異世界で「全自動・放置レベル上げ」システムを構築しました。~寝ている間にステータスがカンストし、不労所得が国家予算を超えたので、今さら勇者になれと言われても断ります~
kuni
第1話
「トオル。お前、今日でクビな」
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
薄暗い森の中。
湿った苔の匂いと、どこか遠くで響く魔獣の咆哮。
ここはこの国でも有数の危険地帯、「深緑の樹海」の深層部だ。
俺、相川徹(トオル)は、背負っていた巨大なリュックの重みに耐えながら、目の前に立つ男を見上げた。
鈍く輝くミスリルの鎧に身を包んだ金髪の剣士。
このパーティ「銀の翼」のリーダー、グレンだ。
彼はまるで汚いものを見るような目で、俺を見下ろしていた。
「……えっと、グレン? 今、なんて言ったんだ?」
「だから、クビだと言ったんだよ。耳まで悪いのか、お前は」
グレンは鼻で笑い、腰に差した剣の柄をカチャカチャと弄ぶ。
後ろに控えている他のメンバーたち――神官の女や、軽戦士の男も、誰も俺と目を合わせようとしない。
むしろ、ニヤニヤと嘲笑を浮かべている。
「どういうことだよ。俺たちは今、クエストの最中だぞ? こんな森の奥でパーティを抜けて、どうやって帰れって言うんだ」
「知ったことかよ。それが『お荷物』の末路だ」
お荷物。
その言葉が、胸に突き刺さる。
俺は唇を噛み締めた。
前世の記憶が脳裏をよぎる。
日本という国で、システムエンジニアとして働いていた俺。
来る日も来る日もデスマーチ。
修正しても修正しても湧いてくるバグ。
理不尽な仕様変更。
サービス残業という名のタダ働き。
そして、三十歳を前にして、俺は会社のデスクで冷たくなった。
過労死だった。
目が覚めると、この剣と魔法の世界にいた。
神様とやらには会わなかったが、状況からして転生というやつだろう。
「二度目の人生くらい、自由に、楽に生きたい」
そう願ったはずだった。
なのに、現実はどうだ。
「おい、何を黙り込んでるんだよ。早くそのアイテムボックスを寄越せ」
「……は?」
「聞こえなかったか? そのリュックだよ。中にはポーションや食料、魔石が入ってるだろ。それはパーティの共有財産だ。置いていけ」
グレンが俺の肩に手をかけ、強引にリュックを剥ぎ取ろうとする。
「待てよ! これは俺が管理してたんだぞ! それに、武器も防具もない状態で、アイテムまで取り上げられたら……」
「死ぬ? 知らねえよそんなこと。雑魚が生きようが死のうが、俺たちの知ったことじゃねえ」
ドカッ、と腹に重い衝撃が走った。
グレンに蹴り飛ばされたのだ。
「ぐっ……!」
泥の中に転がる。
頬に冷たい土の感触。
視界の端で、グレンが俺のリュックを拾い上げるのが見えた。
「大体なぁ、お前のそのスキル、『魔導構築』だったか? なんだよそれ。火の玉ひとつ出せねえ、役立たずのゴミスキルじゃねえか」
グレンが蔑むように吐き捨てる。
魔導構築。
それが俺に与えられた唯一のスキルだ。
攻撃魔法のように派手な炎や雷を放つことはできない。
できるのは、魔力の流れを可視化し、既存の魔法陣を少し調整したり、魔力で小さな道具を作ったりする程度の、地味な能力。
だが、俺は反論した。
泥だらけの手を握りしめて、叫んだ。
「そのスキルのおかげで! 野営の結界を維持してたのは誰だと思ってる! 湿気った薪に火をつけたのは!? 地図のないこの森で、魔力の流れを読んでルートを確保したのは誰だ!」
そうだ。
彼らは気づいていない。
俺が裏でどれだけ細かい調整をしていたか。
移動速度を上げるために靴に風魔法を付与し、武器の切れ味が落ちないように硬化魔法をかけ続け、敵の気配を察知して遠回りさせていたこと。
それら全てを、俺はこの「魔導構築」で行っていた。
「はっ、恩着せがましいんだよ」
グレンは俺の言葉を一蹴した。
「そんな雑用、誰でもできるんだよ。俺たちが求めてるのはな、火力だ。敵を一撃で葬る魔法使いだ。お前みたいな、豆電球くらいの明かりしか出せない生産職崩れじゃねえんだよ」
グレンの背後から、神官の女が甲高い声で笑った。
「そうそうぅ。トオルくんがいると経験値の分配も減るしぃ。正直、レベル1のままでしょ? 寄生虫って言うんだよ、そういうの」
「新しい魔法使いの子が入ることになったの。あんたよりずっと強くて、可愛いのよ。だから、席を空けてね?」
ああ。
そうか。
こいつらにとって、俺はずっと「便利な道具」でしかなかったのか。
ブラック企業時代の上司の顔と、グレンの顔が重なる。
『代わりなんていくらでもいるんだよ』
『お前の代わりはいても、会社の代わりはないんだ』
世界が変わっても、クズはクズのままか。
「……わかったよ」
俺は地面に手をついたまま、低く呟いた。
これ以上、何を言っても無駄だ。
言葉が通じる相手じゃない。
「へえ、やっと理解したか。物分かりが良くて助かるぜ」
グレンは満足げにリュックを担ぎ直すと、踵を返した。
「じゃあな、トオル。運が良ければ、スライムくらいには勝てるかもな! ギャハハハ!」
「せいぜい、森の養分になってねー」
嘲笑を残して、彼らは去っていった。
松明の明かりが遠ざかり、やがて完全に見えなくなる。
後に残されたのは、圧倒的な静寂と、闇。
「……はは。マジかよ」
俺は仰向けに寝転がった。
