第3話 マイルーム

 


 真新しい木製のドアノブを回して部屋に入ると、中は4帖ほどの広さの部屋だった。


 窓はなく床も壁も天井もすべて石造りで、広間のように天井の石がうっすらと光っている。


 光量としては本を読むには少し暗いと感じる程度だろうか?


 入口の正面にはベッドがあり、左手側には引き戸がある。引き戸を開けるとそこには和式トイレだった。


 一応水洗らしく、ボットンじゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。


 入口の扉が鉄格子だったらまるで牢屋だなと思いつつ、反対側の右手奥に視線を向ける。


 するとそこには木製の大きな机と椅子があり、机の上にはサキュバスクイーンが言っていた通り黒い水晶が置かれていた。


 そしてその水晶の手前にB4サイズほどの黒い敷石が置かれており、敷石には銀色の魔法陣のような物が描かれていた。


 これが魔水晶かと手で触れてみる。


「っ!?」


 すると突然魔水晶が光り、魔水晶の上にまるで空間ディスプレイのように半透明の画面が現れた。


 画面の大きさはノートパソコンほどで、そこには『ショップ』『魔石・アイテム買取り』『鑑定』のアイコンが表示されている。


「ビックリした……なるほど。ここで買い物をしろということか」


 魔界みたいなとこにもネットショップみたいなのがあるのかね。


 この空間ディスプレイみたいなのに触れればいいのかと思い、まずは『ショップ』のアイコンに触れてみる。


 すると他のアイコンが消え、【食料】【生活用品】【武器防具】【各種アイテム】【武術指南書・魔法書】【スレイブ購入】【設備増設】というアイコンが新たに現れた。


 そして画面右上には2,000DPと表示されていた。


「初期保有DPが2,000ってことか」


 これが多いのか少ないのか分からないので、【食料】のアイコンをタップしてみる。


 すると飲料20DP・朝食セット50DP お弁当60DP・夕食セット100DPと表示された。


 朝食セットをタップしてみると、食パン4枚分くらいのサンドイッチ。そしてコーヒーか紅茶が付いているようだ。


 恐らくは10DPで100円てとこなんだろう。つまり支給されたDPは2万円分ということになる。食料価格としては相場といえば相場なんだが、これだと10日分の食料にしかならない。一食抜いても二週間弱ってとこか。


 自炊ができれば節約も可能だが、米やパンや肉などはラインナップにない。ファミレスみたいに出来上がった物しか買えないようだな。つまり飢えたくなければ戦えって事なんだろう。


「ふむ、時間が経てば経つほど首が締まっていく仕様か」


 魔物と戦うには武器が必要だ。地球人の力を試したいとか言っていた以上、さすがに素手で倒せるような魔物を出してくとは思えない。そうなるとDPの全てを食料に使うわけにはいかない。


 取り敢えずお弁当を60DPで購入してみる。


 すると机の上の魔法陣の描かれた黒い敷石が光ると、次の瞬間そこには購買で買った時と同じ容器に入った唐揚げ弁当とお茶のペットボトルが現れた。


「凄いな……どうなってるんだこれは。しかも見慣れた弁当だ」


 学園を呑み込んだ時に食材や容器も取り込んでコピーしたのか? まあこんな部屋を用意できるんだ、なんでもありなんだろう。漫画とかでもそうだしな。


 俺は現れた弁当を取り敢えず横に置き、『戻る』をタップして食料の画面を閉じた。


 そしてDPのだいたいの価値がわかったところで、一番気になっている【スレイブ購入】をタップする。


 〈スレイブカタログ〉〈スレイブ管理〉というアイコンが現れたのでカタログをタップ。


「ほう……」


 すると画面いっぱいにまるで卒業アルバムのように、女生徒たちの胸から上のいわゆるバストアップ写真がずらりと並んだ。


 一番上の段の写真の上には【1級スレイブ】2,000,000DPと表示されており、その下に15人分の写真が並んでいる。そして写真の下に名前と年齢とスリーサイズとバストカップ数。それに処女と書かれている。


