第10話 転移陣

 


 身体強化を発動させゆっくりと小広場に足を踏み入れると、門の前にいたビッグホーンラビットの視線が俺へと向きその場で溜めの動作を行った。


 そしてホーンラビットよりも短い溜めと速度で、その太い角で俺の胸を突き刺さんと飛びかかってくる。


 俺はその突進を横にステップを踏んで避け、通り過ぎるビッグホーンラビットの首へと全力でマチェットを振り下ろす。


 素の身体能力が上がっている上に、身体強化魔法を掛けた俺の一撃はデカ兎の首へとめり込みその突進の威力を殺しつつ切断した。


「デカくなってもワンパターンなのは変わらずか」


 飛んだら方向転換できない以上、避けるのは簡単だ。


 せめて取り巻きのホーンラビットでもいれば、少しは手こずったかもしれないがな。


 黒い粒子となって消えていくビッグホーンラビットを見下ろしながら、俺はそんなことを考えていた。


 そしてビッグホーンラビットが消えるとそこには魔石が残った。


 魔石を拾って見てみると、大きさは同じだがホーンラビットのよりも黒色が濃く見える。


 ボスだからEランクの魔石になるのか?


 帰ったら調べればいいかと小広場の入口へと向かい、置いておいたリュックの中に入れる。


 そしてリュックを手に目当ての門へと向かう。


「おっ、宝箱。しかも色が違う」


 すると門の前にいつの間にか銅製の宝箱があることに気づき、早足で宝箱へと向かう。


「鍵穴はなしと」


 木製の宝箱と同じく鍵穴がないことを確認した俺は、宝箱の側面に座りマチェットで蓋を開ける。


「罠もなし」


 罠があったことは今の所はないが念の為だ。ボスを倒して気が緩んだ所をってのもあるかもしれないしな。


「さて、銅ってことは木製より良い物が入ってるんだろう?」


 期待しつつ宝箱の中を覗き込む。


 すると鉄製の盾が俺の視界に映った。


 その盾は幅50センチ、長さ60センチほどの大きさで小盾に分類されるものだった。

 丸盾と同じく盾の先端の裏側に取っ手があり、肘の上部分を革のバンドで固定して使うようだ。


「ふむ、そこそこ重いが頑丈そうだな……お? 革鎧! それにポーションも」


 盾を持ち上げると、なんとその下に焦げ茶色の革鎧があった。さらに革鎧を取り出すと、その下にも緑色の液体が入っている小瓶も見つかった。


「これは……もしかして4等級か?」


 俺は背負っていたリュックの大きめのポケットから、割れないようタオルの切れ端で包んでいた5等級ポーションを取り出し見比べる。


 銅の宝箱から出てきたポーションの方が容器が少し豪華だし、色も濃い。間違いないな、ショップで見た4等級ポーションだ。これで深傷を負ったり骨折してもすぐ治せる。


 1万DPの4等級ポーションに、鉄の盾も確か同じくらいしたはず。革鎧はショップにあった5,000DPの物より少し良さげに見えるが、概算でも宝箱から2万5千DP分の防具とアイテムが出てきたのは大儲けだな。さすがボスの宝箱。


 鉄の盾は丸盾と交換だな。革鎧はそんな複雑な造りじゃ無さそうだし、俺でも装着できそうだ。


 4等級ポーションを予備のタオルの切れ端で包みリュックのポケットに入れ、丸盾をリュックの外側にバンドで固定する。


 そして構えたり左腕を振り回したりして調子を確認する。


「ふむ、少し重いが今なら問題無さそうだな」


 木製で縁の部分だけ金属で補強されていた丸盾と違い、それよりも大きく全て鉄でできている小盾は予想通り重かった。が、以前ならともかく、素の身体能力が上がっている今なら問題なく扱えそうだ。


