第4話 初戦闘
部屋を出た俺は、すぐ近くにある洞窟の入口のような場所へと歩を進めた。
ふと広場の中央にある池というよりは泉のような場所に視線を向けると、体育の教師や部活のコーチなど大人たちを中心に生徒たちが集まり何やら話し合いを始めていた。
教師たちは子供たちを纏めようとしているようだ。
最初は混乱するだろうが、武術指南書もある。なにより性欲の一番強い年頃だ。きっと必死に戦おうとするはず。俺も褒美の女が欲しくて15の時は必死に戦ったしな。死にかけたが。
さて、生徒たちにいい女を取られる前に稼ぐとするか。
洞窟に足を踏み入れるとそこは、まるで小学生の時に遠足で行った鍾乳洞のようだった。
天井は高く、ツララのように垂れ下がっている岩が淡く光っている。広場よりかなり薄暗くはあるが視界は十分確保できている。
足下はゴツゴツしていて歩きにくく、道幅は大人が5人以上は並べるほど広い。そして左右の壁には横穴っぽいものがいくつも確認できた。
まずは一本道のようなのでマチェットを片手に進む。
さて、このダンジョンで出会う最初の魔物はなんだろうな。テンプレならスライムとかなんだが……
そんなことを考えつつ入口から50メートルほど進んだ時だった。
突然横穴から黒い影が飛び出してくるのが見えた俺は、バックステップでそれを避けた。
するとその黒い影は目の前を通り過ぎ着地し、ゆっくりと俺へと体を向け直した。
「兎?」
黒い影は丸々と太った茶色い兎の姿をしていた。
疑問系なのは兎にしては少し大きい事と、その額から直径30センチはあるであろう立派な角が生えていたからだ。
角の生えた兎か。ファンタジー漫画とかでは一角兎や、ホーンラビットとかいう名前だったな。強化されている守衛服で受ければ貫通することはないとは思うが、あの勢いで刺されたらかなり痛そうだ。
俺が観察をしていると、ホーンラビットはグッと足に力を入れ再び飛びかかって来た。
「フッ!」
しかし来るとわかっていれば、真っ直ぐ飛んでくる小動物程度大したことはない。
一歩横にずれて躱し、そのまますれ違いざまに首へとマチェットを振り下ろした。
その結果ホーンラビットの首はあっけなく切断され、血を噴き出しながら胴体が地面へと落ちると黒い粒子となり消えてしまった。
死体も血痕も残らないのか。まるでゲームみたいだな。
「ん? この黒い石みたいなのが魔石というやつか?」
ホーンラビットが消えた場所に他の小石とは違い、小指の先ほどの大きさの黒く歪な形をした石があったので拾い上げる。
「ふむ……これでいくらくらいになるのか」
ホーンラビットはそこそこの速度ではあったが、飛んでも腰あたりまでの高さだ。強化された制服を着ていれば大怪我はないだろう。打ちどころが悪ければ骨にヒビが入ったりはくらいはするかもしれんが、命に危険はないと思う。
それらを加味すると30DPくらいだろうか? 50DPだと一匹倒せば朝食一食分になってしまうし、そこまで楽はさせてくれないだろう。30DPなら2匹倒せば一食分にはなる。最初の敵ならそんなもんだろう。
1時間で10匹倒せば300DP。時給3,000円か。守衛の仕事より実入りが良いな。
問題は1時間で10匹も遭遇できるかだが、俺以外テスターはいないことだしおそらくは大丈夫だろう。
§
「フンッ!」
人が入れないような小さな横穴から飛び出したホーンラビットを避け、首をマチェットで落とす。
その瞬間斜め後ろ辺りから気配を感じたので一歩下がり、目の前を通り過ぎるホーンラビットの首に再びマチェットを振り下ろした。
「ワンパターンだな」
俺は足元で黒い粒子となり消えていく2匹のホーンラビットを見下ろしながら呟く。
洞窟に足を踏み入れてから2時間ほど。
奥に進むと2匹が時間差で襲いかかって来るようになったが、こいつらは毎回死角から飛び出して来る。横穴を通り過ぎた瞬間や、1匹目と戦っている最中に決まって背後から殺気丸出しで襲い掛かって来る。
森で鍛えた俺の気配察知がそんなものを見逃すはずもなく、毎回楽に倒せている。
まあたかだか角の生えた兎だ、こんなものだろう。
「しかしせっかく丸盾を手に入れたが使う機会がないな」
俺は左腕には革のバンドによって固定した、直径40センチほどの木製の丸盾に視線を向け呟く。
