第10話 雇われる側から、選ぶ側へ

使者が来たのは、夜だった。


《アイギス・コントラクターズ》の名を正確に呼び、

俺の名前を指定し、

しかも護衛を伴っていない。


――素人じゃない。


「他国の者だな」


俺がそう言うと、使者は小さくうなずいた。


「正式な国名は伏せさせていただく。

 だが、我々は――あなた方を“脅威”ではなく、“資産”として評価している」


率直すぎて、逆に信用できる。


提示された条件は破格だった。

長期契約。

作戦裁量の完全委任。

そして、技術に対する不干渉。


「……ずいぶんと、踏み込んでるな」


「踏み込まねば、他国に奪われる」


正直だ。


俺は条件書を畳み、こう答えた。


「今は、受けられない」


使者の眉がわずかに動く。


「理由は?」


「人が足りない。

 今の規模じゃ、国の仕事は請けられない」


嘘ではない。

《アイギス》はまだ小さすぎる。


使者は少し考え、言った。


「では――拡大する気は?」


その一言で、俺は確信した。


もう、俺たちは“選ばれる側”じゃない。

選ぶ側に立ち始めている。


翌日、俺は全員を集めた。


「人を増やす」


短く告げる。


ざわつきが走る。


「条件は三つだ」


俺は指を立てる。


「指示を聞ける。

 秘密を守れる。

 そして――金のために引き金を引ける」


英雄志願者はいらない。

覚悟のある人間だけだ。


募集は水面下で行った。

脱走兵、元傭兵、追放された魔法使い。

腕はあるが、居場所を失った連中。


選別は容赦なく行った。


一週間後、

《アイギス》の人員は三倍になった。


まだ粗い。

だが、使える。


「これで、ようやく“会社”だ」


そう呟いた、その夜。


正面から、客が来た。


見張りが緊張した声で報告する。


「……一人です。

 武器は携行。

 だが、敵意はありません」


俺は、すぐに分かった。


会議室の扉が開く。


そこに立っていたのは、

あの時、影から現れた男だった。


今度は、隠れない。


「よう。改めて名乗ろう」


軽く手を挙げ、笑う。


「前の世界じゃ、

 俺もPMCだった」


やはりな。


「所属は?」


「もうない。

 だから――今は個人だ」


俺は、銃に手をかけたまま聞く。


「用件は?」


男は真っ直ぐ俺を見る。


「合流か、敵対かを決めに来た」


空気が張り詰める。


「お前が火薬に手を出したと聞いた。

 それで確信した」


一歩、前に出る。


「この世界の戦争は、

 もう俺たちの知ってる戦争になる」


――同じ地獄を見てきた目だ。


「俺は、戦争を終わらせたい」


男はそう言った。


「お前は?」


俺は、少しだけ考えてから答えた。


「俺は――

 管理したい」


沈黙。


そして、男は笑った。


「いいな。

 なら、話はできそうだ」


こうして――

二人目の元PMCは、

正面から《アイギス・コントラクターズ》の前に立った。


戦争は、

個人の時代を終え、

プロ同士の時代へ入ろうとしている。

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