 次に革鎧を早速着てみる。


 初めて装備するため、15分ほど掛かったが無事に革鎧を着ることができた。


「こりゃ帰ったら着る練習をしないとな」


 姿鏡があればもっとスムーズに着れそうだ。帰ったら買うか。


 よし、これで準備はOKだ。


 革鎧の上からリュックを背負い終えた俺は、慎重に鉄の小盾を装備した左手で黒い門の扉を押した。


 慎重なのは実はビッグホーンラビットは中ボスで、この門の中に大ボスがいる可能性もあると思ったからだ。ダンジョン物の漫画だと、ボスはボス部屋にいるのが普通だからな。


 そしてゆっくりと門を開け、向こう側を見るとそこには洞窟の変わらない景色が広がっていた。


 その洞窟は1階層のメイン通路と同じく大人が5人は並んで歩けるほどの広さがあり、頭上には氷柱のように岩が突き出て淡い光を発していた。


 警戒しつつ門を潜る。


 すると門の右側。5メートルほど離れた場所の床に、魔法陣が描かれていた。


 なぜ離れた場所から床に描かれている魔法陣の存在に気付いたかというと、その魔法陣が青く光っていたからだ。


 転移トラップかとも思ったが、こんな堂々としたトラップはないだろうと思い直した。


 俺は警戒しつつも魔法陣が描かれている場所へと向かう。


 すると潜ってきた門がひとりでに閉まる音がし、慌てて戻り再び開けようとするが内側からは開けることができない。


 となると……


 あの魔法陣はもしかして転移陣てやつかもとしれないなと、最近見た漫画を思い出す。


 あの魔法陣の上に立てば恐らく1階層に転移するんだろう。


 とはいえいきなり魔法陣の上に立つことはせず、とりあえずリュックにぶら下げていた棍棒を魔法陣の上に置いてみる。


 が、何も反応は無い。


「乗るしかないか」


 このままではどうせ帰れない。なら漫画を信じるかと魔法陣の上に立ってみる。


 すると足下が光り、視界が一瞬で切り替わりまた別の洞窟の景色が目に映った。


 小盾を構え周囲を警戒する。


 するとそこは先ほどまでいたボス部屋よりも狭い、10メートル四方程度の小広場だった。


 その小広場の中央に魔法陣があり、その上に俺は立っている。


 警戒しつつを周囲を見渡す。四方は岩壁に囲まれており、ホーンラビットが潜めるような小穴は見当たらない。


「ん?」


 ここはなんだ? 出口はないのかと思っていると、正面の壁の中央部分に他の岩壁と同じ凹凸がない部分があることに気付く。


 周囲の岩壁と同じ色でよく見ないとわかりにくいが、確かに幅2メートル、高さ3メートルの部分だけ凹凸がない。


 怪しいと思った俺はその壁の前へと近づく。


「!?」


 すると凹凸のない壁部分が、ゴゴゴという音とともに横へとスライドした。


「岩製の自動ドアだったのか……」


 電気で動いていたらコストが高そうだなと思いつつ岩壁自動ドアを潜ると、人が4人ほど並んで歩けるくらいの洞窟の通路だった。


 俺はその通路に見覚えがあった。なぜなら小穴がまったくない通路だったからだ。


 もしかしてダンジョン入口近くにあった、あの何もない通路か?


 俺は2日目に横穴を初めて探索する際に入った、ホーンラビットが一切出てこない行き止まりだった横穴を思い出していた。


 背後を振り返ると、ちょうど岩壁自動ドアがまたスライドして閉まっていくところだった。


 そして完全に閉まり切ると、そこには凹凸のある岩壁。そう、行き止まりにしか見えない岩壁があった。


 やはり見覚えがある光景だ。


 念の為に小穴の全くない通路の先へ歩き出す。そして数分ほど歩くと、1階層のメイン通路に出た。


 なぜ1階層だと断定できたかというと、遠くで生徒たちがホーンラビットと戦っているのが見えたからだ。


「間違いない。ここは1階層のあの横穴だ」


 ただの行き止まりだと思っていたこの横穴は、1階層のボスを倒した者だけが入れる転移部屋に続く横穴だったってことか。


 最初にここの奥に行った時は、自動ドアが反応しなかったからそういうことなんだろう。


 なるほどな。やはりあの黒い門の横の魔法陣は階層転移ができるものだったか。


 門から戻れないのは、安易にボス周回をさせないためか? どれくらいでボスが復活するのかわからないが、ここからまたあの小広場に行くには3時間くらい掛かる。それなら周回をしようとは思わないか。


 必ず銅の宝箱が出るとは限らないしな。初回だけの可能性もある。2周目からは木製の宝箱かもしれんし、何度も周回していたら生徒たちにボスの場所がバレる可能性もある。


 せっかく苦労して横穴という横穴を潰して回り、やっと見つけた次の階層へ繋がる門だ。周回よりも2階層で宝箱などの先行者利益を享受するのが先だろう。生徒たちに教えるのは俺が3階層以降に行ってからだな。まあ聞かれなきゃ教えるつもりはないが。


