第1話 異世界の戦争は、準備不足だった

最初に理解したのは、

――ここは「突撃していい状況」じゃない、ということだった。


俺の目の前では、鎧姿の兵士たちが叫び声を上げながら敵陣へ突っ込んでいく。

陣形は崩れ、統制は取れていない。後方からの支援もなく、指揮官の姿すら見当たらなかった。


……悪い冗談だ。


俺は草むらに身を伏せたまま、戦場全体を観察する。

敵味方の数、装備、地形、進行方向。

身体が勝手に、かつての仕事のやり方を思い出していた。


「前線が厚すぎる。後方はがら空き……補給線も守ってないな」


言葉に出して、ようやく自覚する。

俺は生きている。そして――また戦場にいる。


魔法が飛び交っているのは分かる。

だが、それ以上に目につくのは、致命的な“準備不足”だった。


敵軍は森の奥に布陣しているが、斥候を出していない。

こちらは数で劣っているのに、正面衝突を選んでいる。

撤退経路の確保も、負傷兵の回収計画も、何一つない。


戦争を、勢いでやっている。


その時だった。

俺のすぐ近くで、爆発音が弾ける。


「うわああああっ!」


若い兵士が吹き飛ばされ、地面を転がる。

致命傷ではない。だが、このまま放置すれば死ぬ。


俺は反射的に動いていた。


負傷兵を引きずり込み、物陰に隠す。

止血。固定。呼吸確認。

異世界だろうが、人体の構造は大差ない。


「……助かる、のか?」


震える声で兵士が聞いてくる。


「動くな。生きたいなら、黙って指示を聞け」


俺はそう言い切った。

この場に、判断できる人間が俺しかいない。


周囲を見渡す。

味方は押され始めている。

このままでは、十分もしないうちに崩壊する。


――だったら。


俺は小さく息を吸い、声を張り上げた。


「前に出るな! 盾持ちは横に展開! 弓兵は俺の合図まで撃つな!」


兵士たちが一瞬、きょとんとした顔でこちらを見る。

当然だ。俺は見知らぬ男で、階級章もない。


だが、戦場では迷いが一番の敵だ。


「突撃を止めろ! 森に誘い込まれるぞ! 後退しろ!」


次の瞬間、敵の矢が森から降り注いだ。

さっきまで突っ込んでいた兵士たちは、俺の言葉で足を止めていたおかげで、致命傷を避けられた。


ざわめきが広がる。


「……当たってる」

「今の指示、正しかったぞ」


俺は続けて指示を出す。

射線を整理し、盾を壁にし、弓兵に集中射を命じる。


戦況が、わずかに傾いた。


この世界の戦争は、技術が足りないんじゃない。

知識と経験が、決定的に欠けている。


なら――


「聞け!」


俺は戦場の中心で叫んだ。


「俺は傭兵だ。戦争のやり方を知っている。

 生き残りたいなら、俺の指示に従え!」


一瞬の沈黙。

だが次の瞬間、誰かが叫んだ。


「指示通りに動け!」


それを皮切りに、兵たちの動きが揃い始める。


俺は確信した。


この戦争は、勝てる。

正しく準備すれば、正しく指揮すれば。


そして同時に、こうも思った。


――個人で戦っても、限界がある。


必要なのは、部隊だ。

訓練された兵士と、命令系統と、補給。


戦争を終わらせるには、

戦争を“仕事”として扱うしかない。


異世界の戦場で、俺は静かに決意する。


ここに――

俺の傭兵会社を作ろう。

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