第39.5話 診療所の奇跡

 診療所を開設して三ヶ月が経った頃、私のところには様々な患者が訪れるようになっていた。

 

 ある日の朝、診療所の扉を開けると、すでに数人の患者が待っていた。

「おはようございます、先生」


 最初の患者は、若い兵士だった。


 名前はトーマス。二十代前半。


 訓練中に右膝を痛めて、歩行が困難になっているという。


「トーマスさん、今日の調子はどうですか」

「先生、だいぶ良くなりました」

 トーマスは、嬉しそうに言った。

「一週間前は、階段も登れなかったのに」

「...」

「今は、ゆっくりなら登れます」


 私は、トーマスの膝を診た。

 腫れは引いている。可動域も改善している。

「素晴らしいですね」

「...」

「このまま順調に回復していますよ」


 私は、今日のリハビリメニューを説明した。


 筋力トレーニング、バランス訓練、そして歩行訓練。


 トーマスは、真剣に取り組んだ。


 一時間後、リハビリが終わった。


「ありがとうございます、先生」

 トーマスは、深々とお辞儀をした。

「先生のおかげで、また訓練に戻れそうです」

「よかったです」

「...」

「でも、無理はしないでくださいね」


 次の患者は、中年の女性だった。

 名前はマーガレット。四十代。

 農作業で腰を痛めているという。

「先生、腰が痛くて」

「...」

「畑仕事ができないんです」

 マーガレットは、困った顔をしていた。

「家族みんなで畑をやっているのに」

「...」

「私が働けないと、家族に迷惑をかけてしまいます」


 私は、マーガレットの腰を診た。

 筋肉の緊張と、軽度のヘルニア。

「マーガレットさん、大丈夫ですよ」

「...」

「リハビリで、改善できます」

 私は、腰痛改善のプログラムを作った。

 ストレッチ、体幹トレーニング、正しい姿勢の指導。


「ただし」

 私は、真剣に言った。

「無理をしないでください」

「...」

「痛みがある時は、休むことも大切です」

 マーガレットは、涙を浮かべた。

「先生、ありがとうございます」

「...」

「こんなに親身になってくれる医者は、初めてです」


 午後、特別な患者が訪れた。

 車椅子に乗った、十歳くらいの少年。

 名前はエドワード。

 生まれつき、脚に障害があるという。

 母親が、少年を連れてきた。

「先生、この子を診ていただけますか」

「もちろんです」


 私は、エドワードを診た。

 先天性の筋力低下と、関節の拘縮。

 この世界では、治療法がないとされている症状だった。

「先生、この子は」

 母親は、震える声で言った。

「もう、一生歩けないと言われました」

「...」

「でも、諦められなくて」

「...」

「先生なら、何か方法があるんじゃないかと」


 私は、エドワードを見た。

 少年の目には、希望の光があった。

「僕、歩きたいんです」

 エドワードは、小さな声で言った。

「お母さんと、一緒に散歩したいんです」


 私の胸が、熱くなった。


 この子を、助けたい。


「エドワードくん」

「はい」

「絶対に、歩けるようにしましょう」

 私は、はっきりと言った。

 母親の目から、涙がこぼれた。

「本当ですか」

「はい」

「時間はかかります。でも、諦めなければ、必ず」

 私は、エドワードのためのプログラムを作った。

 筋力トレーニング、関節可動域訓練、そして装具の使用。

 この世界には、適切な装具がない。

 だから、私が設計して、職人に作ってもらうことにした。

 エドワードのリハビリは、毎日続いた。

 最初の一ヶ月は、変化がほとんどなかった。

 でも、エドワードは諦めなかった。

 母親も、毎日付き添ってくれた。


 そして、二ヶ月目。

 エドワードの脚に、わずかに筋肉がついてきた。

「先生、見てください」

 エドワードは、嬉しそうに言った。

「足首が、動くようになりました」

 確かに、わずかだけれど、足首が動いている。

「すごいですね、エドワードくん」

「...」

「頑張りましたね」


 三ヶ月目。

 装具が完成した。

 脚を支える、特別な装具。

 エドワードは、装具を装着した。

 そして、立ち上がった。

 母親が、支えている。

「立てた」

 エドワードは、涙を流した。

「僕、立てた」

 母親も、泣いていた。

「エドワード」


 四ヶ月目。

 エドワードは、歩き始めた。

