第7話 身体強化

 


 —— テスター生活2日目 テストダンジョン1階層 大広場 真田 夜雲——




 マイルームを出ると広場の泉の側に多くの生徒たちが集まっていた。


 ワイシャツ姿の者やジャージ姿の者が泉の水を手ですくい顔を洗ったり、歯を磨きコップですくって口をすすいでいた。


 泉から離れた場所では武器を持った何組かの生徒たちが、車座になりながらサンドイッチを食べている。よくみると昨日すれ違った生徒たちの姿も見える。


 その帰り際にすれ違った生徒の何人かが、ニヤついた顔で両手を前に出し腰に向かって引く動作をしている。恐らく彼らも壁尻を利用したのだろう。同じく利用した者、そんなサービスがあるのを知らず悔しがっている者など反応は様々だ。


 話の内容が聞こえたのか、近くにいた武器を持っていない者たちの目に力がこもったのがわかる。


 今夜の壁尻は大繁盛になりそうだな。待ち時間とかあるんだろうかなどと考えながらダンジョンの入口へと向かうと、入口の横で6人の教師や各運動部の外部から招聘したコーチたちが武器を手に固まり話をしていた。


 彼らはスーツやジャージ姿だ。それらに強化が掛かっているんだろうかと思っていると、教師の一人が俺の姿に気づいたのか睨んできた。


 嫌われたもんだなと思いつつ苦笑する。


 学歴、見た目、イジメの通報、彼らでも対処できなかったDQN集団の撃退。モンスタークレーマーの保護者の門前払いにストーカーの捕縛。それにより学園長や理事長だけでなく、最初否定的だった若い女教諭や女性臨時コーチたちからの評価の向上。


 嫌われた原因は彼らのプライドと顔を潰したという、どれも言い掛かりや嫉妬に近いものばかりだ。


 まあ頑張って稼いで女生徒たちを助けてやってくれ。俺も保護するのを手伝うから。保護はする、保護はな。お前らも買ったあとどうせ手を出すに決まってる。


 今はいい、まだ余裕があるんだろう。だがこんな命のかかった極限状態で、いつまで教師ズラができるか見ものだな。そういう世界に長年いた俺にはわかるんだよ。


 いつまでも睨みつけてくる彼らの横を涼しい顔で通り過ぎ、ダンジョンの中へと入っていく。


 ダンジョンに入り少し進むとさっそくホーンラビットが飛び出してくる。それを俺は半身になって避け、マチェットを首へと振り下ろす。そして魔石を回収し先へと進むのだった。



 §



「おかしい……」


 30分ほど進み何度か戦闘を繰り返した後、自分の身体を見下ろしながら呟く。


 気のせいかと思ったが身体が軽い。いや、身体だけじゃない。明らかに反射神経も上がっている。


 昨日よりさらに楽にホーンラビットを倒せている。


 これは……まさかレベルアップしたのか? なら魔力が増えている?


 そう思い身体強化魔法を発動してみる。


「うおっ!」


 体の中の魔力が減った感じを覚えた後、明らかに身体に力がみなぎってくるのがわかった。


「発動に成功したのか?」


 マチェットを振ってみる。


 先ほどよりさらに速く振ることができている。


 その場で反復横跳びをしてみる。


 バッバッバッと、明らかに速く移動できている。


 それからジャンプしたり走ったりして色々と試し、10分ほどしたら急に力が抜ける感覚を覚えた。


「なるほど。効果時間は10分くらいか。それでだいたい普段の1.5倍くらいの力が出る感じだな」


 再びマチェットを振ってみる。


 効果がなくても昨日より明らかに軽く感じるし速い。


 うむ、だいたいわかった。


 朝から体が軽く感じていたことから、恐らく寝ている間にレベルアップというか魔力が増えるんだろう。


 そう考えれば昨日身体強化が発動できなかった事に説明ができる。


 そして魔力が増えると素の身体能力も上がる。そこに身体強化魔法を発動すれば更に上がる。そういうことなんだろう。


 もっとこう、筋力とか素早さとかそういうステータス表記があればわかりやすいんだがな。まあ何を基準にして数値を決めているのかって話になるが。0になると死ぬHPとかどうやって計測してんだって話だし。


