第21話 3階層守護者

 


 —— テストダンジョン3階層 真田 夜雲——



 偽装モンスターハウス内の通路を音を立てないようしゃがみながら少しずつ進む。


 高さはないが横幅がそこそこあるため、2階層の時のように革鎧や籠手を擦らずに済んでいる。


 5メートルほど進み出口と思われる手前で止まり外を覗き見ると、そこは小広場になっていた。


 その小広場の奥には黒い門があり、その周囲に複数のコボルトの姿があった。


 よしっ! よしよしよしっ!


 予想通り守護者部屋だったことに内心で快哉を叫ぶ。


 だが数が多いな。それにあの個体……


 コボルトの数は5体。4体は通常のコボルトだが、1体は普通のコボルトより一回り大きい上に筋骨隆々だった。毛皮の上からでも腹筋が割れているのがわかるほどだ。


 あれが守護者だろう。強そうではあるが、所詮はコボルトだし倒せないことはない。


 魔法は……10発以上は撃てるな。なら奇襲で数を減らして身体強化でいけるだろう。


 十メートル以上離れているおかげか、幸いコボルトたちはこちらに気付いていない。魔法で奇襲して数を減らせば、あとは身体強化でなんとかなるはずだと頭の中で計算する。


 よしやるかっ!


 奇襲を掛けることにした俺は身体強化を発動。


 そしてリュックをその場に下ろしてから小広場へと躍り出ると即座に魔法を放つ。


『ウィンドカッター』 『ウィンドカッター』 『ウィンドカッター』 『ウィンドカッター』『ウィンドカッター』


 立て続けに放たれた5発のウィンドカッターの不可視の刃は、突然現れた俺に驚き棒立ちになっていたコボルトたちへと襲い掛かる。


『『『ギャッン』』』


 不可視の刃は2匹のコボルトの胸や足。そして2匹のコボルトの腕にヒットした。中央の守護者と思われるコボルトには当たらなかった。


「チッ、遠かったか」


 2匹しか戦闘不能にできなかったことに舌打ちする。


 続けて放とうとするが、中央にいた守護者。コボルトリーダーとでもしておくか。そのコボルトリーダーが腕を負傷しただけの残りの2匹に指示を出すと、その2匹は左右に大きく広がった。


 それと同時にコボルトリーダーは中央を真っ直ぐ俺へと向かってくる。左右に広がったコボルトも駆け出し、俺を挟み打ちにするつもりのようだ。


 速い!


 当たるか?


