第3話

「チュン、チュン……」


小鳥のさえずりが聞こえる。

木漏れ日が瞼を優しくノックしている。


「……んん」


俺はゆっくりと目を開けた。

体を起こし、大きく伸びをする。

関節がパキポキと小気味よい音を立てた。


「……最高の朝だ」


前世の俺にとって、朝とは「絶望の始まり」だった。

けたたましく鳴り響くスマホのアラーム。

慢性的な睡眠不足による頭痛。

満員電車の圧迫感と、これから始まる終わりのないデスマーチへの恐怖。


それがどうだ。

今の俺を包んでいるのは、森の清浄な空気と、小鳥の歌声だけ。

頭も驚くほどスッキリしている。

こんなに清々しい目覚めは、小学生の夏休み以来かもしれない。


「さて、と」


俺は木の上から身を乗り出し、眼下を見下ろした。

昨晩仕掛けた「自動迎撃タレット」がどうなっているか、確認するためだ。

まあ、スライム数匹くらいは狩ってくれているだろう。

魔石が数個落ちていれば、今日の朝飯代くらいにはなるはずだ。


そんな軽い気持ちで下を見た俺は。


「…………は?」


言葉を失った。


そこにあったのは、地面ではなかった。

紫色に輝く、石の山だった。


木の根元を中心に、半径五メートルほどの範囲が、魔石で埋め尽くされている。

スライムの核、ウルフの魔石、ゴブリンの牙らしきもの……。

まるで、そこだけ紫色の絨毯を敷き詰めたかのようだ。


「……やりすぎだろ」


俺が寝ている間に、一体何が起きたんだ?


俺は慌てて、頭の中にあるシステムログを確認した。

「魔導構築」のスキルを使えば、自分が組んだ魔法の稼働履歴を閲覧できる。


《ログを表示します》

スライムを撃破。経験値12を取得。 スライムを撃破。経験値12を取得。 フォレストウルフを撃破。経験値450を取得。 フォレストウルフを撃破。経験値450を取得。 フォレストウルフを撃破。経験値450を取得。 ターゲット多数検知。マルチタスク処理を開始します。 キラーホーネットの群れ(30匹)を殲滅。経験値3000を取得。 ……


ログが止まらない。

スクロールしてもスクロールしても、撃破報告が滝のように流れてくる。


どうやら昨晩、この森では魔物の「集団移動(スタンピード)」に近い現象が起きていたらしい。

よりによって、俺が寝ている木の下を通り抜けようとした不運な魔物たちが、片っ端から迎撃システムにハチの巣にされたわけだ。


「俺、一回も起きなかったぞ……」


システムの静音性が高すぎた。

あるいは、俺の睡眠欲求が強すぎたのか。


とにもかくにも、結果は出ている。

俺は震える声で、この世界に来て一番言いたかった言葉を呟いた。


「ステータス、オープン」


目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。

そこに表示された数字を見て、俺は乾いた笑いを漏らした。



名前:相川 徹(トオル)

年齢:28歳

職業:魔導プログラマー(※New!)


レベル:1 ⇒ 42


HP:8500 / 8500

MP:12000 / 12000


スキル:

【魔導構築 Lv.8】(↑Up)

【並列思考 Lv.4】(※New!)

【自動回復 Lv.5】(※New!)

【気配遮断 Lv.Max】(※New!)


称号:

【不眠不休の狩人】(※寝ていました)

【森の掃除屋】

【スライムの天敵】


「あはははは! なんだこれ!」


レベルが、バグっている。

42ってなんだ。

昨日の昼間、グレンが自慢げに「俺はレベル25のエリートだ」と言っていたのを覚えている。

あいつが何年もかけて到達した領域を、俺はたった一晩、寝ているだけで追い抜いてしまった。


しかも、称号の欄がおかしい。

【不眠不休の狩人】だと?

システムが不眠不休だっただけで、本体(おれ)は爆睡していたんですが。


「……はぁ、落ち着け」


深呼吸をする。

だが、ニヤニヤが止まらない。


俺は木から飛び降りた。

レベルが上がったおかげか、身体能力も劇的に向上している。

数メートルの高さから着地しても、足裏に軽い衝撃を感じる程度だ。


目の前には、足の踏み場もないほどの魔石の山。


「これ、換金したらいくらになるんだ?」


スライムの魔石が一個で銅貨10枚(約100円)。

ウルフの魔石なら銀貨1枚(約1000円)。

ざっと見ただけでも、数百……いや、千個近くあるんじゃないか?


計算したくない。

いや、したい。

これだけで、一般市民の年収を軽く超えている気がする。


「……って、待てよ」


俺は重大な問題に気づき、頬を引きつらせた。


「これ、どうやって持って帰るんだ?」


俺のリュック(アイテムボックス)は、グレンに奪われた。

手ぶらだ。

ポケットには、小石が数個入る程度。


この大量の財宝を前にして、持ち帰る手段がない。


「……手作業で運ぶ? 何往復して?」


嫌だ。

そんな重労働、死んでもやりたくない。

俺は楽をするためにシステムを作ったんだ。

回収作業で汗をかいたら本末転倒だ。


俺は腕を組み、目の前の宝の山を睨みつけた。


「……作るか。回収システム」


落ちているアイテムを自動で拾い、分類し、圧縮して持ち運ぶ。

そういう便利なプログラムを組めばいい。


幸い、レベルアップでMPは腐るほどあるし、素材(魔石)も目の前に転がっている。


「ふふ、忙しくなってきたな(脳内作業的な意味で)」


俺は楽しげに指を鳴らした。

昨日までの「やらされる仕事」とは違う。

自分の欲望のためだけの、クリエイティブな仕事。


俺は魔石の山に手を突っ込み、新たな魔法陣の構築(コーディング)を開始した。

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2025年12月27日 21:00
2025年12月28日 21:00
2025年12月29日 21:00

異世界で「全自動・放置レベル上げ」システムを構築しました。~寝ている間にステータスがカンストし、不労所得が国家予算を超えたので、今さら勇者になれと言われても断ります~ kuni @trainweek005050

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