 魔物は倒すと消えるからゲームっぽいが、これはゲームじゃない現実だ。


 鑑定に魔力の値しか無かったってことは、魔力が強さの指標なんだろうな。帰ったらもう一度自分を鑑定してみよう。


「とりあえず連続して発動できるとしたら2回……いや3回くらいか? 恐らく時間が経てば魔力が回復するだろうから、そうしたらまた使えるって感じか」


 身体強化を発動した時に、指南書で会得してからそれまで”ある”としか感じていなかった魔力が3分の1ほど抜けていくのがわかった。そして抜けて初めて魔力の総量的なものを認識できた。


 そのことからこの魔法は、3回連続発動したら魔力が足らなくなり使えなくなると思う。


 今の所は使う必要のない相手だから問題ないが、今後強い魔物が出てきた時には使うだろう。そういった敵が連続で出てきたら3回だけじゃ足らなくなるかもしれない。


「魔物をたくさん倒して魔力を上げろってことだな」


 身体魔法の実験を終えた俺は、そう結論つけて再びダンジョンの奥へと歩を進めるのだった。




 §




「だぁぁぁ! 広い!」


 分岐の行き止まりまで来た俺は、壁を背に座り込み愚痴った。


 広すぎるだろこのダンジョン!


 昨日歩いたメインの通路から横道に入り行き止まりまで行って、少し戻ってスルーしていた横道に入ったら元の道に繋がっていて、メイン通路に戻ってまた別の横道に入ったら今度は行き止まり。


 そんなことを昼休憩を挟んでもう6時間も繰り返している。


 生徒たちはまだ入口から続くメイン通路にしかいなかったというか、階段を探しているようには見えなかった。ホーンラビットと戦うのが目的って感じだったな。取り敢えずは生きていくのに必要なDP稼ぎに重きを置いているんだろう。


 その結果、横道に入っても誰ともすれ違うことはなかった。おかげで奥まで行かないとわからないという状態。


 まあ悪いことばかりじゃないがな。ホーンラビットは入り口に近い横穴でも2匹同時に出てきたりするから入れ食い状態だし、宝箱も既に5つ見つけている。


 その内訳は棍棒×1 、5等級ポーション×1、大銅貨×4、小銅貨×16、革のズボン×1、革製の脛当て×1とこんな感じだ。棍棒はともかく革のズボンと膝当ては嬉しかったし、銅貨も換金すればこれだけで今夜の壁尻代1回分になる。


 まあ先行者利益って奴だな。


 ただ、メイン通路よりは幾分か狭い上にホーンラビットが2匹出てくるから、昨日より難易度は高くなってはいるが。


 ああ、そういえばダンジョン入口から数分程度歩いた場所にある、一番最初に入った横道はホーンラビットが一切出てこなかったな。というよりはホーンラビットが潜んでいるような小穴が一切なく、1分ほど歩いたら行き止まりになっていた。


 宝箱があったわけでもなく、何のためにある横道なのか謎だったな。休憩場所か何かだったんだろうか? しかしそうだとするとダンジョンの入口から近すぎると思うんだが。まあ今はいいか。


 しかし疲れた。素の身体能力が上がりスタミナも増えた感じはするが、昨日よりもホーンラビットとの戦闘間隔が短い。それにゴールの見えない探索は精神的に疲れる。どこかに下の階に繋がる階段があると思うんだけどな。


 昨日歩いた感じだと、メイン通路には広めの横穴がまだまだあった。あれ全部入って行かないといけないんだろうか? いっそ先に誰か見つけてくれないものか。


 いや、シャワールームの件もある。先に下の階に行った者にはまた特別報酬があるかもしれない。ここは気張って見つけるしかないだろう。


 とはいえもうすぐ16時だ。疲労具合とここから出口までまた2時間くらい歩かないといけないことを考えると、今日はこの辺にしておくべきだろう。


 というか疲れてるってのにさっきからまたムラムラして来ている。魔力が上がって体力が増えたから精力も増えたのか? あり得るな。そのための壁尻サービスってのもあるのかもしれない。