この丸盾は、倒したホーンラビットが出てきた穴の中にあった木製の宝箱から手に入れた物だ。
1時間前と30分前で同じような場所で2つ宝箱を見つけ、1つには見たことのない意匠の大小の銅貨が20枚。もう一つにこの丸盾が入っていた。
宝箱には特に鍵はついていなかった。それでも罠があるかもしれなかったので、念のため横からマチェットを伸ばして開けた。結局罠はなかったけどな。
丸盾を手に入れた時はまさに漫画の世界の冒険者って感じでテンションが上がったが、実際戦闘では使うまでもなくホーンラビットを倒せている。多分ホーンラビットが3匹以上出てこないと使う機会はないかもしれん。
「まあいいか、遭遇率は高いし稼げそうだし」
この2時間で40匹は倒している。やはり俺以外に先で戦っている奴がいないからエンカウント率は高い。
ただ、これだけ倒しても未だに身体強化ができない。魔力がまだ足らないということなのだろうが、いったいどれくらい倒したらできるようになるのか。
「少し休むか」
時計を見ると13時近かったので、正面に横穴のない場所で岩壁を背に腰掛け弁当を食べることにした。
4年ぶりに戦闘をしたから少し疲れたな。
スタミナはジムでずっと鍛えていたから問題ないが、気配を常に感じながら歩くのは久しぶりだからかもしれないな。
そんなことを考えながら唐揚げ弁当を平らげる。そしてペットボトルのお茶を飲み干し少し休んだ後、再び洞窟の奥へと歩き出した。
§
「行き止まりか」
昼休憩を終えてからさらに2時間ほど進むと、巨大な壁にぶち当たった。
やはりただの洞窟じゃないということか。
途中にこの道ほどじゃないにしても結構広い横穴があったしな。
恐らくあの横穴の先かさらにその途中の横穴の先か。
そう考えるとかなり広いなこの洞窟。いやダンジョンだったな。
昼休憩から2時間。ここまで合計4時間ほど進んできた。警戒し戦いながら進んでいることからその歩みは遅いとはいえ、それでも5キロ以上は進んでいるはずだ。
行き止まりが見えてゴールかと思いきや何もないとは。
「今日のところは戻るか。しかし結局身体強化は発動しないままだったな」
ここまで100匹は倒しているんだがな。ゲームなら3レベルは確実に上がってると思うんだが。
もしかしてレベルアップとかないのか? それはちょっと困るんだが。
うーむ、もう少し様子を見るか。
とりあえず魔石は稼げたし、宝箱も追加で2つ見つけた。一つは投げナイフが2本。もう一つは薄緑色の液体の入った小瓶が入っていた。これは、すぐにポーションだとわかった。DPが貯まったら買おうと思っていたので覚えていたからだ。
確か一番安い5等級ポーションで1本2,000DPもして、止血効果と浅い傷や打撲なら治る程度の効果だったはずだ。正直微妙な効果だと思ったが、もしすぐに止血されるなら話は別だ。
深傷を負った時に傷は治らなくとも、早く止血できるだけで生存率は跳ね上がる。だからこれは売らずに持っておくつもりだ。そのうち誰かが怪我をしたら詳細な効果がわかるだろう。それが自分じゃないことを願う。
売るのは魔石と銅貨だけでいいだろう。魔石が予想通り1個30DPだったら100匹分で3,000DP、3万円以上は確定だ。
帰りにもホーンラビットが出るだろうしな。リポップがどれくらいの感覚かはわからないのでなんとも言えないが、半分だったとしても1,500DP。合わせて4,500DPで4万5千円也。
日給4,500DPか。雑魚を倒してこれだけ稼げるなら、下の階層に行けばもっと稼げるということだろう。
これは早いとこ下の階層に続く階段を見つけないとな。
とりあえず今日はリハビリってことでこれくらいにして帰るか。
俺は行き止まりの壁にもたれかかり、疲れた身体を休めつつ持ってきたスポーツドリンクを取り出し水分補給し10分ほど休憩した。
それから再びマチェットを手に来た道を戻るのだった。
§
「お? 俺の後にダンジョンに入った奴らがいたか」
予想通り行きより少ない数の魔物と戦いつつ帰り道を進んでいると、こちらに向かって歩いて来る10人ほどの集団が見えた。制服のネクタイの色からして2年と3年だな。部活の仲間でパーティを組んだか?
