第40話 未来への約束
妊娠がわかってから、私の生活は少し変わった。
診療所の仕事は続けたけれど、無理はしないように気をつけた。
アレンは、過保護なくらい心配してくれた。
「水野、今日は休んだ方がいい」
「大丈夫です。まだ初期ですから」
「でも」
「アレンさん、私は医療の専門家です」
私は、微笑んだ。
「自分の体のことは、わかっています」
「...わかった」
アレンは、渋々頷いた。
「でも、少しでも体調が悪かったら、すぐに休むんだぞ」
「はい、約束します」
エリーゼも、喜んでくれた。
「水野様、本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
「赤ちゃんの服や、必要なものは、すべて私が用意します」
「...」
「王室御用達の職人に、頼みます」
エリーゼは、嬉しそうに言った。
「楽しみですね」
「...」
「どんな赤ちゃんが、生まれるのか」
ガルドとリーナも、祝福してくれた。
「水野殿、おめでとう」
ガルドは、豪快に笑った。
「アレンの子供か」
「...」
「きっと、強い子になるぞ」
リーナは、涙を流して喜んでくれた。
「水野様、アレン様、おめでとうございます」
「...」
「きっと、美しくて優しい赤ちゃんが生まれますよ」
みんなの祝福が、嬉しかった。
三ヶ月が経った。
お腹が、少し膨らんできた。
つわりも、ほぼ治まった。
体調は、良好だった。
診療所での仕事も、順調に続けていた。
ある日、一人の若い女性が診療所を訪れた。
「水野先生」
「はい」
「私、出産後に腰を痛めてしまって」
「...」
「赤ちゃんを抱くのも、辛いんです」
私は、女性を診た。
産後の骨盤の歪みと、筋力低下だった。
「大丈夫です」
「...」
「リハビリで、改善できます」
私は、産後のリハビリプログラムを作った。
骨盤底筋の訓練、腰痛予防の体操、正しい抱っこの仕方。
二週間後、女性は笑顔で報告してくれた。
「先生、ありがとうございます」
「...」
「腰の痛みが、なくなりました」
「...」
「赤ちゃんを、楽に抱けるようになりました」
私も、嬉しかった。
そして、自分もいずれこうなるんだ、と実感した。
出産、育児。
新しい経験が、待っている。
不安もあったけれど、それ以上に楽しみだった。
五ヶ月が経った。
お腹が、かなり大きくなってきた。
胎動も、感じるようになった。
赤ちゃんが、動いている。
「アレンさん、手を当ててみてください」
「...」
アレンは、そっと私のお腹に手を当てた。
赤ちゃんが、蹴った。
「動いた」
アレンは、驚いた顔をした。
「今、動いた」
「ええ」
私は、微笑んだ。
「元気な赤ちゃんですよ」
アレンは、お腹に語りかけた。
「元気に育てよ」
「...」
「父さんが、守ってやるからな」
私は、涙が出そうになった。
アレンの優しさが、胸に染みた。
七ヶ月が経った。
お腹は、さらに大きくなった。
診療所の仕事は、一時休業することにした。
出産が近づいているから。
患者さんたちは、理解してくれた。
「先生、ゆっくり休んでください」
「元気な赤ちゃんを、産んでくださいね」
「また、待っています」
みんなの温かい言葉が、嬉しかった。
家で、出産の準備をした。
赤ちゃんの服、おむつ、ベッド。
すべて、エリーゼが用意してくれた。
「これで、準備は万全です」
エリーゼは、満足そうに言った。
「何か、足りないものがあったら、すぐに言ってくださいね」
「ありがとうございます、エリーゼ様」
ある夜、私は一人で考えていた。
この世界に来て、もうすぐ二年。
アレンと出会い、恋をし、結婚し、そして今、赤ちゃんを授かった。
日本での生活を、思い出した。
訪問看護ステーション「ひまわり」。
田中さん、川口さん、患者さんたち。
森下さん、山田さん、桐島さん。
みんな、元気だろうか。
私がいなくなって、困っているだろうか。
少し、罪悪感があった。
でも、同時に、この世界での生活に満足していた。
アレンと一緒にいられる。
診療所で、多くの人を助けられる。
そして、赤ちゃんが生まれる。
これが、私の選んだ人生だった。
後悔は、なかった。
「水野」
アレンが、部屋に入ってきた。
「何を考えている」
「少し、日本のことを思い出していました」
「...そうか」
アレンは、私の隣に座った。
「後悔していないか」
「いいえ」
私は、首を振った。
「後悔なんて、ありません」
「...」
「アレンさんと一緒にいられて、幸せです」
アレンは、私を抱きしめた。
「俺も、お前と一緒にいられて、幸せだ」
「...」
「ありがとう」
九ヶ月が経った。
いつ、出産してもおかしくない時期になった。
リーナが、毎日様子を見に来てくれた。
「水野様、体調はいかがですか」
「大丈夫です」
「もうすぐですね」
「ええ」
そして、ある夜。
陣痛が始まった。
「アレンさん」
「どうした」
「...陣痛です」
アレンは、慌てた。
「今すぐ、リーナを呼ぶ」
リーナと、この世界の助産師が駆けつけてくれた。
「水野様、大丈夫ですよ」
リーナが、優しく言った。
「私がいますから」
陣痛は、長く続いた。
痛かった。
でも、アレンが手を握ってくれた。
「頑張れ、水野」
「...」
「俺が、そばにいる」
アレンの手の温もりが、力になった。
そして、ついに。
赤ちゃんの泣き声が、聞こえた。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
元気な泣き声だった。
「生まれました」
助産師が、嬉しそうに言った。
「元気な、女の子です」
赤ちゃんが、私の胸に抱かれた。
小さな、でも元気な赤ちゃん。
黒い髪、大きな目。
美しかった。
「アレンさん、見てください」
「...」
アレンは、涙を流していた。
「俺たちの、娘だ」
「...」
「美しい」
アレンは、そっと赤ちゃんに触れた。
「よく来てくれたな」
赤ちゃんは、アレンの指を握った。
小さな手で。
「強い子だ」
アレンは、微笑んだ。
私も、涙が止まらなかった。
幸せだった。
これ以上の幸せは、ないと思った。
翌日、みんなが赤ちゃんを見に来てくれた。
エリーゼ、ガルド、リーナ、そして国王も。
「美しい赤ちゃんですね」
国王は、優しく言った。
「この子は、きっと素晴らしい人になる」
「...」
「勇者の娘であり、癒し手の娘だからな」
エリーゼは、涙を流していた。
「本当に、おめでとうございます」
「...」
「名前は、決まりましたか」
アレンと私は、顔を見合わせた。
私たちは、すでに名前を決めていた。
「希望(のぞみ)」
アレンが、言った。
「この子に、希望(のぞみ)という名前をつけたい」
「...」
「この子が、未来への希望だから」
みんな、微笑んだ。
「素晴らしい名前ですね」
ガルドが、豪快に笑った。
「希望ちゃんか」
「...」
「いい名前だ」
リーナも、涙を拭いた。
「希望ちゃん、よろしくね」
希望は、みんなに見守られて、すくすくと育った。
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