 メモ帳に書いたマップに行き止まりを書き込み、俺は重くなった腰を上げて帰路に着くのだった。




 §




 疲れた身体に鞭を打ちつつ18時近くなって広場に戻って来ると、武器を手に持った生徒たちがあちこちで魔石やアイテムの分配を行っていた。


 昨日に比べればダンジョンに入った者はかなり増えているようだ。


 とはいえ、朝の様子やメイン通路ですれ違った者たち。そして今ここで分配をしている生徒たち全部合わせても100人いるかいないかという感じか。残りの200人くらいはまだ様子見をしているのだろうか? それとも絶望してマイルームから出てこないのだろうか?


 確かに平和な国で育った人間には厳しい状況だとは思う。運動部や格闘系の部活をしている生徒なら体力に自信があるだろうから初動は早い。


 ただ、文化系の者には厳しいだろう。喧嘩もしたことない人間に武器を持って魔物と戦えというのは酷だ。まあ似たようなことを俺は11歳の時に強制的やらされたんだが。


 それでも彼らには、もう少し覚悟を決める時間が必要なのかもしれない。なに、飯を買うDPが無くなれば嫌でも戦うだろう。追い込まれないと動けない者がいるのも確かだ。


 個人的には他人がどうなろうとどうでもいいが、もしもどうしていいかわからなくて困っている生徒がいたなら、学園の守衛としての義理で最初だけは手助けしてやるか。生きて外に出れた時に、アイツはまったく助けてくれなかったとか言われるのも面倒だしな。


 今この場に姿を見せない者たちへそんな思いを抱きつつ、俺はマイルームのドアを開け部屋に入るのだった。




 部屋に入ると荷物を下ろし武器を壁に立てかける。そして服を脱ぎシャワールームに行き汗を流す。


 守衛服のズボンはもう少ししたら洗おう。代わりに今日手に入った革のズボンを履けばいいだろう。休憩中に試しに履いてみたが、少し丈が短いが動きに支障が出るほどでは無かった。


 できれば上着も洗いたいが、今は替えの装備がない。もしかしたらまた宝箱から革のジャケットとか出るかもしれないので、臭くなるまでは着続けるか。宝箱から出なければショップで買えるしな。2,000DPするからできれば宝箱から欲しいが。


 シャワーを浴びムラムラして半勃起したままの息子を入念に洗った後、バスタオルで体を拭きながらリュックを手に机へと向かう。


 早く壁尻を呼びたいがまずは精算からだ。


 魔水晶に触れ空間ディスプレイに表示されたアイコンの中から『魔石・アイテム買取り』をタップし【魔石買取り】を選択。


 敷石の魔法陣の上に魔石を置くように指示が出るので、リュックから取り出し全部置く。


 そして買取りボタンを押すと、魔法陣が光り魔石が一瞬で消えたあと画面に《Fランク魔石215個6,450DPとなります。よろしいですか? はい/いいえ》と表示された。


「おお、昨日より多いとは思っていたが予想以上だな」


 まあ昨日より長く探索してたし、ホーンラビットも最初から2匹出てきていた。それに他の生徒たちがいるメイン通路はほとんど歩かなかったからな。入れ食い状態だったのは確かだ。


 今日の戦果に満足しつつ《はい》をタップして精算する。


 そして次にアイテム買取りで銅貨も精算。これは昨日と同じ560DPになった。


 保有DP欄を見ると8,040DPとなっていた。



 昨日の残高が1,030DPだから、今日の収入は7,000DPだな。日給7万円! ソロは儲かるな。


 生きていくだけならずっとホーンラビットを狩っていればいいんだが、それだと1級スレイブをいつ買えるようになるかわかったものじゃない。今日くらい稼いだとしても恐らく1年近く掛かるだろう。


