第2話 契約は、戦いの後に結ばれる
戦いが終わった時、戦場に残っていたのは、
勝利の歓声ではなく――沈黙だった。
折れた槍。砕けた盾。
そして、倒れたまま動かない兵士たち。
俺は戦場を歩き、負傷者の確認を続けていた。
誰が生きていて、誰がもう戻らないのか。
それを確認するのも、戦争の一部だ。
「……助かりました」
声をかけてきたのは、第一話で止血した若い兵士だった。
顔色は悪いが、命に別状はない。
「お前は運が良かった。それだけだ」
そう答えると、彼は首を振った。
「違います。
あなたがいなかったら、俺たちは全滅してました」
周囲の兵士たちも、黙ってうなずく。
俺は苦笑した。
戦場で感謝されるのは久しぶりだ。
しばらくして、指揮官らしき男が近づいてきた。
年の頃は四十前後。鎧は立派だが、戦場慣れはしていない。
「……君が、途中から指示を出していた人物か」
「ああ。勝手に口出しした。文句があるなら後で聞く」
正直に言う。
下手な言い訳をするつもりはなかった。
だが、指揮官はため息をつき、深く頭を下げた。
「礼を言わせてほしい。
君がいなければ、この戦は負けていた」
予想外の反応だった。
「……あんた、現場を任せる判断が遅い」
思ったことをそのまま言う。
周囲がざわついたが、指揮官は黙って聞いていた。
「斥候不足。補給軽視。突撃偏重。
兵は勇敢だが、使い方を間違えてる」
沈黙が落ちる。
「だが――」
俺は続けた。
「兵は悪くない。
教えれば、使えば、ちゃんと戦える」
指揮官はしばらく黙り込み、やがて口を開いた。
「君は……何者だ?」
この質問には、答えを用意していた。
「傭兵だ。
前の世界でも、そうだった」
異世界だろうが、肩書きは変わらない。
指揮官は俺をじっと見つめ、やがて低い声で言った。
「……正式に、我が軍に協力してもらえないか」
その言葉を聞いた瞬間、俺は首を振った。
「無償はやらない」
場の空気が一瞬で凍る。
「俺は善人じゃない。
戦争は仕事だ。契約がなければ、引き金は引かない」
だが、指揮官は怒らなかった。
むしろ、納得したようにうなずいた。
「……条件は?」
「報酬。権限。裁量。
現場判断は俺に任せる。
それと、兵の訓練と部隊編成に口を出す権利」
即答だった。
しばらく考え込んだ末、指揮官は言った。
「すぐに全ては無理だ。
だが――試用期間としてなら、認めよう」
悪くない。
「じゃあ契約成立だ」
俺は手を差し出した。
この瞬間、俺は理解していた。
個人として雇われるのは、ただの始まりに過ぎない。
必要なのは組織だ。
俺一人では、戦争は変えられない。
「次の戦までに、やることがある」
「何だ?」
「兵を集める。
使える奴だけで、部隊を作る」
指揮官は、少しだけ笑った。
「……君は、本当に傭兵だな」
「それが仕事だからな」
夕暮れの戦場で、俺は空を見上げる。
異世界の空は、やけに静かだった。
だが、戦争はまだ終わっていない。
そして俺は、
この世界で初めて――雇われた。
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