1話
たとえ真夜中だとしても、名古屋イチの繁華街である栄の一角なのだから、営業中の店は幾つもあるし、行き交う人たちの姿も多い。とはいえ、東名阪と括られはするけれど圧倒的に都市としての規模が大きい東京や大阪の繁華街と比べたら、寂しい光景なのだろう。
それでも、この光景を綺麗だね……と褒めた女性がいた。
そのときのカノジョの横顔を、
美しい表情だった。濡れたような瞳に街の灯りが散っていて、目が離せなかった。
この光景は平和の象徴だね。
だから、いつまでも続くように、護らなきゃ。
そう言って、こちらを見上げるように首を傾げ、カノジョは笑ってみせた。
覚えている。
忘れはしない。
カノジョの声、カノジョの表情、カノジョの想い、それらすべてが道標なのだから。
「――ルカさぁ~ん、トイレから戻りましたぁ~」
背後で、「緊張のせいかお腹痛くなってきましたぁ!」と言ってトイレへ走っていった今の相棒の呼ぶ声がした。
六階建ての雑居ビルの屋上の縁にいた流果は、煌めく都市に背を向ける。
正面、屋上中央辺りに立ってこちらに両手を振っている相棒の許へ、大股で向かう。
「対邪組織【陽光】、中部支部所属、一級巫女、百合乃流果さん」
相棒の許へ着くやいなや、元々そこにいた神主姿の男性が話しかけてきた。
「はい」と短く、淡々と返しながら、流果は顔を向ける。
神主は、ついで、相棒のほうへと顔を向けた。
「同じく中部支部所属、三級巫女、
「はいはぁ~い」
相棒――日輪が、そうする意味などまったくないだろうに、その場でぴょんぴょこ跳びはねながら答えた。サイドテールに結んでいる、白に近い金色の髪の毛先が揺れる。
いちいちリアクションが大きいのが、流果にとってのこの相棒の難点だ。あとは胸がやたらと豊かなところと、露出が多いというか派手というかギャル系のファッションなところも、受け入れられない。
しかし、優しい子で、善人だ。今はもう人としても、仲間としても信頼している。
「これより、この
「了解しました」
「りょ~、まっかせて~」
流果は、すでにそこにあることはわかっているソレに、身体の正面を向ける。
正面、屋上の足場から五メートルほど上に、赤黒い穴が開いている。
ぽっかりと、宙に穴が開いているのだ。
その穴からは、時折、ゴボッ、ゴボボッ、と赤黒いヘドロのようなのものが吐き出されている。そのヘドロのような何かは、屋上の足場に到達すると、赤黒い煙を立たせながら消えていった。その場に残りさえすれば、然るべき手段で採取し、然るべき手段で研究することもできるのに。一度は存在したものであれば、姿形が変わろうと、この世から完全に消え去ることはできないものだ。質量保存の法則。いや、それはこの世の法則。適応されない。
「聖なる光よ、応えたまえ」
唱えた流果の全身が、淡い光に包まれた。
光は急速に強まっていき、やがて弾けて消える。
現れたカノジョは、肉体も、装いも、随分と変わっていた。
まず、その肉体。
黒のショートボブだった髪は、薄青色のロングヘア―になっていて。
その眉、まつ毛も、髪と同じ薄青色になっている。
さらに、その双眸、その瞳の色もまた、薄青色だ。
そして、装い。
黒のバイクジャケットに薄青色のデニムパンツという恰好だったのが、今は千早も纏った由緒正しき巫女装束に近しいものになっている。ただし、白と緋という組み合わせでなく、白と薄青という色合いだ。正規のものではない。見れば、白衣や袴の形も違う。
足元も、黒のライディングシューズから、薄青色の
本職の者が見れば、明らかなコスプレ衣装だと思うに違いない。
神聖さだけでなく頑固さも備えた者であれば、「侮辱だ!」と怒りもするだろう。
けれど、流果の着るこの装束は、今の世、正統な巫女装束以上の神聖さを持つ。
現実に、人間を喰らい、この世の脅威となっている邪な存在と戦う者の装束なのだから。
ただ、様々な分野で、伝統だとか古典だとか言われる「由緒ある事象・事柄」が好みであり、後世に残すために大事にすべきという考えを持つ流果自身は、もっとどうにかならなかったのか……と、呆れたというか嘆いたこともあった。
もちろん、それもこの力を得たばかりの頃の話で、今となっては慣れてしまったのだが。自分でどうにかできるものでもないから諦めている……と言い換えてもいい。
「聖なる光よぉ、応えたまぁ~えぇ~」
自分なりのリズムをつけて、日輪も唱えた。
瞬間、カノジョも光に包まれ、やがて弾ける。
現れたカノジョも、流果と同じく変化していた。
その髪は、白金色のサイドテールだったのが、濃緑色の長髪になっている。
そしてその眉、まつ毛、さらに両の瞳も、同じく濃緑色に。
装いも、色が違うだけで、形は流果と同じだ。元の、ピンクのブラウスに黒のレザージャケット、それに黒のレザーのミニスカートという服装から、濃緑と純白を基調にした装束に変わった。足元は、黒の厚底のダッドスニーカーから、濃緑の浅沓になっている。
二人揃って、こうしてパッと他者から見える部分で唱える前と変わっていないのは、肌の色くらいだ。その装束に隠れている部分がどうなっているのかは、当人たちにもわかっていない。この姿に変身しているとき、その装束だけを脱ぐことができないからだ。
この装束は、ゲームで言うところの、装備品のようなもの。
着たままか、完全に脱ぐかの二択しかない。
着たままズラす……半分脱ぐ、みたいなことは、今のところ成功したことがなかった。
「それでは、行ってきます」
「行ってきまぁ~す」
流果が神主の男に軽く頭を下げ、日輪は快活に右手を振って別れを告げる。
二人の乙女たちは、宙に浮かぶその赤黒い穴――時折、赤黒いヘドロのような半固形物質を吐き出している穴に向かって、軽やかに跳んだ。
「どうか人類の平穏のため。邪なる獣を討滅してください、巫女様」
神主の言葉を背中に聞きながら、流果と日輪は穴の中へと姿を消した。
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