 それにサキュバスクイーンの言っていた”地球人の能力を示せ、我が認めるほどの力を得たならば生きてここから出してやろう”という言葉が気になる。


 この能力や力とは恐らく魔力のことだと思う。魔物を倒して魔力を増やし力をつけ認めてもらう。そうしなければ生きてここから出る事はできないのではないだろうか。


 ホーンラビットだけを倒して魔力が上がるのか? 昔読んだ漫画で300年スライムだけを倒し続けて最強になった魔女の話はあったが、当然の如く300年も倒し続けることはできない。そんな長生きしないしその前に発狂する。あれは漫画だからできた話だ。


 となるとより強く経験値が多い魔物を倒して行かないと短期間で強くはなれないし、生きてここから出ることはできないだろう。


 スレイブしかり壁尻しかり。サキュバスクイーンは積極的に俺たちにテスターとして戦うことを望んでいるのは確かだ。その期待を裏切れば、年齢オーバーでテスターになれなかった守衛長たちのように簡単に処分されるかもしれない。


 サキュバスクイーンがどこまでの力を俺たちに求めているかわからないが、立ち止まらず常に前へと進むしかない。そうしていれば処分されることはないはずだ。


 生き残るために強い魔物と率先して戦っていく。


 まあ少年兵時代と同じだな。相手が銃を持った人間じゃないだけマシだ。


 とりあえず今は買いたい物が思い浮かばないのでDPは貯めておく。


 正確には魔法が欲しいんだが、1つ覚えるのに30,000DPは手が出ない。


 ああそうだ、武器の手入れ具は買っておくか。しかしそもそも売っているんだろうか?


『ショップ』の【武器防具】を開いてざっと見ていくと武器が並んでいる一番下に、手入れ具一式500DPとあった。


 購入をタップすると三種類の砥石と油。そしてサビ落とし用の鉄ブラシとウエスが現れた。


 購買にこんな物は売ってないんだが、用務倉庫や食堂の調理場にあるやつでもコピーしたのだろうか?


 砥石は荒いのから仕上げ用のまであるな。今のところ切れ味は問題ない。魔物は倒しても血ごと消えるので、血油で鈍ることもない。ゲーム仕様バンザイだな。


 問題は今後もし刃こぼれした時だが、研いでどうにかなる程度ならいいがそれ以上だとさすがに俺では直せない。戦闘に支障が出るほどの刃こぼれになったら買い直すしかないだろう。5,000DPするが。


 取り敢えずまだサビが浮いてないメイン武器のマチェットと、まったく使ってないナイフと投げナイフ2本に油を塗っておく。このあたりは慣れた物だ。


 そして最後に気になっていた魔力を調べる。増えているのは間違い無いが、いったいどれほど増えているのか。


 少しだけ楽しみな気持ちで『鑑定』をタップ、そして【魔力測定】をタップすると《魔水晶に手を置いてください》と表示されたので置く。


 ——————


 真田 夜雲

 年齢:25

 種族:人族

 保有魔力:F


 ——————



「……なるほど」


 昨日見た時はGだったから、寝ている間に初日で倒したホーンラビットの分で1ランク上がったってことか。ゲームとかだと最初はもっと上がりやすい物なんだが、140匹倒してもこんなものか。


 今日はかなり倒したし、今夜寝たらEとかになっているかもしれないな。そうすれば身体強化の魔法の連続使用回数も増えるかもしれない。その辺は明日の朝にもう一度測ってみるとしよう。


「さて」


 これで寝る前にやることは終わった。時計を見ると時刻は19時。


 本当は腹が減っているから夕食を採りたいが、さっきからムラムラしてそれどころじゃない。出すもの出してスッキリしてから食えばいいだろう。


 今日はどんな娘が来てくれるのか楽しみにしながら、俺はショップを開き【スレイブ購入】をタップ。そして〈壁尻サキュバス〉を選択し、☆胸まで露出コースを流れるようにタップするのだった。

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