 その中で一番最初に載っている子に目が止まる。


「おお、毎朝挨拶してくれる水泳部の学園一の美少女が売られてる。月ヶ瀬 沙耶香さやかって名前だったのか。やはりEカップはあったか、ん? それにまだ処女なのか。そんな子が淫紋付きの性奴隷にされているとはな」


 見知った顔で、美人で処女の子に淫紋が刻まれていると思うと俄然やる気がみなぎってくるな。


 そしてそのまま画面を指で下へとスクロールして見ていく。


 すると残りの女の子たちも2級から5級と等級分けされており、150万DPから20万DPと価格も徐々に安くなっていた。


「なるほど、こうやって女生徒たちを等級で分けてるのか。まあそりゃそうか」


 学園一の美女で処女の子と、モブの非処女が同じ価格なわけがないか。


 1級で200万DPってことは2,000万円か。2級でも150万DPで1,500万円。ここがダンジョンじゃなきゃ、美少女で処女の女子高生を絶対服従の性奴隷にできるとなれば激安なんだろう。しかし魔物を倒してどれくらいのDPになるかわからない。最悪魔物が強すぎて、食費を稼ぐだけでいっぱいいっぱいになる可能性もあると言えばある。


 しっかし5級が20万DPということは200万円だろ? 1級と随分と差があるな。


 5級は数が一番多くて100人くらいいる。さっと流し見した感じだと、三十代後半くらいの学園の事務員の女性や、学食でよく見かけるエプロン姿の同じく三十代くらいのパートの女性。そしてそれほど可愛くない女生徒や、太っている子などがいた。


 年齢を見るとほとんどが2年生と3年生女生徒だ。そして非処女率も高い。共通している部分といえば全員胸が小さいことくらいか。まあ淫魔のサキュバスがランク付けしたんだ、スタイルの良さとかは一番厳しく見ているのだろう。


 5級か……もし一日2000DPとか稼げるなら、3〜4ヶ月頑張ったら買えそうな価格設定だな。俺は特に処女とか気にしないが、どうせ奴隷ハーレムを作るのなら1級と2級の美女と美少女で揃えたい。それこそが戦うモチベーションになるというものだ。


 少年兵の頃もそうだった。政府軍との戦争で活躍すると、どこからか攫ってきた少女を褒美にもらえる。そうやって少女たちに対し情を抱かせ逃げられないようにしていた。あてがわれた女はほかの少年兵と共有することもあるが、お気に入りの子は誰にも抱かせなかった。


 ふとお気に入りだった少女のことを思い出す。


 今頃どうしているだろうか? ちゃんと政府軍に保護されただろうか? 

 恐らくは大丈夫だろう。脱出する時に彼女には攫ってきた時に持っていた身分証を返し、安全な場所に軟禁しておいた。ちゃんと政府軍が保護してくれているはずだ。なにより彼女は政府高官の娘だ。親が取引きに応じず見捨てられたとはいえ、酷い目に遭うことはないだろう。そんな娘を(下半身の)世話係にしていた俺が言うのもなんだが。



 閑話休題


 思考を戻しカタログを閉じる。


 スレイブの相場は大体わかった。手に入れるためにまずは戦う準備を整えるか。


 俺は次に魔物と戦う上で必要不可欠な武器防具のアイコンをタップする。


 すると様々な武器がイラスト付きで画面に表示された。銃や手榴弾なんかを探したがやはり見当たらない。どうみても中世の武器ばかりでしかも高額だ。


 だが恐らく救済処置なのだろう。各武器種類毎に格安の物が一つだけ存在していた。さすがにただの高校生が素手で戦えるとはサキュバスも思わないか。


 俺は少し考えたのち、その中で300DPの短剣と、800DPのマチェットを購入した。


 マチェットは近接戦闘時に俺が使っていた獲物だ。向こうではもっと洗練されたデザインのマチェットを使っていたが贅沢は言うまい。ああ、マチェットはナタのことだ。政府軍との戦闘は密林の中でのゲリラ戦が多かったため、遭遇戦となると銃よりマチェットを使う機会が多かった。