武器は剣が6人に槍が4人か。まあ無難だな。
俺が向かって来る生徒たちを観察しながら歩いていると、一番先頭を歩き横穴を警戒していた一人が俺の姿に気づいたようだ。すると慌てたように後ろの仲間たちにコソコソと話しかけている。
「お、おい。あれ守衛のおっさんじゃね?」
「ゲッ、暴力野郎じゃねえか」
「怖え、あの顔でナタを持って歩いてるとか完全にヤバい奴だぞアレ」
「しっ! 馬鹿目を合わせるな。アレはヤバイ関わるな」
聞こえてるんだが?
俺がそのまま近づいていくと生徒たちはさっと壁際に避ける。
一人だけ鷹のような鋭い目をした三年の生徒が俺を警戒しているが、それ以外はスッと目を逸らしている。
ああ、何人か見覚えがあるな。夜遅くまで体育館で練習しているバトルスポーツ同好会の奴らだった気がする。
確か中世の西洋剣や槍で戦うという欧州で大流行しているスポーツで、日本でもそこそこの人気があると聞いた。それで学園のバトルスポーツ同好会の人間が夏に日本大会で優勝して、今度イギリスの世界大会に出場するとかで部に昇格するとかしないとか話していたのを聞いたことがある。
そんな事を思い出しつつ、警戒と怯えの目を向けている彼らの横を通り過ぎていく。
それにしても暴力野郎とは失礼な奴だ。俺はコイツらに何かした覚えはないんだけどな。
多分巡回中にイジメの現場を見つけたから、ぶん殴ってやめさせた事を言ってるのか? ああ、ちゃんと顔は避けたしイジメの証拠動画をしっかり撮っており、訴えたら名前付きでネットに流すと脅したから問題になっていない。ネットリンチはやばいからな。
他にも格闘系の部活動中に、シゴキという名の似たような事があったので介入した事もある。
イジメを学園にチクらなかったのは、守衛の職に就いたばかりの頃にも同じことがあってな。その時に証拠映像付きで学園に報告したら当事者は停学となった。しかしその生徒の担任からは逆恨みされた。どうも自分の担当するクラスにイジメの加害者と被害者が出て、被害者の家に呼び出されて保護者にかなり怒られたらしい。それで俺のことを恨んでいるそうだ。
当時はお前がしっかり生徒を見ていないせいだろと呆れた。その後も顔を合わせる度に睨まれ、馬鹿馬鹿しいからそれからは個人制裁して脅すことにした。ぶん殴った後に被害にあった生徒には二度と関わるなと言い、もし関わったり俺を訴えたらネットに証拠の動画を流すと警告した方が面倒がない。
そんなことがどこからか漏れ、噂になって俺が殴ったことだけが広まったんだろう。理事長のコネで入ったから、それで揉み消したとでも思われてんだろうな。まあどうでもいいが。
閑話休題
しかしこの平和な国で育った高校生がいきなりわけわからない現象に巻き込まれ、そこで戦えって言われてその日のうちに武器を持って戦うことを決断したのはたいしたもんだ。いくら同好会で剣と槍を扱っているとはいえ、本物と競技用じゃ重さも違うだろうに。
もしかしたらゲーム感覚なのかもしれないな。確かに倒したら黒い粒子となって消えるなんてゲームみたいだ。それに魔法もある。
「少しマズイか?」
俺はソロだから魔石は総取りとなる。だから収入的には一番多いはずだが、生徒たちが戦い慣れていけば数が多い方がどうしたって有利になる。
力をつけた奴の中に、ソロでやろうっていう者が現れないとも限らない。この学園は剣道部や格闘系の部がそこそこ強いらしいしな。
こりゃあまり余裕こいているといい女を取られるかもしれんし、過去にぶん殴った奴らに報復されるかもしれない。レベルアップがあると信じて明日はもっとペースを上げるか。
それからさらに格闘系の部活の見覚えのある生徒たちとすれ違い睨まれたり怖がられたりしつつ、俺は3時間ほど掛けて安全地帯である広場に戻って来た。
広場に入ると複数の集団があちこちで固まっており、武器を持った数人をどこも囲んでいるようだった。
どうやら中に入った教師や生徒から、魔物の情報や戦い方を聞いているようでかなり騒がしい。
入口近くにいた集団と目が合うが、皆が視線を逸らす。
俺も聞かれたら答えてやるくらいはするんだが。なんという孤独感。
とはいえ守衛長に話しかけられても無視するが。ああ年齢制限に引っかかって処分されたんだったか、南無。
ダンジョンの入口に一番近い部屋にしてよかったなと思いつつ、部屋のドアを開け中に入る。
さて、魔石の精算をするか。いったいいくらになるのか楽しみだ。
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