『ウィンドカッター』


 正面から向かって来るコボルトリーダーへウィンドカッターを放つが、大きく斜め前に跳躍され避けられた。


「チッ、上等だ!」


 魔法をあきらめた俺は、迎え撃つべくマチェットを構える。


 次の瞬間、コボルトリーダーの爪とマチェットがギンッという音を響かせぶつかる。


 爪攻撃を防がれたコボルトリーダーは、即座にもう片方の腕を振り上げるが俺は前蹴りをして後方へと吹き飛ばす。


 しかしその隙を逃さないと言わんばかりに、遅れて追いついてきたコボルトが左右から爪攻撃を放ってきた。


 俺は冷静に左側の攻撃を盾で受け、右から襲ってくるコボルトへ至近距離からウィンドカッターを放つと首が飛んだ。


 次に盾で爪を防がれたことで、今度は噛みつこうと距離を詰めてきた左側のコボルトの頭へマチェットを振り下ろした。


『ギッ』


 マチェットはコボルトの頭をかち割り、コボルトはその場に崩れ落ちた。


 そして俺に蹴り飛ばされた衝撃から、体勢を立て直したコボルトリーダーへ対峙する。


『グルルル』


「これで1対1だな」


 俺は憤怒の表情を浮かべ唸っているコボルトリーダーへとニヤリと笑いかける。


 それが苛立ったのか、コボルトリーダーは左右にフェイントをかけながら距離を詰めてきた。


 そして爪攻撃を繰り出すが今度は盾で防ぐ。ぐっ、かなりの威力だ。


 身体強化していなかったら体勢を崩したかも知れない。


 盾で防がれたコボルトリーダーは、さっきと同じように残った腕を振り上げる。


 俺は先ほどと同じように前蹴りを放とうとし……途中で止めた。


 コボルトリーダーはフェイントに見事に引っ掛かり、蹴りが来ると思い振り上げた腕を途中で一瞬止めていた。


 その隙を俺は逃さず、コボルトリーダーの腕の付け根にマチェットを突き刺してエグる。


『ギャンッ』


 痛みに盾で防いだ爪の力が緩んだので弾き返し、それと同時に腕からマチェットを引き抜きそのままコボルトリーダーの喉仏を突き横へ薙いだ。


『ゴバッ……』


 コボルトリーダーは千切れかけた首と口から大量の血を噴き出し、そして力なくその場に崩れ落ちた。


「力は強かったぜ、力はな」


 ウィンドカッターを避けた反射神経は良かったが、あんな簡単なフェイントに引っ掛かるとは、所詮は犬だな。攻撃も通常のコボルトと同じで蹴ってくることもなかったしな。


「まあこんなもんだろう」


 俺は黒い霧となって消えていくコボルトリーダーを無視し、奥で立とうともがいている2匹へとトドメを刺した。


 そしてコボルトリーダーとその取り巻きの魔石を回収し、黒い門の前に現れた銅の宝箱を開けた。


「魔法書?」


 宝箱の中にはウィンドカッターの魔法書と同じく、羊皮紙を束ね製本した物だけが入っていた。


 ただ、表紙に読めない文字と幾何学模様があるのは一緒だが、表紙の色が違う。


「赤ということは火魔法系か? まあ使ってみればわかるか」


 俺は宝箱から魔法書を取り出し開く。すると魔法書は熱くない炎により一瞬で燃え尽き消滅した。


「おお、ファイヤーボール!」


 脳裏に浮かぶ魔法はファイヤーボールの魔法だった。


 これはラッキーだな。あの時ウィンドカッターにしといて良かった。


 これがあればモンスターハウスで戦えるか?


『ファイヤーボール』


 試しに少し離れてから宝箱に向かってファイヤーボールを発動してみる。


 するとバスケットボールほどの大きさの火球が目の前に現れ、キャッチボールをするくらいの速度で宝箱へと飛んでいった。


 そして宝箱に着弾すると爆発した。


「なるほど……遅いな」


 ウィンドカッターの速度に見慣れていたせいか、やたら遅く感じた。


 だが幸い爆発範囲は半径1メートルはありそうだ。それに燃焼時間も長い。相手が密集していれば有効だろう。避けられても爆発さえすれば身体のどこかは燃やせそうだから、最悪牽制にはなる。


 燃料もないのに燃え盛っている宝箱と、爆発し飛散した先で燃えている火の粉を見ながら使い方次第だなと頷く。


 そして十数秒ほどして炎は消えたが、宝箱には焦げあと一つ残っていなかった。


「不壊属性ってやつか?」


 漫画でも宝箱は壊れない設定が多い。


 なら武器に使えるかと思い持ち上げようとするが、まるで地面と一体化しているかのようにビクともしない。


「まあそりゃそうか」


 壊れない宝箱なんて盾がわりにされたらテストにならねえもんな。


「ああそうだ。魔力を多く込めると威力が上がるんだった」


 ウィンドカッターの切断力が強くて忘れていた魔法の特性を思い出し、今度は手を頭上に掲げ魔力を倍。身体強化1回分を込めてファイヤーボールを発動する。


 すると頭上に通常のファイヤーボールより一回り大きな火球が発現した。


「よしよし、行けっ!」


 思った場所に火球を出現させることができた俺は、掲げていた腕を宝箱へ向けて振り下ろす。


 すると振り下ろされる腕を追うように火球が宝箱へ飛んでいった。


 着弾と共にドーンという音が小広場に響き渡る。


「爆発範囲は倍か。それに火力も強くなってるな。なるほどなるほど。これは使えるな」


 通常のファイヤーボールよりも広い爆発範囲と、轟々と燃える炎を見て口元を歪める。


 魔力の消費量は多くなるが、遠くから3発くらい撃てればナパーム弾みたいに広範囲を燃やせそうだ。魔力消費に目を瞑ればだが。


 次の階層はまたコボルトの可能性が高い。それに出現数も増えるだろう。となると魔力管理が厳しくなる。ちなみに今のファイヤーボールで残り魔力は身体強化1回分だけとなった。


 やっぱモンスターハウスは無いな。普通にウィンドカッターとマチェットで、通路のコボルトを狩った方が安全だし魔力も節約できそうだ。


「じゃあ4階層へ行くか」


 一通り新しい魔法を試した俺は黒い門を開ける。


 すると3階層と同じ岩壁の通路が目の前に広がった。


「はいはいっと」


 どうせまた洞窟だろうと思っていた俺は、了解了解とばかりに門を潜る。


 そして右側を見るとしっかり魔法陣が設置されていた。


「さて、1戦だけして帰るか」


 魔力が残り少ないのともうすぐ帰る時間ということもあり、コボルトを確認したら帰ろうとメイン通路へと歩を進めるのだった。


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