 購入ボタンを押すと先程と同じく手元の敷石が光り、今度は足元に刃渡り20センチほどの短剣と、刃渡り40センチほどのそこそこ良いマチェットが現れた。


 これで使ったのは1,160DP。残り840DP。


 武器を買ったので防具を見るが、防具もプロテクター的な物はなく革鎧や鉄の胸当てや鎧ばかりだった。そしてこちらは救済措置はなく、どれもこれも5,000DP以上からと高額なので手が出ない。


 ああ、だからサキュバスクイーンが制服に強化魔法を掛けたとか言ってたのか。ナイフくらいは防いでくれるんだろうかコレ? そもそも守衛の制服も対象になっているんだろうか?


 試しに買ったばかりの短剣でズボンの裾の端っこを斬ってみたが切れない。拳で太ももを殴ってみたが普通に痛い。防刃効果だけだがまあ十分だ。履いている安全靴は確かめる必要はないだろう。もともと頑丈な造りだ。


 個人的には衝撃も防げそうな革鎧とかもサービス価格で売って欲しかったが、そこまで甘くはないということか。


 一通り確認を終えた俺は、スレイブの次に気になっていた【武術指南書・魔法書】をタップしてみる。


 すると画面に武術指南書と魔法書の一覧が現れた。


【武術指南書】


 ※初回サービス1つのみ500DP

 2つ目以降は一律5,000DP


 剣士の指南書

 槍士の指南書

 弓士の指南書

 斥候の指南書

 体術の指南書

 身体強化の指南書 



【魔法書】  


 ・土属性魔法 

 サンドボールの魔法書 30,000DP

 アースウォールの魔法書 30,000DP


 ・水属性魔法 

 ウォーターボールの魔法書 30,000DP

 ウォーターウォールの魔法書 30,000DP


 ・火属性魔法 

 ファイアーボールの魔法書 30,000DP

 ファイアーウォールの魔法書 30,000DP


 ・風属性魔法 

 ウィンドカッターの魔法書 30,000DP

 ウィンドウォールの魔法書 30,000DP


 ・光属性魔法 

 ライトの魔法書 30,000DP

 ヒールの魔法書 50,000DP

 キュアの魔法書 50,000DP


 ・特殊属性魔法 

 魔力探知の魔法書 100,000DP



「なるほど……武術系だけサービス価格があるのか」


 これは剣術とか習ってない生徒でもそこそこ戦えるのではないか? 人間を相手にするのなら別だが、相手がゲームとかに出てくる魔物とかなら殺すことに対するハードルは低いだろう。


 魔法書も初級魔法っぽいのしか販売していないみたいだ。できれば魔法が欲しかったが、3万DPなんてとてもじゃないが今は手が出ない。ネットゲームみたいに魔法をぶっ放してみたかったんだが。


 そういえば魔法は誰でも覚えられるのか?


「ん? ヘルプがあるのか」


 俺は武術指南書と魔法書の隣にある『?』マークをタップした。


 ◯武術指南書


【武術の基本が収められている指南書。人族の一般的な兵士の記憶を抽出して作られた。

 羊皮紙でできたスクロールとして現れ、開くと基礎的な知識を覚えられる】


 ◯魔法書


【魔神ザーザード様により作られた魔法書。神文字に概念を込めており複製は魔王ですら不可能。人族であれば覚えることはできる】


「ふむ、武術書は人族の一般的な兵士の記憶から作ったのか。そして魔法書は魔神のお手製と。んで人族であれば覚えられると……しかし人族か」


 人間ではなく人族。そんな表現をするってことは、つまり人族以外の種族がいるってことか。ファンタジー漫画なんかの基準で考えるなら、エルフやドワーフなんかもいた世界に住む人族の記憶で作られた武術指南書ってことになるのか。その世界はどうなったのか、そしていったいどうやって記憶抽出したのか……


