第39話 新しい人生

 結婚式の翌日、私たちは新居に引っ越した。

 

 王城の近くにある、小さな邸宅。

 

 アレンが勇者として受け取った報酬で購入したものだ。

 

 大きくはないけれど、二人で暮らすには十分だった。

 

「ようこそ、我が家へ」

 

 アレンが、私を抱き上げて、玄関をくぐった。

 

 私は、少し照れた。

 

「アレンさん、恥ずかしいです」

「これが、伝統だろう」

「...」

「この世界にも、そういう習慣があるんですか」

「いや、お前の世界の話を聞いて、やってみたかった」

 

 私たちは、笑った。

 

 家の中を見て回った。

 

 リビング、キッチン、寝室、書斎。

 

 すべて、エリーゼが準備してくれていた。

 

 家具も、食器も、すべて揃っていた。

 

「エリーゼ様、本当に細やかですね」

「ああ」

 

 アレンも、感心していた。

 

「彼女には、いつも世話になっている」

 

 その日の夜、私は初めて自分の家で料理を作った。

 

 この世界の食材は、日本とは違うけれど、基本的な調理法は同じだった。

 

 肉を焼いて、野菜を炒めて、スープを作った。

 

「できました」

 

 私は、テーブルに料理を並べた。

 

 アレンは、嬉しそうに席についた。

 

「美味しそうだ」

「...」

「お前の料理、初めて食べるな」

「はい」

 

 私は、少し緊張した。

 

 アレンは、一口食べた。

 

 そして、目を見開いた。

 

「美味い」

「本当ですか」

「ああ。すごく美味い」

 

 アレンは、どんどん食べた。

 

 私も、安心して食べた。

 

 二人での、初めての食事。

 

 幸せだった。

 

 数日後、私はこれからのことを考え始めた。

 

 この世界で、何をするか。

 

 アレンは、もう勇者として戦う必要はない。

 

 平和が戻ったから。

 

 でも、何もしないわけにはいかない。

 

「アレンさん、これから何をするんですか」

「...実は、考えていることがある」

「何ですか」

「訓練所を作りたい」

「訓練所?」

「ああ」

 

 アレンは、説明してくれた。

 

「若い戦士たちを育てる、訓練所だ」

「...」

「平和な今だからこそ、次の世代を育てなければならない」

「...」

「もし、また危機が訪れた時のために」

 

 私は、頷いた。

 

「素晴らしいアイデアですね」

「お前は、どうする」

「私は」

 

 私も、考えていたことがあった。

 

「診療所を開きたいです」

「診療所?」

「はい」

 

 私は、説明した。

 

「この世界には、リハビリテーションという概念がありません」

「...」

「でも、私が持ってきた医療知識は、多くの人を助けられます」

「...」

「だから、診療所を開いて、人々を助けたいんです」

 

 アレンは、微笑んだ。

 

「いいな」

「...」

「お前らしい」

「...」

「俺も、協力する」

 

 私たちは、すぐに行動を始めた。

 

 アレンは、王国に訓練所の設立を提案した。

 

 国王は、快く承諾してくれた。

 

「素晴らしい提案だ、アレン」

「...」

「王国が、全面的にサポートする」

 

 私も、診療所の開設を準備した。

 

 エリーゼが、場所を提供してくれた。

 

 王都の中心部、人々が集まりやすい場所。

 

 そして、必要な道具も用意してくれた。

 

 一ヶ月後、診療所が開設した。

 

 看板には、こう書かれていた。

 

 「水野リハビリテーション診療所」

 

 最初の患者は、老人だった。

 

 脚を痛めて、歩くのが困難だという。

 

「水野先生、助けてください」

「はい、診させてください」

 

 私は、老人の脚を診た。

 

 筋力の低下と、関節の硬化。

 

 典型的な、加齢による症状だった。

 

「大丈夫です」

「...」

「リハビリで、改善できます」

 

 私は、リハビリのプログラムを作った。

 

 筋力トレーニング、関節可動域訓練、歩行訓練。

 

 一週間、毎日通ってもらった。

 

 そして、一週間後。

 

 老人は、杖なしで歩けるようになった。

 

「先生、ありがとうございます」

 

 老人は、涙を流して喜んだ。

 

「もう、歩けないと思っていました」

「...」

「でも、先生のおかげで」

 

 私も、嬉しかった。

 

 やはり、人を助けることが、私の使命だ。

 

 診療所の評判は、すぐに広まった。

 

 多くの患者が、訪れるようになった。

 

 脚を痛めた兵士、腕を痛めた職人、腰を痛めた農夫。

 

 みんな、リハビリで改善していった。

 

 ある日、アレンの訓練所を見学に行った。

 

 広い敷地に、訓練場がいくつもある。

 

 若い戦士たちが、剣の訓練をしていた。

 

 アレンが、指導している。

 

「構えが甘い」

「...」

「もっと、腰を落とせ」

 

 アレンの指導は、厳しかった。

 

 でも、若者たちは、真剣に聞いていた。

 

「アレン様の教えは、厳しいですが、的確です」

 

 一人の若者が、私に言った。

 

「俺たち、アレン様のような戦士になりたいんです」

 

 私は、微笑んだ。

 

 アレンは、次の世代を育てている。

 

 そして、私も、医療で人々を助けている。

 

 二人とも、それぞれの道で、この世界に貢献している。

 

 幸せだった。

 

 半年が経った。

 

 診療所は、順調だった。

 

 多くの患者を診て、みんな改善していった。

 

 そして、ある日。

 

 私は、体調の変化に気づいた。

 

 朝、吐き気がする。

 

 食欲が、変わった。

 

 もしかして。

 

 私は、リーナに相談した。

 

「リーナさん、少し診てもらえますか」

「はい、もちろんです」

 

 リーナは、魔法で私の体を調べた。

 

 そして、目を見開いた。

 

「水野様」

「...」

「おめでとうございます」

「...」

「赤ちゃんができています」

 

 私は、驚いた。

 

 そして、嬉しかった。

 

 アレンの子供。

 

 私たちの子供。

 

 その夜、私はアレンに報告した。

 

「アレンさん、お話があります」

「何だ」

「...私、赤ちゃんができました」

 

 アレンは、言葉を失った。

 

 そして、私を抱きしめた。

 

「本当か」

「はい」

「...」

「俺たちの、子供が」

「ええ」

 

 アレンの目から、涙がこぼれた。

 

「嬉しい」

「...」

「本当に、嬉しい」

 

 私も、涙が止まらなかった。

 

 二人で、長い時間、抱き合っていた。

 

 新しい命。

 

 私たちの、新しい家族。

 

 幸せが、さらに広がっていった。

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