第6話 ごはん

 翌朝。みおは七時ちょうどに起きた。ふぐの助はまだ寝ているようだった。フグにはまぶたがないので目は開けたままだが、サンゴ砂にお腹をぴったりつけて、水槽のすみで小さくなっている。

 水槽の照明をつけると、ふぐの助がびっくりして、跳びあがった。


「うわあ! ……なんだ、みおか。びっくりさせないでよ」

「ふぐの助って、びびりね」

「うるさいなあ。人それぞれだろ」

「魚のくせに」

「うるさいなあ!」


 ふぐの助は、朝からうるさかった。今日もぷりぷり怒っている。でも不思議と、悪い気はしない。


「それより、お腹がすいたんだけど」


 ふぐの助がぶすっとして言った。そういえば、昨日から何も食べさせていない。


「ちょっとまってて。パパに聞いてくるから」

「アズ・スーン・アズね! アズ・スーン・アズポッシブル!」


 みおは無視して階段を下りた。パパはリビングで、コーヒーを飲んでいた。


「おはよう、みお」

「ねえパパ、あずすーんあずって何?」

「……急いで、すぐ、みたいな意味だけど……どうしたの?」


 パパはぱちぱちとまばたきをした。みおはちょっと考えた。何をしに来たのかを忘れてしまった。


「……違う! ごはん!」

「もうちょっとまってね」


 料理中のママが言った。ソーセージの焼けるいい匂いと、お味噌汁のコトコトという音がする。


「ちがう、そっちのじゃなくて、フグのごはん! パパ、もうあげてもいい?」


 パパは一瞬きょとんとしてから、ああと言って立ち上がった。


「ちょっと待ってね、とってくるから」


 そしてすぐに、パパは自分の部屋から、黒っぽい小さな缶を持ってきた。


「昨日買い忘れちゃったから、とりあえずこれをあげて」

「これなに?」

「エビを乾燥させたやつだよ。多分食べると思うから」

「わかった」


 缶を受け取ると、みおは足早に自分の部屋に戻った。後ろから、パパが「あげすぎちゃだめだよ!」と声をかけた。


***


「持ってきたよ」

「はやく! はやく!」


 ふぐの助は焦れたように水面でばたばたした。みおは缶をあけると、中から干からびたエビを一つ取り出して、そっと水槽に入れた。瞬間、ふぐの助が物凄い勢いでエビに食らいついた。ざくざくと噛む音がする。よく見ると、ふぐの助には歯が生えていた。


「あなた、歯があるのね」

「みおにだってあるだろ! おかわり!」


 ふぐの助が、また水面でばたばたした。みおは、ちょっとだけだよと言って、エビをもう一つ水槽に入れた。また、ふぐの助が物凄い速さで食らいついた。ふぐの助の白いお腹は、みるみるうちに妊婦みたいに大きくなった。


「おかわり! おかわり!」

「もうだめ」


 ふぐの助が、水槽に顔を押し当てて抗議した。歯がむき出しになって、変な顔になっている。ちょっと面白かったが、みおは無視して、自分も朝ごはんを食べるためにリビングに向かった。


***


 朝ごはんは、白ご飯と、お味噌汁と、目玉焼きとソーセージだった。ママは、味噌汁にやたらと具を入れる。今日は、かぼちゃと玉ねぎとしめじが入っていた。正直、みおはママの味噌汁が苦手だった。なんで甘くするのか、意味がわからない。


「みおは、今日は何をするの?」


 ママはしょっちゅうこの質問をする。みおはうんざりしていた。何って、絶対何かしないといけないのか。でもそっか、今日は月曜日だから、普通は学校に行くもんな。それでもやっぱり、みおはうんざりしていた。色々なことに、うんざりしていた。


「わかんない。何もしない」


 みおがそっけなくそう言うと、パパが突然立ち上がって、出て行った。そして、いなくなったかと思うとすぐに、大量の雑誌を抱えて戻って来た。


「みお、もし時間があったらでいいから、読んでみてくれないかな」


 それは、魚の雑誌だった。月刊あくありうむと書いてある。時間がないわけがないので、みおはとりあえず全部受け取った。ママが何か言いたそうにしていた。


「ちょっと難しいかもしれないけど、魚のことがいっぱい書いてあるから。あ、これとこれはフグ特集の回だから、とくにおすすめ」


 パパが楽しそうに言った。ママはものすごく何か言いたそうにしていた。

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