第7話 さかなのほん
朝ごはんを食べ終わると、パパとママは仕事に行った。これからはみおの時間だ。みおはパパから借りた雑誌を抱えて、自分の部屋に戻った。
「わ! なにそれ!」
ふぐの助が、雑誌の山を見て言った。
「魚の本。パパが貸してくれたの」
ベッドに寝転が って、みおはフグ特集の雑誌を開いた。見たことのないフグの写真が、いっぱい載っている。
「何が書いてあるの?」
「フグの写真がいっぱいのってる」
「みせて!」
「あとでね」
ふぐの助が跳ねたが、みおは無視して雑誌を読み込んだ。
この世界には、みおの知らないフグがたくさんいるらしい。三センチくらいの、世界で一番小さいフグは、アベニーパファー。一番大きいのは、ムブ。最大で百二十センチ以上になるらしい。他にも、全身に毛が生えていて、妖怪みたいな見た目のバイレイ。全身真っ赤なナイルフグ。マンボウみたいなブロンズパファー、などなど。それらに比べると、なんだかふぐの助は、つまらなく見えた。
ページをめくると、ふぐの助も載っていた。
「ふぐの助と同じフグがのってる」
「みせて!」
みおは無視して、ふぐの助のページを読んだ。インドトパーズパファー、別名マミズフグ。寿命は五年ほど。性格は、穏やか。……穏やか?
「ふぐの助って、おだやかなの?」
「そうだよ! 見ての通りでしょ!」
ふぐの助が跳びあがって、水槽のフタに頭をぶつけた。
「いたっ」
本に書いてあることが、全て本当だとは限らないらしい。
他のページには、水の換え方や、病気のこと。歯のお手入れの仕方などが書いてあった。なんでも、フグは放っておくと歯が伸びてくるので、ニッパーや爪切りなどで切ってあげないといけないらしい。
ごはんのあげ方のページもあった。フグの主なごはんは、さっきあげた乾燥エビ(クリルと呼ぶらしい)や、ドッグフードみたいな人口飼料、貝やアカムシなどらしい。
(ふぐの助って、ムシを食べるんだ)
みおは、またちょっと裏切られた気持ちになった。
パパが貸してくれた雑誌は、フグ特集の他にも、小型水槽特集やメダカ特集、初心者向けのレイアウト特集などがあった。みおは最初は頑張って読もうとしていたが、知らない漢字が多かったので、途中からは写真を眺めるだけにした。
「みお、今日は学校休みなの?」
ふぐの助が急に言った。みおはドキッとした。
「フグでも、学校とか知ってるんだ」
「失礼な! 当たり前でしょ。フグにも学校はあるんだから」
フグの学校。みおは学校なんか大嫌いだったけれど、フグの学校にはちょっと興味があった。
「フグの学校って、どこにあるの?」
「そりゃあ、川の中だよ」
「……インドの?」
「そう! スリランカとかにもあるよ」
ふぐの助が胸をはって(みおにはそう見えた)言った。みおは、フグ特集の雑誌をもう一度開いた。インドトパーズパファーは、インドの他にもスリランカやバングラデシュなどに住んでいるらしい。
「それで、インドの川の中の学校で、何をするの?」
「何って、勉強に決まってるだろ」
いちいち物の言い方がむかつくやつだな、とみおは思った。
「なんの勉強をするの?」
「そりゃもちろん、給食の食べ方や、かくれんぼの仕方だよ」
ふぐの助が、当たり前のように言った。かくれんぼの仕方や、給食の食べ方。なんだかそんな本を読んだことがあるような、とみおは思った。
「それで、インドの川の中の学校に通っていたのに、なんでお店で売られてたの?」
「ひどいこと聞くな! きみたち人間につかまったからに決まってるだろ」
「学校でかくれんぼの仕方を勉強したのに、つかまったの?」
「人には得手不得手があるの!」
ふぐの助がムッとして言った。魚のくせに、と言おうと思ったが、また怒られそうなのでみおは我慢した。
「……えてふえてって何?」
「得意不得意のことだよ。そんなことも知らないの?」
本当にいちいちむかつくやつだ。みおはそっぽを向いた。
「知らない。私学校行ってないもん」
「なんで?」
「しんどいから」
「ふーん。いつから行ってないの?」
「……四月からずっと」
「ずっと家にいるの?」
「そうだよ。悪い?」
「悪くはないよ。家で何してるの?」
「何もしてない。何かしなきゃだめ?」
「別に。あ、でもぼくのお世話はしてほしい!」
ふぐの助が、ぴょんぴょん跳ねながら言って、またフタに頭をぶつけた。
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