第26話 乱戦

 


 —— テスター生活13日目 テストダンジョン1階層 マイルーム 真田 夜雲——




 朝起きてシャワーを浴び、昨夜10発も出したのに朝勃ちをする息子に呆れつつ歯を磨き髭を剃る。


 そして朝食セットを買いミラノサンドっぽい物を2つ口に運び、読みかけのマンガを読みながらコーヒーを飲む。


 そこでふと前回休んでから6日が経ってる事に気がついた。


「いかんな。3日か4日に1回休む予定だったんだが」


 ついつい探索に夢中になって忘れていた。


「よし、今日4階層の守護者部屋を見つけようが見つけられまいが明日は休みにしよう」


 見つけられればキリが良いんだがなと思いつつ、明日は休むことを決めた。


 帰ったらJCロリサキュバスのために、何かマンガを見繕ってやるかなどと考えながら装備を身につけていく。


 そして腰に付けている革製のポーチの中身を確認する。


 中には穴を開けたコルクに差し込まれているポーションが3本ある。


 最初は布切れで巻いて緩衝材にしていたのだが、戦闘中に割ってしまったことがあってコルクを買い穴を開けてそこに差し込めるようにした。


 ポーションの予備や、宝箱から手に入れた際に保管するリュックのポケットには布しか入れてない。戦闘時にはリュックは下ろすので、割れることはないだろうという判断からだ。


 ポーチに4等級ポーション1本と5等級ポーション2本あるのと、リュックのポケットに5等級の魔力回復ポーションが2本入っているのを確認した俺はマイルームを後にする。


 広場を横目にダンジョンの入り口へ向かう途中、泉で顔を洗っている生徒たちの姿が視界に入る。


 怪我が治った奴が増えてきたな。


 ホーンラビットの突進を受け、腕を骨折して首から三角巾で吊るしていた者の姿が減っている。


 1階層の守護者部屋の宝箱から4等級のポーションを手にいれたか、パーティの皆で少しずつ魔石を貯めて購入したか。


 こういう大怪我をした時にはパーティの存在はありがたいな。4等級ポーションは1万DPと高いが、5人で割れば1人2,000DPで済む。それでも俺は一人の方がやりやすいが。


 そもそも信用できない人間と一緒に戦うなどご免だ。命がかかっているんだ。子供の頃から共に過ごし戦っていた昔の仲間たちならともかく、それほど付き合いのない人間と一緒に戦うなどソロでいるよりリスクがある。


 昔の仲間か……



 《ヤクモ、ここでお別れだ。生きてニホンに帰れよ》


 《お前と同じ分隊でよかったよ、でなきゃとっくに死んでた。感謝するぜヤクモ、元気でな》


 《途中で変な女に引っかかって帰れなくなるなよ? またいつかどこかでなヤクモ!》


 《引っ掛からねえよアホ、お前らも捕まらずに故郷に帰れよ! じゃあな穴兄弟!》



 泉の周囲で馬鹿騒ぎしている生徒たちの姿を見ていると、政府軍との最後の戦いの時に別れた分隊の仲間たちを思い出す。


 アイツらは今頃どうしているのかね。


 俺と同じく生き汚い奴ばかりだ。簡単にくたばったりはしていないと思うが。


 まあ今の俺よりはマシな環境でいるのは確かだな。まさか二度も拉致られるとはな。


 そんな数奇な自分の人生に苦笑しつつ、俺はダンジョンへと入るのだった。



 §



「チッ、ここもハズレか」


 俺は焼け焦げた小広場の床を歩きながら愚痴を吐く。


 2つ目のモンスターハウスを潰したが、残ったのは宝箱が3つ。それも木の宝箱だ。


「俺以外絶対にこんなことしないだろうな」


 リスクとリターンが釣り合わなさすぎる。


「木の小盾に棍棒に銅貨ね……クソがっ!」


 さらに追い討ちをかけるように宝箱の中身は見事にハズレだった。それが余計に苛立たせる。


「残り魔力は半分と少しか」


 4階層に来て少ししてから5等級の魔力回復ポーションを飲み、回復速度を2倍にしながらモンスターハウスを攻略して来た。それでも魔力を結構使ってしまった。


「最初のモンスターハウスで余計に使ったのが響いてるな」


 奇襲は成功した。しかし思っていたよりファイアーボールでコボルトを巻き込めなかったため、ウィンドカッターを多用してしまった。そのせいで昨日潰したモンスターハウスよりも多くの魔力を使った。