 それにしてもこの場所に階層移動用の転移陣があるのは助かった。


 ダンジョン入口のすぐ横に出るよりかはいいな。あんな人の出入りが多い場所に現れたら、ボスのいる場所を教えろとか教師陣に詰め寄られそうだ。


「とりあえず2階層を下見するか」


 俺はまだ15時ということと、体力に余裕があることから明日以降メインの探索場所となる2階層を下見することにした。


 そのために横穴を戻り、再び行き止まりの岩壁の前に立つ。すると岩壁がスライドし、向こう側にある小広場の中央にある魔法陣が見えたので魔法陣の上に乗る。すると足下が光り視界が一瞬で変化した。


「これは楽だな」


 2階層の門の横に再び現れた俺はそう呟いた。


 3階層にたどり着いたら2階層には行けなくなるのかねなどと考えつつ、俺は2階層の恐らくメイン通路であろう道を先へと進むのだった。



 §



「オラァ!」


 ガンッという音と共に、鉄の小盾にホーンラビットが吹っ飛ばされる。


「シッ!」


 吹っ飛んだホーンラビットはとりあえず置いておき、俺は右斜め後ろの死角から飛びかかってきた新手のホーンラビットに正対し避けることなくその腹部を蹴り上げる。


 そして小盾に吹っ飛ばされ起きあがろうとするホーンラビットへ駆け寄り、その首を思いっきり踏みつけへし折った。


 あとは蹴り上げられ落下中のホーンラビットの胴体へ、マチェットを振り下ろし腹部を大きく切り裂いて終了。


 念の為一番最初に倒したホーンラビットと、小盾で吹き飛ばし首を蹴り砕いたホーンラビットへと視線を向けると問題なく黒い粒子となっていた。


 下見のため2階層のメイン通路と思われる道を進み始めて1時間が経つが、その歩みは1階層よりも遅くなっていた。


 原因は出没するホーンラビットの数が2匹から3匹に増えたからだ。


 しかもその出現の仕方が2匹同時+時間差で3匹目が現れるという感じで、1階層のように1匹ずつ処理することができずに時間がかかっている。


 2匹の同時攻撃を避けつつマチェットでまず1匹を叩き切り、もう1匹を盾で跳ね飛ばす。そして新手の3匹目に対応して、2匹目と3匹目をそれぞれ処理するというルーティンになっている。


「魔法陣付近は2匹だったんだが、1時間歩いて3匹か。こりゃ奥に行ったら4匹出てくるな」


 魔石を拾いつつそうボヤく。


 もう何百匹も倒しているホーンラビットだ。たいした脅威ではないが、数が多いと倒すのに時間がかかる。そのため進む速度が遅くなっているのが現状だ。


「走り抜けるか?」


 確かにメイン通路はそれでもいいだろう。だが横道に入ってそれをやると、行き止まりだった時に帰りにモンスターハウス化した道を戻らないといけなくなる。そして何より宝箱を見逃すことにもなる。


「せっかくの先行者利益だしな。他の奴らが上がってくるまで地道に探索するか」


 宝箱はおいしい。〈アイテム買い取り〉では武器防具はアイテム枠ではないらしく買い取りはしてもらえないが、当たりの武器防具が入っている場合もある。今装備している防具は全て宝箱産だ。買えば3万DPは超えるだろう。ナイフなんかも入れたらもっとだ。


 アイテム枠である5等級のポーションが1本出れば、ホーンラビット33匹分の魔石と同等のDPが手に入る。壁尻2回戦分だ。見逃すことはできない。


 そう頭の中で計算した俺はそれから30分ほど探索をしたあと、下見はこれくらいでいいだろうと転移陣へと戻った。


 そして1階層へと転移し横道からメイン通路に出る。


 すると帰路に着く多くの生徒たちの姿が見える。


 その生徒たちの中に三角巾サポーターで腕を吊り下げている者や、足を若干引きずっている者が複数いた。怪我をしている者の学生服はところどころ破れている。


 ホーンラビットにやられたか。強化された学生服とはいえ、あの様子じゃそう何度もホーンラビットの突進を受けきれないようだな。骨折した者は災難だったな。5等級ポーションでは骨折は治らないから、4等級ポーションを手に入れるまで苦労するだろう。


 ふむ、人数が多くても意思の疎通が上手くいかなければ不意をつかれるか。その辺はソロの方が油断せずに警戒せざるを得ないから有利と言えば有利と言える。


 精神的には疲れるが。


 そんなことを考えながら生徒たちのその後ろを歩き、ダンジョンを出て今日の探索を終えるのだった。


 さて、今日は大量の魔石とアイテムを手に入れたし、ボスの初討伐ということで何か特典があるかもしれない。


 精算が楽しみだな。

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