数の合わない階段
その噂は、
トイレの花子さんよりも地味だった。
「先輩!
今日のは地味だけど、
個人的に好きなやつです!」
昼休みの屋上。
澪はノートを掲げて、
楽しそうに言った。
「階段です!」
「……階段?」
「はい、旧校舎の非常階段!」
嫌な予感しかしない。
「数が、合わないらしいんです」
「数?」
「上りと下りで、
段数が違うんですって!」
澪は、
指で数える仕草をする。
「上りが十三段で、
下りが十四段!」
「……誤差だろ」
「そう思いますよね?」
澪は、
にやっと笑った。
「でも、
数を間違えるのは“人間”で、
階段は間違えないんですよ」
妙な理屈だ。
「で、条件がありまして」
「まだあるのか」
「はい!」
澪は、
ページを指で叩く。
「一人で数えると十三段。
二人で数えると十四段」
胸の奥が、
小さく鳴った。
「……調査はやめとけ」
「えー!」
即、不満の声。
「これ、
被害報告ないですよ?」
「だからって――」
「大丈夫です!」
またそれだ。
「ほら、先輩と二人ですし!」
その言葉に、
何も言えなくなる。
放課後。
旧校舎の非常階段は、
思ったよりも暗かった。
「ひんやりしますねー」
澪は、
妙に楽しそうだ。
「じゃあ、まず私が一人で数えます!」
「……勝手に決めるな」
澪は、
一段ずつ、声に出して数えながら上る。
「いーち、にー、さーん……」
俺は、
下からそれを見ていた。
「……じゅうさん!」
澪は、
踊り場で振り返る。
「十三段でした!」
「そうか」
「じゃあ次!」
澪は、
ぴょんっと戻ってきた。
「今度は二人で!」
「……」
断る間もなく、
並んで階段に足をかける。
「一緒に数えますよ?」
「分かった」
「いーち!」
「に」
「さーん!」
声が、
階段に反響する。
途中から、
違和感があった。
段を踏む感覚が、
微妙にずれている。
「……じゅうさん」
澪が言う。
同時に、
もう一段、
足が前に出た。
「……じゅう、よん?」
澪は、
足元を見る。
「……あれ?」
俺も、
同じ段を見ていた。
確かに、
そこに一段ある。
「増えましたね!」
澪は、
なぜか嬉しそうだった。
「……喜ぶな」
「だって、
噂通りです!」
澪は、
ノートに何か書き込む。
「一人だと十三。
二人だと十四」
「……澪」
「はい?」
「数えてるのは、
本当に二人か?」
澪は、
きょとんとした。
「先輩、何言ってるんですか?」
笑う。
「先輩と私、
二人ですよ?」
その瞬間。
階段の途中に、
誰かが立っているのが見えた。
俺と澪の、
ちょうど間。
人の形をしている。
でも、数に入らない存在。
「……先輩?」
澪が、不思議そうに首を傾げる。
「どうしました?」
「……いや」
俺は、視線を逸らした。
「続けるぞ」
「はい!」
下りる。
今度は、澪が一人で数えた。
「……じゅう、さん!」
十三段。
「じゃあ、
二人で下ります!」
「……」
一段ずつ、
一緒に下りる。
「……じゅう、さん」
澪が言う。
でも。
足は、
もう一段分、下にあった。
「……あれ?」
澪は、困ったように笑った。
「また、増えてますね」
俺は、答えられなかった。
階段の途中に、さっきの影がいない。
でも、
気配だけが残っている。
屋上に戻る。
「不思議ですねー」
澪は、満足そうにノートを閉じた。
「誰かが増えたわけでもないのに」
俺は、
心の中で否定する。
増えたんじゃない。
足りなかっただけだ。
「先輩」
澪が、
ふいに言った。
「二人って、ちゃんと数えられないとき、
ありますよね」
「……何の話だ」
「存在の話です!」
澪は、笑う。
「一人で見る世界と、二人で見る世界、
同じじゃないですもん」
その言葉が、胸に残った。
屋上のフェンスに、影が伸びる。
俺の影は、
今日もひとつだけ。
それなのに。
階段では、
確かに“数が合わなかった”。
その理由を、俺はもう、薄々分かっていた。
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