【第2章:怪物・アレックスの正体 ――資本主義と富野の影】

 次に直視すべきは、もう一人の主役――すなわち「ガンダム」そのものである。

 本作に登場する「RX-78NT-1 アレックス」。

 出渕裕によってリファインされたそのデザインは、あまりにも美しい。

 洗練された曲面主体の装甲と、鮮烈なトリコロール。それは本来、正義の味方が乗るべきとして設計されている。


 だが、実際に『0080』の映像を見た者は、ある奇妙な違和感に襲われるはずだ。

 なぜ、こんなにもこのガンダムは「怖い」のか?

 なぜ、画面にアレックスが映ると、それがヒーローの登場ではなく、まるでホラー映画の殺人鬼シリアルキラーが現れたかのような悪寒が走るのか?


 その答えこそが、スタッフたちが仕掛けた「神殺し」の核心だ。

 彼らは、アレックスを「希望の象徴」としては描かなかった。彼らはこの機体を、スポンサーである玩具メーカーの要求が生み出した、巨大な隠喩メタファーとして演出したのである。


 それは、創造主・富野由悠季が長年続けてきた、スポンサーに対する孤独な闘争の「継承」でもあった。

 「新しいガンダムを出せ。プラモデルが売れるような、最高にカッコよくて強いやつを」

 資本主義の要請に対し、彼ら0080のスタッフは、ある意味で富野以上にシニカルな、面従腹背の回答を用意した。

 『わかりました。文句のつけようがない最高に美しいデザインガワを用意しましょう。――ですが、その中身がどう機能するかは、我々の領域テリトリーです』


 その悪意ある抵抗が最も顕著に表れているのが、第四話の市街地戦だ。

 ジオン軍の強襲用MSケンプファーに対し、アレックスがチョバム・アーマーをパージして立ち上がるシーン。

 装甲が弾け飛び、中から真の姿が現れるその演出は、ヒーローの変身というよりは、拘束具を食いちぎった猛獣の解放に見える。

 そして放たれる、腕部九〇ミリガトリングガン。


 ここでの音響演出は、ガンダム史に残るトラウマだ。

 ビームライフルのような「キュィーン」という清潔な電子音ではない。

 重厚なモーターの駆動音と共に、毎分何千発もの実体弾が吐き出され、敵機を物理的に蜂の巣にする。

 さらにカメラは、アレックスの腕から排出されるを執拗に映し出す。黄金色の真鍮しんちゅうの雨が、アスファルトにチャラチャラと乾いた音を立てて降り積もる。


 第一章で、アルは空薬莢を宝物のように拾っていた。

 だがここで我々が見せつけられるのは、その生産過程だ。

 それはただのゴミではない。圧倒的な暴力が何かを破壊したあとに残す、排泄物のような死の残骸だ。

 立ち尽くす穴だらけのケンプファー。すでに勝負はついているのに、パイロットはミンチになっているのに、アレックスの射撃は止まらない。

 これは戦闘ではない。「オーバーキル」だ。

 スタッフたちは、最新鋭のガンダムを「正義の味方」ではなく、「制御不能な暴力装置」として定義し直したのである。


 そして、この怪物の最大の悲劇は、そのコックピットにある。

 型式番号「NT-1」が示す通り、この機体はニュータイプ――すなわち神・アムロ・レイのために用意されただ。

 だが、神は乗らなかった。

 そこに座っているのは、クリスチーナ・マッケンジーという、ごく普通の心優しい女性だ。

 彼女はテストパイロットとして優秀だが、ニュータイプではない。彼女は言う。「私にはこの機体は過敏すぎて、うまく扱えないの」と。


 このセリフは、あまりにも重い暗喩を含んでいる。

 富野由悠季が作り上げ、八〇年代末に肥大化しすぎた「ガンダム」という巨大な神話システム。

 それはもう、現場の人間や、等身大のキャラクターの手には余る代物になってしまっていた。

 アレックスという機体は、美しく、強く、そして虚しい。

 中身が空っぽのまま暴走するシステム。人の意思ニュータイプなど介在する余地もなく、ただ圧倒的な性能だけで敵をミンチにする資本主義の怪物モンスター


 だからこそ、私たちは恐怖するのだ。

 トリコロールの塗装の下に隠された、「もはや誰もガンダムを制御できない」という、スタッフたちが抱えていた静かなる絶望を見てしまうからだ。

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