第4話 おむかえ
一週間が経った。みおとパパは、また車で二十分ほどかけて、あくあしょっぷに向かった。
「お、きたね」
店長さんが笑顔で迎えてくれた。今日も魚柄のTシャツだ。みおはちょっとおじぎをしてから、フグの水槽に駆け寄った。フグも笑顔でこちらを見ていた。
店長さんはパパとなにやらやりとりすると、店の奥から小さい網を持ってきた。そして、水槽のフタをあけて、網を入れた。するとばしゃっと音がして、水槽から水が飛び出た。フグが跳ねたのだ。
「こいつはびびりなんだよ」
びっくりしているみおに、店長さんが言った。フグは一生懸命、水面を蹴っている。ぱしゃぱしゃと水が落ちる。フグもびっくりしているのだ。
店長さんは、フグを網で上手にすくうと、水の入っている袋に入れた。そこに、細い透明な棒を差し込んで、ぼこぼこと空気を入れ、慣れた手つきで、輪ゴムできゅっと口をしばった。そして、袋を新聞紙で包み、レジ袋に入れて、みおに手渡してくれた。
「仲よくしてあげてね」
「うん」
受け取った袋は、ずっしりと重かった。
***
家に帰ると、みおは急いで自分の部屋に向かった。レジ袋から包みを取り出して、新聞紙をびりびりと破ると、フグがびっくりしてばたばたした。
そして、フグを水槽に入れようとしたところで、追いかけて来たパパに止められた。
「まってまって、まだダメだよ」
「え?」
またなのか、と思った。また待たないといけないのか。みおは、自分の水槽でフグが泳いでいる所を、少しでも早く見たかったのだ。
「いきなり水に入れたらびっくりしちゃうよ。みおだって、プールに入る前は準備運動をするでしょ?」
みおはちょっと考えた。確かに、冷たいプールにいきなり入ると、身体がびっくりするから、先にシャワーをあびたり、心臓を叩いたりする。
「だから、まずは水あわせを行います」
パパが言った。待った待ったばかりで、みおはげんなりしてきた。
***
水あわせというのは、この水槽の水に、フグが慣れるための準備運動らしい。まず、袋のままフグを水槽に浮かべる。このまま三十分。袋の中の水温と、水槽の水温を合わせるためらしい。
三十分後、袋を開けて、中の水ごとフグをバケツに入れる。暴れるかと思ったが、意外とフグは大人しかった。水を少し捨てて、代わりに水槽の水を入れて、待つ。バケツの水を捨てて、また水槽の水を少し入れて、待つ。この繰り返し。みおはやきもきしていたが、フグは怯えるみたいにじっとしていた。
四回ほど繰り返して、水槽の水にフグが十分馴染んでから、やっとお引っ越しだ。パパが自分の部屋から魚用の小さな青い網を持ってきた。みおは自分でやりたかったのだが、危ないからと止められてしまった。
パパが網でフグをすくって、そっと水槽に入れる。みおはどきどきしていた。
フグは新しい水槽に、ちょっと戸惑っているようだった。じっと水中に佇んで、不安げにみおを見上げている。
「……」
そして、おそるおそる泳ぎ始めた。右から左に。左から右に。三十センチの狭い水槽の中を、いったり来たり。サンゴ砂を口でつっついてみたり、トンネルの中を覗き込んでみたり。
フグは新しいおうちを、あっという間に受け入れた。みおの口から、ほうっと息が漏れた。
もっとよく見ようと思って、みおは水槽にぐっと顔を近づけた。するとその途端、フグがばしゃっと音を立てて、水槽から飛び出した。
「えっ、え」
みおがびっくりしていると、パパが物凄い速さでフグをすくって、水槽に戻した。
「ごめんごめん。言い忘れてたけど、フグはよく跳ねるから、ちゃんとフタをしないとダメだよ」
パパが言った。けれど、みおはショックでそれどころじゃなかった。まだ心臓がばくばくしている。
「……いやだったのかな」
新しいおうち。新しいお部屋。もしかしたらフグは、嫌だったのかもしれない。その気持ちは、みおには痛いほどわかる。新しい場所は、とてもしんどい。
ざざ、ざざ。心の中で、さざ波が立った。
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