消える落書き

放課後の屋上。


澪は、いつもより真面目な顔をしていた。


「先輩。

 今日は、怪異を“呼ぶ”のはやめましょう」


「……どういう風の吹き回しだ」


「この前の口裂け女」


「私は見えませんでしたが…」


 澪は、はっきり言った。


「先輩、狙われてました」


「……」


「だから今日は、確認だけにします」


 そう言って、

 澪はチョークを取り出した。


「えっと」


 屋上の床に、ゆっくり文字を書く。


『ここに何かがいる』


「それで何が分かる」


「消えるかどうかです!」


 即答だった。


「消えたら、

 “見られたくない何か”がいるってこと」


「……単純だな」


「単純じゃないと、先輩危ないです!」


 数秒後。


 文字の端が、

 

 すっと薄くなった。


「あ」


 澪が声を上げる。


「消えました」


「…本当だな」


「つまり」


 澪は、指を立てる。


「ここには、

 “見られると困る何か”がいます!」


 俺は、屋上の隅を見る。


 確かに、気配がある。


「でも」


 澪は、続けた。


「これ、襲ってきませんよね」


「ああ」


「だから、今日は安全」


 納得できる説明だった。


 校舎内でも試す。


 誰もいない廊下。


 澪は、黒板に書いた。


『ここにいる』


 数秒。


 文字が、すっと消える。


「同じです」


 澪は、メモを取る。


「怪異は、

 “知られること”が嫌」


「……それで」


「だから」


 澪は、こちらを見た。


「先輩の周り、

 落書きが残らないんですよ」


「どういう意味だ」


「先輩」


 澪は、言葉を選びながら言う。


「先輩って、

 “いるのに気づかれない”こと、

 多くないですか?」


 胸が、少しだけ痛んだ。


「……」


「私が声かけなかったら、

 先輩ずっと屋上にいましたよね」


 否定できない。


「つまり」


 澪は、明るく言った。


「先輩も、

 ちょっと“消えやすい”だけです!」


 軽い言い方。


 でも、笑えなかった。


「だから!」


 澪は、ノートを閉じる。


「私が覚えます」


「……何を」


「今日のこと。先輩のこと」


 屋上に戻る。


 夕日が、フェンスを赤く染めていた。


「記録って、紙だけじゃないです」


 澪は、笑う。


「人の記憶も、立派な記録です!」


 屋上に、

 影はひとつ。


 それでも。


 誰かに覚えられている限り、

 消えたことにはならない。


 そんな気がした。

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