頭上を覆う木々の隙間から、星ひとつ見えない。
装備はボロボロの布服だけ。
武器なし。
食料なし。
水なし。
ここは推奨レベル25の森。
対して俺のレベルは1。
彼らの言う通り、俺には経験値が入っていなかった。
パーティを組んでいる場合、貢献度によって経験値が分配されるはずなのだが、グレンたちが設定をいじって、俺への分配をカットしていたのだろう。
気づいていた。
気づいていたが、いつか認めてもらえると信じて、黙って耐えていた。
それが、このザマだ。
「死ぬのか……また」
過労死して、転生して、今度はモンスターの餌になって死ぬ。
なんて惨めな人生だ。
俺が何をしたっていうんだ。
ただ、真面目に働いただけじゃないか。
ただ、誰かの役に立ちたいと思っただけじゃないか。
ガサッ。
近くの茂みが揺れた。
獣の臭いが漂ってくる。
俺は体を起こした。
死ぬにしても、タダで食われてやるつもりはない。
近くに落ちていた手頃な木の枝を拾う。
こんなもので何ができるわけでもないが、気休めにはなる。
その時だった。
足元の地面が、ぼんやりと青白く光っていることに気づいた。
「……なんだ、これ?」
目を凝らす。
それは、以前誰かが設置したまま放置されたと思われる、古びた魔法陣だった。
形からして、おそらく獲物を捕らえるための「拘束罠(バインド・トラップ)」の残骸だ。
魔力が切れかけていて、今は機能していない。
ただの光る落書きだ。
だが。
俺の目は、その魔法陣の「構造」に釘付けになった。
「……汚ねえ」
思わず、職業病が出た。
円の中に描かれた幾何学模様。
魔力を循環させるためのルーン文字の羅列。
この世界の人間にとって、魔法は「神秘」であり「感覚」で扱うものだ。
だが、「魔導構築」を持つ俺の目には、それがまったく別のものに見えていた。
ソースコードだ。
魔力の流れが変数。
ルーン文字が命令文。
円環構造がループ処理。
俺には、この魔法陣がプログラムのコードそのものに見える。
そして、目の前にあるこの罠のコードは、見るに堪えないほど非効率なスパゲッティコードだった。
『if (target == monster) start_bind』
『power = 100』
『wait 5』
無駄な記述が多い。
魔力のロスが激しい。
なんでここで条件分岐を二回もさせているんだ?
これじゃあMPを大量消費するだけで、大した拘束力も出ないはずだ。
「……あいつら、いつもこんな効率の悪い魔法を使ってたのか?」
グレンたちが使っていた魔法も、思い返せば無駄だらけだった。
詠唱という長いパスワードを入力し、大量のMPを消費して、やっと小さな火を出す。
そんなの、俺に言わせればバグだらけの欠陥プログラムだ。
ふと、俺の中に奇妙な高揚感が湧き上がってきた。
絶望?
いや、違う。
目の前に、修正すべきバグがある。
最適化できるシステムがある。
そして今、俺を邪魔する上司も、仕様変更を命じるクライアントも、横から口を出す馬鹿なリーダーもいない。
「……書き換えられる」
俺は震える指先を、青白く光る魔法陣へと伸ばした。
スキル「魔導構築」を発動する。
頭の中に、コードのエディタが展開されるような感覚。
俺は仮想のキーボードを叩くように、魔法陣の構造へ介入した。
無駄な詠唱プロセスを削除。
魔力循環のルートを最短経路に短縮。
外部からの魔力供給ではなく、大気中のマナを自動吸収するループ構造を追加。
ターゲット指定を「自分以外」に設定。
出力上限のリミッターを解除。
「最適化(リファクタリング)、開始」
指先が魔法陣に触れた瞬間。
消えかけていた頼りない光が、カッ! と強烈な輝きを放った。
『System Ready』
頭の中に、無機質なログが流れた気がした。
ガサガサッ!
茂みをかき分けて飛び出してきたのは、巨大な牙を持つウルフ型の魔獣だった。
レベルは20以上。
今の俺なら一噛みで即死する相手だ。
ウルフが涎を撒き散らしながら、俺に向かって跳躍する。
だが、俺は動かなかった。
逃げる必要なんてない。
だって、もう「システム」は稼働しているのだから。
「――実行(Enter)」
俺が小さく呟くと同時。
足元の魔法陣から、数百本の光の鎖が弾け飛んだ。
ウルフが悲鳴を上げる間もなく、その体は空中で幾重にも縛り上げられ、地面へと叩きつけられた。
あまりの拘束速度と強度に、ウルフの骨が砕ける音が響く。
「……すげえ」
MP消費はゼロ。
大気中の魔力を吸って勝手に稼働する、永久機関に近いトラップ。
俺が組んだプログラム通りに、魔法が完璧に動作している。
その光景を見た瞬間、俺の中で何かが音を立てて切り替わった。
社畜としての俺は、さっき死んだ。
ここからは、俺の番だ。
「……これ、もっと改良すれば」
自動で敵を倒し。
自動で経験値を回収し。
寝ているだけでレベルが上がる。
そんな夢のようなシステムが、作れるんじゃないか?
「やってやるよ」
暗い森の中で、俺は一人、獰猛に笑った。
「見てろよグレン、それに前の世界のクソ上司ども。お前らが必死に汗水垂らしてる間に、俺は指一本動かさずに最強になってやる」
これは、後に「大賢者」と呼ばれ、世界中の富と武力を独占することになる男の、最初の夜だった。
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