ヒーラーだけど自己回復しかできません。誰もパーティー組んでくれないのでソロでダンジョン潜ります

カケガワ

第1話

ハンター協会の掲示板は今日も賑わっていた。パーティー募集の張り紙が何十枚も貼られ、ハンターたちが興味深そうに眺めている。


「Bランクダンジョン攻略メンバー募集。タンク、アタッカー、ヒーラー各1名」

「火力重視パーティー、サポート系大歓迎」

「初心者歓迎、丁寧に指導します」


蒼井凛は掲示板の隅で、自分が応募したパーティーからの返信を待っていた。今日で三十二件目だ。もう三ヶ月も同じことを繰り返している。


スマートフォンが震えた。メッセージの通知だ。凛は期待と不安が入り混じった気持ちで画面を開く。


『申し訳ございません。今回は見送らせていただきます』


また断られた。


凛は深い溜息をつき、スマートフォンをポケットにしまった。振り返れば、そこには協会の受付カウンターがある。登録から三ヶ月。一度もパーティーに加わることができていない。


理由は明確だった。凛のヒーラースキルは、致命的な欠陥を抱えている。


自分の傷しか治せないのだ。


どれだけ魔力を注いでも、どれだけ集中しても、他人への回復魔法は発動しない。最初は訓練不足だと思った。協会のトレーニング施設で毎日練習を重ねた。模擬戦闘で負傷した仲間を治療しようと試みた。


しかし結果は同じ。他者への回復は一度として成功しなかった。


「あのさ、蒼井さん」


声をかけられて振り向くと、そこには面接を受けた『蒼炎の盾』のリーダー、神崎竜也が立っていた。三十代前半の筋骨隆々とした男で、Bランクハンターとして名の知れた存在だ。


「はい」

「さっき応募してくれたよな。悪いんだけど、やっぱり厳しいわ」


神崎は申し訳なさそうに頭を下げた。しかしその目には、明確な拒絶の意思が宿っている。


「自己回復だけのヒーラーじゃ、パーティーの戦力にならないんだよ。俺たちが欲しいのは、傷ついた仲間を治せるヒーラーなんだ」

「……わかりました」


凛は小さく頷いた。神崎の言葉は正論だ。ダンジョン攻略において、ヒーラーの役割は味方の生存率を高めること。自分だけを治せるヒーラーなど、誰も必要としない。


「でもさ、諦めるなよ。いつか他人も治せるようになるかもしれないし」


神崎は励ますように肩を叩いて去っていった。その背中を見送りながら、凛は唇を噛んだ。


いつか、なんて言葉に何の意味がある。三ヶ月間、毎日訓練を続けても変わらなかった。このまま待っていても、何も変わらない。


協会の外に出ると、春の陽気が凛を包んだ。桜の花びらが風に舞い、街路樹の下をハンターたちが歩いている。みんな、仲間と笑いながら次のダンジョン攻略の話をしている。


凛だけが一人だった。


アパートに戻ると、机の上には請求書の山。家賃、光熱費、食費。ハンター登録料だけで貯金の大半を使い果たし、残りわずかしかない。パーティーに加われなければ、ダンジョンに潜ることもできない。収入がなければ、生活すらままならない。


「……パーティーを諦めるしかないのか」


凛は窓の外を見つめながら呟いた。


ソロでダンジョンに潜る。そんな選択肢が頭に浮かぶ。通常、ダンジョン攻略はパーティーで行うのが常識だ。一人で挑むのは自殺行為とされている。


しかし、凛には自己回復がある。傷を負っても、自分で治すことができる。ならば、最低ランクのダンジョンなら、一人でも何とかなるかもしれない。


凛はハンター協会のアプリを開き、ダンジョンリストを確認した。


『緑苔の洞窟・Fランク・推奨人数2〜3名』


初心者向けの最低難易度ダンジョン。出現するモンスターはスライムとゴブリンだけ。報酬は雀の涙だが、凛には選択肢がない。


「明日から、一人で潜ろう」


決意を固めた凛は、協会で借りた初心者用の装備を確認した。布の防具、鉄の短剣、小さな盾。どれも使い古されたものだが、文句は言えない。


翌朝、凛は緑苔の洞窟の入口に立っていた。


洞窟の入口は街の外れにあり、周囲には初心者ハンターたちが集まっている。みんなパーティーを組んで、楽しそうに談笑しながら入っていく。


凛だけが一人。


「ソロで入るのか?」


入口の管理員が不思議そうに尋ねてきた。


「はい」

「Fランクとはいえ、一人は危ないぞ。パーティー組んだ方がいい」

「大丈夫です。自己責任で」


管理員は肩をすくめて、入場許可を出した。


洞窟の中は薄暗く、壁一面に緑色の苔が生えている。湿った空気が肺に入り込み、遠くから何かが蠢く音が聞こえる。


凛は短剣を握りしめ、慎重に進んだ。


最初の敵は、すぐに現れた。


ぷるぷると震える青いスライム。体長三十センチほどの小さな魔獣だ。


凛は短剣を構え、一気に踏み込んだ。刃がスライムの体に突き刺さり、ぐちゃりという不快な音とともに、魔獣は消滅する。


「……これなら、いけるかも」


しかし次の瞬間、凛の左腕に激痛が走った。


振り返ると、そこには二体のゴブリン。小柄な人型の魔獣が、鋭い爪で凛を襲っていた。一体に気を取られている隙に、もう一体が背後から攻撃してきたのだ。


「くっ!」


凛は短剣でゴブリンを切りつけ、なんとか撃退した。二体とも倒したが、左腕には深い爪痕が残っている。血が流れ、痛みで腕が震える。


凛は回復魔法を発動した。


温かな光が左腕を包み、傷がゆっくりと塞がっていく。三十秒ほどで、傷は完全に消えた。


「やっぱり、自分は治せるんだな」


凛は少しだけ安心した。自己回復があれば、多少の傷は問題ない。このまま慎重に進めば、何とかなる。


その日、凛は緑苔の洞窟で五時間戦い続けた。スライムを十体、ゴブリンを八体倒し、小さな魔石を十五個回収した。全身傷だらけになりながらも、すべて自分で治療した。


協会で魔石を換金すると、五千円にしかならなかった。


「……これじゃ、生活できない」


しかし凛は諦めなかった。明日も、明後日も、緑苔の洞窟に潜り続ける。それしか、道はないのだから。

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