 装具と杖を使って、ゆっくりと。

 でも、確実に、歩いている。

「先生、見てください」

 エドワードは、私の方に歩いてきた。

 一歩、一歩。

 そして、私のところに到着した。

「僕、歩けました」

 私は、エドワードを抱きしめた。

「よく頑張りましたね」

「...」

「本当に、よく頑張りました」

 エドワードの母親も、私に頭を下げた。

「先生、ありがとうございます」

「...」

「本当に、ありがとうございます」

 私も、涙が止まらなかった。


 これが、医療の力だ。


 諦めなければ、奇跡は起こる。


 エドワードのことは、すぐに街中に広まった。

「水野先生が、歩けない子を歩けるようにした」

「奇跡だ」

「あの先生は、本当にすごい」

 診療所には、さらに多くの患者が訪れるようになった。


 中には、遠くの街から来る人もいた。


 ある日、一人の老婆が訪れた。

「先生、私の孫を診てください」

 老婆は、若い女性を連れていた。

 女性は、右手が全く動かなかった。

「この子は、三年前に事故で」

「...」

「右手の神経を傷つけてしまって」

「...」

「もう、治らないと言われました」

 私は、女性の手を診た。

 神経損傷。でも、完全に切れているわけではない。

「治療してみましょう」


 女性の名前は、アンナ。

 彼女は、元々刺繍職人だったという。

「でも、右手が動かなくなって」

「...」

「仕事ができなくなりました」

 アンナの目には、諦めがあった。

「先生、本当に治るんでしょうか」

「わかりません」

 私は、正直に答えた。

「でも、試してみる価値はあります」

 アンナのリハビリは、長期戦になった。

 神経の再生を促す訓練。

 電気刺激療法。

 そして、根気強い筋力トレーニング。


 二ヶ月、三ヶ月、半年。


 変化は、ゆっくりだった。


 でも、確実に、指が動くようになってきた。

 最初は、人差し指だけ。

 次に、親指。

 そして、中指、薬指、小指。


 一年後。


 アンナは、針を持つことができるようになった。

「先生、見てください」

 アンナは、嬉しそうに針を持った。

「針を、持てます」

 そして、布に針を刺した。

 ゆっくりと、でも確実に、刺繍をしている。

「できました」

 アンナは、涙を流した。

「また、刺繍ができます」

 私も、嬉しかった。


 一年という長い時間をかけたけれど、アンナは回復した。


 診療所の評判は、王国中に広まった。


 ある日、国王から召喚があった。

「水野殿」

 国王は、真剣な顔で言った。

「貴方の医療技術は、素晴らしい」

「...」

「多くの人々を、救っている」

 国王は、立ち上がった。

「そこで、お願いがある」

「何でしょうか」

「貴方の医療技術を、王国全体に広めてほしい」

 国王は、地図を広げた。

「各地に、リハビリテーション診療所を作る」

「...」

「そして、貴方の技術を教える弟子を育てる」

「...」

「王国が、全面的に支援する」


 私は、少し考えた。

 確かに、私一人では限界がある。

 でも、弟子を育てれば、もっと多くの人を救える。

「わかりました」

 私は、頷いた。

「お引き受けします」

 それから、私は弟子を取り始めた。

 若い医者たち、癒し手たち。

 彼らに、リハビリテーションの技術を教えた。

 解剖学、運動学、そしてリハビリの理論と実践。


 半年後、最初の弟子たちが独り立ちした。


 彼らは、各地に診療所を開いた。


 そして、多くの人々を救い始めた。


 リハビリテーションという概念が、この世界に根付き始めた。


 ある日、アレンが診療所を訪ねてきた。

「水野、すごいな」

「何がですか」

「お前の診療所が、王国中に広まっている」

 アレンは、誇らしげに言った。

「お前は、この世界を変えたんだ」

「...」

「医療を、変えた」

 私は、少し照れた。

「まだまだです」

「...」

「もっと、多くの人を救いたいです」

 アレンは、私を抱きしめた。

「お前は、本当に素晴らしい」

「...」

「俺の、誇りだ」

 私も、アレンを抱きしめ返した。


 この世界に来て、本当によかった。


 多くの人を救える。


 それが、私の使命だ。


 そして、それが、私の幸せだ。

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