 まあ今はそんなことは関係ない。


 それよりもこの中から選ぶとするなら……


「身体強化一択だな」


 剣術や体術は今さら覚える必要はない。ここで下手に指南書を覚えても型が違うので混乱するだけだろう。


 それに異世界物で身体強化は基本中の基本だった気がする。たとえ基礎的な技術でも役に立つはずだ。こういうのはたいてい魔力とかいうのを使う。それが俺にあるのかはまだ分からないが、恐らくは魔物を倒していくうちにレベルアップ的な物をして感じられるようになる……はずだ。


 俺は身体強化の指南書をタップし購入した。すると魔法陣が描かれている敷石がまた光り、光が収まるとそこには巻物みたいに紐で結ばれた羊皮紙が現れた。


 それを手に取り紐をほどき広げる。すると羊皮紙が光り一瞬で燃え尽きた。


「あっつぅ!?……ん? 熱くない?」


 いきなり燃えた羊皮紙に焦り火傷すると思い手を離そうとしたが、全く熱くなかったことに困惑する。


 燃えたように見えただけで火ではない?


 しかしこれで覚えたってことでいいのか?


 俺は本当に覚えたのか不安になり頭の中で身体強化の知識を探す。


 すると身体強化とはなんなのかという知識と、魔力を扱い身体を強化する感覚がしっかりと記憶にあった。


 その記憶通りに身体強化を発動してみる……が、特に変化を感じない。


 どういうことかと再度記憶を探ってみると、どうやら発動しない原因は魔力不足のようだ。つまり俺には身体強化を発動できるほどの魔力が無いらしい。


 これは失敗したか? と一瞬思ったが、使えない物を売っているとも思えない。ということは、魔物を倒していけばレベルアップして魔力が増えると思うようにして今は納得することにした。


 これで残り340DP。


 大したものはもう買えないと思いつつ、参考のために【各種アイテム】のアイコンを開いて確認する。


 するとポーション類とマジックアイテムがズラりと表示された。


 しかし一番安いポーションで2,000DPからとやはりまったく手が出ない。マジックアイテムなんて桁が違う。


 他に何か買えないかと【生活用品】を見ると、携帯救急セットが200DPで売っていたので念の為に購入。次にスポーツタオルも20DPで売っていたので購入。それと革袋に紐を通しただけっぽい簡易のリュックもあったのでそれも100DPで購入した。


 弁当のセットでついていたお茶だけだと足りなくなると思い、20DPのスポーツドリンクを追加で購入。


 これで残高0DP。


 うむ、全部使い切ったな。


 リュックを開き、魔法陣の上に現れた救急セットとタオルやスポーツドリンクを弁当セットと一緒に収納する。そして短剣を腰のベルトに指しマチェットを手に持つ。


 よし、これで戦う準備は完了だ。


「それにしても……ククク、ダンジョンのテスト? 魔物? だからなんだ。俺にはエロゲーで憧れた奴隷ハーレムを作るチャンスにしか思えんな。しかもそれが人助けになるというのならやらない理由はない」


 まあ本当にあのサキュバスクイーンが俺たちを解放するかはわからんが。


 だがこうして捕まって監禁されてしまった以上、生き残るためには戦う以外の選択肢はないだろう。


 無理やり戦わされ、活躍すれば報酬で女がもらえる。


 テロリストに拉致され、少年兵にされたあの時と同じだなんの問題もない。


 無意識に口角が上がっていたことに気付いた俺は、リュックを背負い刃が剥き出しのマチェットを手にドアを開け部屋を出るのだった。

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