
焦ると失敗する。
息継ぎの心配はないからな。
ここは辛抱だ。
タイがひくひくと頭を動かした。
……目を細めると、タイの前にエビがいた。
小さなエビだ。
なるほど。
タイはあのエビを狙っているのか。
明らかにタイの動きが変わった。
俺はタイを、タイはエビを狙っている。
先に動いたのはタイだった。
ぐっと水の中を加速してエビを狙う。
エビがさっと逃げ出した。
タイが追う。俺も追う。
身体をくねらせたタイがエビをぱくり。
タイの勝ちだ。
その一瞬。
タイに隙が生まれた。
今だ!
網を振るう。
タイをしっかり網の中に捕まえた。
逃げようと暴れるのを、すばやく手元に引き寄せる。
網は頑丈で、タイが逃げようとしても破れない。
さすが神様のスキルだ。
でもこれでどうする?
考えていなかった。
網では
もう決着はついた。
さっさと楽にしてやりたいのだけど……。
ナイフみたいなのが欲しい。
と、手に漁師用ナイフが生まれた。
あれ?
…………。
2個、同時に出せたのね。
なんという便利さ。
これで大丈夫だ。
さくっとナイフでタイを〆る。
心の中で手を合わせ。
命に感謝。
ふぅ、激闘が終わった。
一度、砂浜に戻ろう。
すいーっと軽快に泳いでいく。
長時間、泳いでいたが疲れていない。
素晴らしい。
いくらでも漁ができる。
波打ち際、スタート地点に帰ってくる。
そして叫ぶ。
「とったどー!」
やりたかった。
これが一番やりたかった。
満足。
さて、まずはタイを解体だ。
これはダジャレじゃないよ。
30センチの中々のブツ。
頭を落として、内臓を取り除く。
そして三枚におろして……。
よし。
そこそこうまくできた。
まぁ、及第点にしておこう。
まずは基本の刺身。
醤油はない。異世界だもの。
でもいいんだ。
めでタイ。異世界漂着のお祝いだ。
いただきます。
手を合わせ、タイの白身を手に取る。
脂が乗っていてうまそう。
ぱくり。
……。
う、うまい。
味が濃くて、いつまでも舌に残る。
こんなタイの刺身は食べたことがない。
いや、うますぎる。
涙が出てきそうだ。
これは異世界のタイだから?
自分で獲ったからか。
最後の一切れまで味わい、食事を終える。
ふぅ、満足した。
頭と骨、内臓は……近くの土に埋めておこう。
きっと栄養になる。
太陽は傾いてきたが、体力は底無しだ。
いくらでも漁ができそう。
もう一度、海に潜ってみよう。
数匹の魚を捕獲。
これは晩ご飯にしよう。
楽しいまま、夜になった。
さすがに明かりがないと夜の漁は無理だ。
でも日中頑張って、魚が食べれた。
初日にしては上出来じゃないだろうか。
月を眺め、砂浜で横になる。
異世界、初めての夜だ。
星がきらきらと異様に明るく感じる。
しかも月が4個もある。
異世界だなぁ。
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