 たった今潰した2つ目のモンスターハウスは上手く処理できたが、あと二つあるモンスターハウスを潰したら魔力がなくなりそうだ。そうなると、たとえ隠し通路を見つけたとしても守護者との戦いは厳しい。


 隠し通路が見つけられなかったら、それはそれで落ち込むが。


「とりあえず昼飯食ってから次のモンスターハウスを潰すか」


 文句を言ってもモンスターハウスの中以外に調べていない場所はない。なら潰す以外の選択はない。


 俺は倒したコボルトの魔石を拾うのを後回しにし、先に昼休憩を取るのだった。



 それから焼肉弁当を2つ平らげ腹を休めた後、そろそろ5等級の魔力回復ポーションの効果が切れる時間なので追加で1本飲む。


 そして小部屋の方々に散らばっている魔石を拾い集めた。


 魔石を拾っていると、一つだけ色と大きさの違う魔石を見つけた。


「なんだこれ?」


 その魔石はビー玉より少し大きい赤い半透明の丸い魔石だった。


「ん? 虫?」


 丸い魔石の中には、虫みたいなものがいるように見えた。


 赤い琥珀か何かかと思い、ペンライトを取り出しその光を魔石に当てて覗き見る。


「コボルト?」


 虫だと思っていたのは、魔石の中で体育座りをしているコボルトだった。


「なんだこれ? 何かのアイテムか?」


 飴玉には見えないし、たとえそうであってもこんなもの舐めたくはない。


「帰ったら調べてみるか」


 魔水晶の機能にアイテム鑑定というものがある。


 武器防具を置いても反応はせず、ポーションだけしか鑑定しない代物で今まで使う機会がなかった。まあ武器防具はアイテムではないという区分けだから当然と言えば当然の結果だが。


 だがこのデカいビー玉はアイテムなんじゃなかろうか? それなら魔水晶で調べられるはずだ。


 フィギュアのような観賞用でコレクションするだけの物の場合もあるが、今まで千匹近くコボルトを倒して来たがこんなアイテムがドロップしたことはなかった。きっとレアアイテムのはずだ。


 であれば高く売れるかもしれない。


 俺は帰ってから鑑定するのを少し楽しみにしつつ、モンスターハウスを出るのだった。



 それから、5つあるモンスターハウスのうち、走って1時間ほどの場所にある4つ目のモンスターハウスにたどり着く。


 奇襲を成功させるためにそっと中を覗く。


「ん? なんだか数が多くないか?」


 中を覗くとコボルトの数が明らかに他のモンスターハウスより多かった。


 30ちょいはいるか? それに小広場も広くなっているな。


 前にここを通った時は、3階層の時のような偽装モンスターハウスじゃないか確認するだけで中を軽く覗いた程度だった。コボルトがいるかいないかだけ見てスルーしていた。


 しかしよく見るとコボルトの数は10匹以上多く、小広場の広さも10メートル四方から15メートル四方くらいに広くなっているのがわかる。


「当たりか?」


 他とは違うモンスターハウスというのは怪しい。


 しかし30匹超えか。


 残り全ての魔力を使う気でいけばイケるか?


