第2話

光の鎖に締め上げられたウルフは、既に息絶えていた。

拘束の威力が強すぎて、全身の骨が砕けてしまったらしい。


「……オーバーキルだったか」


俺はウルフの死骸に近づき、ナイフ代わりの鋭利な石で胸を割いた。

中から出てきたのは、ビー玉くらいの大きさの紫色の石。

魔石だ。

この世界のエネルギー源であり、換金アイテムでもある。


「なるほど。これが『乾電池』になるわけか」


俺は魔石を手のひらで転がしながら、ニヤリと笑った。


さっきの拘束罠(バインド・トラップ)の成功で、確信したことがある。

この世界の魔法は、俺が前世で扱っていたプログラミング言語と、驚くほど構造が似ている。


いや、似ているどころじゃない。

「魔導構築」のスキルを通して見れば、それはもうソースコードそのものだ。


俺は自分の手のひらに、もっとも初歩的な攻撃魔法である「魔力弾(マナ・バレット)」を展開してみる。


通常、魔法使いはこの魔法を撃つために詠唱を行う。

『我、敵を討つ礫(つぶて)を放たん』

みたいな、恥ずかしいポエムを口に出して、精神統一をして、やっと一発撃てる。


グレンたちもそうやって戦っていた。

だが、今の俺にはその行為の「無駄」が見える。


「詠唱なんて、ただの『コマンド入力』だ」


毎回毎回、キーボードで実行コマンドを打ち込んでいるようなものだ。

一発撃つたびに手入力。

そんなの、腱鞘炎になるわ。


俺がやりたいのは「手動操作」じゃない。

「自動化(オートメーション)」だ。


俺は頭の中で、魔力弾のコードを展開した。


『Create Object: Bullet』

『Target: Line of Sight』

『Speed: 50』


シンプルなコードだ。

俺はここに、別の魔法である「気配探知」のコードを引っ張ってきて、接続(リンク)させる。


「探知」をセンサーにするんだ。

そして、条件分岐(if文)を組み込む。


『If (Enemy in Range)』

もし、範囲内に敵が入ったら。


『Then (Fire Bullet)』

魔力弾を発射せよ。


『Else (Wait)』

敵がいなければ待機。


さらに、これを「While文」で囲む。

つまり、俺が「停止」を命じるまで、永遠にこの処理を繰り返す「無限ループ」を作る。


「よし……論理構造(ロジック)は完璧だ」


俺は近くの木の幹に、ナイフ代わりの石でガリガリと魔法陣を刻み込んだ。

通常ならインクやチョークが必要だが、俺のスキルがあれば、傷跡に魔力を流し込むだけで回路として定着させることができる。


書き換えたコードを、物理的な回路(ハードウェア)に焼き付ける作業。


「インストール、完了」


木の幹が、微かに青く発光し始めた。

見た目はただの傷跡だが、魔力の目で見れば、そこには美しい幾何学模様が浮かんでいる。


これを名付けるなら、「自動迎撃タレット ver.1.0」といったところか。


「あとはテストだが……」


都合よく、茂みの奥からプルプルと震える青い物体が現れた。

スライムだ。

動きは遅いが、物理攻撃が効きにくく、初心者には厄介な相手。


俺は動かない。

指一本動かさず、ただ腕を組んでスライムを見つめる。


スライムが、俺を獲物と認識してじりじりと近づいてくる。

迎撃システムの感知範囲である、半径五メートルに侵入した。


その瞬間。


シュンッ!


乾いた音と共に、木の幹から青白い光弾が吐き出された。

俺が何もしなくても、システムが勝手に敵を検知し、処理(実行)したのだ。


バチュン!


光弾はスライムの核を正確に撃ち抜き、その体を弾けさせた。

一撃必殺。


「……ははっ」


俺の口から、乾いた笑いが漏れた。


すごい。

本当に、勝手に倒した。


前世の俺は、システムを動かすために徹夜でコードを書き、エラーが出れば休日返上で修正し、客からのクレームに頭を下げていた。

自分が楽をするためにシステムを作っているはずなのに、いつの間にかシステムを維持するために人間が犠牲になっていた。


でも、今は違う。


俺が作ったシステムが、俺のために働いている。

俺が突っ立っているだけで、成果(経験値)が生まれている。


「これが……これこそが、俺が求めていた『正しい技術の使い方』だ!」


俺はスライムの残骸から魔石を拾い上げ、先ほどのウルフの魔石と一緒に、木の根元に埋め込んだ。

これを追加電源(バッテリー)にすれば、大気中の魔力吸収と合わせて、一晩くらいは余裕で稼働し続けるはずだ。


「よし、今夜の寝床はあの上だ」


俺は迎撃システムを設置した大木によじ登った。

太い枝が複雑に絡み合い、ベッドのように平らになっている場所を見つける。


背中を預けると、どっと疲れが押し寄せてきた。

転生してからずっと、気を張っていたからな。


下では、また新たな獲物が近づいてきたのか、シュンッ、シュンッ、という軽快な発射音が聞こえる。

そのたびに、俺の中に微かな高揚感(経験値)が流れ込んでくるのがわかる。


本来なら、魔物の気配に怯えて一睡もできないはずの森の夜。

だが今の俺にとって、あの発射音は最高の子守唄だ。


「あいつら、今頃まだ野営の準備で揉めてるのかな……」


リーダーの怒鳴り声や、押し付けられる雑用。

それらがもう存在しない明日を想像しながら、俺は目を閉じた。


「おやすみ、世界。俺は寝るけど、サーバーは落とさないから」


意識が泥のように沈んでいく。

かつてないほど深く、安らかな眠りが俺を包み込んだ。

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