 さすがに今回は無傷とは行かない気がする。


「フゥ……覚悟を決めるか」


 モンスターハウスが2種類あるだけの可能性もある。ここで魔力を使い切ったら最後のモンスターハウスを潰す魔力が残らないかもしれない。


 様々な疑念や不安が脳裏をよぎるが、俺はこのモンスターハウスが当たりだと自分に言い聞かせそれらの不安を払拭した。


「よしっ! 身体強化!」


 覚悟を決めた俺は身体強化魔法を発動し亀裂の中へと飛び込む。


 そして3発分の魔力を込めたファイアーボールを部屋の三方向へ撃てるだけ撃ちまくった。



 それから20分後



 小広場には30匹を超えるコボルトの死体と魔石が転がっていた。


「ハァハァハァ……あーあ、歯形がついちまった」


 そんな小広場の中央で、俺は肩で息をしながら右手の籠手にあるコボルトの歯形を見て顔を顰める。


 さすがに被弾なしとはいかなかった。革鎧には爪の跡が複数あり、守衛服のズボンもふくらはぎの所を噛まれて穴が空いた。コボルトを殴りすぎたせいか、鉄の盾の表面もボコボコだ。


 ズボンを貫通したコボルトの牙により、ふくらはぎが少し痛むが出血はしていないようだ。


 どうやら俺の皮膚も強化されているみたいだな。性欲といい筋力や耐久力といい、だんだん人間離れしてきている気がする。


 まあ被弾はしたが30匹以上を相手にこの程度で済んだのだから上々の成果だろう。


「しかしファイアーボール様様だな」


 正直ファイアーボールの魔法がなかったら、モンスターハウスに手を出そうとは思わなかっただろう。それだけ初手で大幅に数を減らしてくれた。


 このモンスターハウスも初手で、魔力3倍ファイアーボールの連発で15か16匹は戦闘不能にできた。


 まあその後が大変だったが。


 20匹までは無傷で戦えていたんだがな。残りの10匹以上が一斉に襲いかかって来たのには参った。間合いを詰められてからは乱戦になって魔法を使う暇がなかった。おかげで革の鎧もコボルトの爪痕だらけになっちまった。


 が、苦労した甲斐は少しはあった。なぜなら小広場の奥に銅色に輝く宝箱があったからだ。


 開けるのを楽しみにしつつ魔石を広い集める。そして小広場の隅々まで確認する。


 しかし隠し通路は見当たらなかった。


「ここもダメか。コボルトが多いのは宝箱が銅だったからか」


 木の宝箱3つよりは良い。


 しかし残るモンスターハウスは一つだけだ。どうも望み薄になってきた現状にゲンナリしつつ、銅の宝箱へと向かい中を開ける。


「鉄の盾か」


 銅の宝箱の中には直径1メートル、幅60センチほどの鉄製の盾が入っていた。


 俺が使うには少し大きいな。


 今装備している鉄の小盾は直径60センチ、幅40センチほどだ。長さが倍近く違うと取り回しが悪くなる。


「おっ、4等級ポーションと、この瓶の装飾と色の濃さは4等級魔力回復ポーションだな。これは嬉しいな」


 とりあえず持って帰るかと鉄の盾を宝箱から取り出すと、その下に2本のポーションがあった。1本しか所有していなかった4等級ポーションと、初めて手に入れた4等級魔力回復ポーションに頬が緩む。


 俺は宝箱からポーションを取り出す。


 その時だった。


 突然宝箱の後ろの床がガコンッという音を立て開いた。


「うおっ! なんだ!?」


 突然すぐ目の前の床が抜けたことに驚き後ろへと飛び退く。


 しかし宝箱の前の床が抜けることはなかった。


 恐る恐る宝箱の裏の抜けた穴の中を覗くと、そこには階段が存在していた。


「隠し通路じゃなくて隠し階段か」


 ここにきて王道の階段が現れるとはな。


 まあ間違いなくここを降りた先に守護者がいるんだろう。


 モンスターハウスに守護者部屋に繋がる通路があるという読みは当たっていたということか。


 これ最悪5つ全部のモンスターハウスを潰さなきゃ、見つからないギミックだったってことかよ。


 つくづく楽に攻略をさせてくれないダンジョンだな。


 まあこれでこの4階層ともお別れだ。明日は気持ちよく休めそうだ。


 残り魔力を確認する。4分の1ちょっと残っている。


 不幸中の幸いともいうべきか、乱戦になったおかげで魔力の消費はそれほどでもなかった。


 時間もまだ午後2時だ。


「やるか」


 油断はしない。だが負ける気もしない。


 そう気持ちを引き締めた俺は階段へと足を踏み入れるのだった。


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